白馬と姫(101~end)
最終話『戴冠式』
「少しは落ち着け」
サディアスが言うように、「落ち着け」なんて無理な話だ。戴冠式を待つ控え室で、何度も息を吸ったり吐いたりを繰り返す。本当は椅子から立ち上がって歩き回りたいくらいだけど、今のわたしの姿は着飾っていてあまり動きたくない。
ドレスには全体的に高そうな宝石が散りばめられているし、膨らんだ肩口は金色の糸で花の模様に刺繍されている。赤茶色のマントが足元まで流れていて、ひとりじゃ歩けない。頭も髪の毛1本のほつれもなく編みこまれ、バレッタで留められている。この上、王冠をかぶるのだから、もう女王という感じだ。
ほどこされた化粧が崩れないように顔を腕で隠しながら、うつむく。
「あ~、女王になっちゃう。どうしよう」
「ふん、今さらか」
そういうサディアスだって、わたしの婚約者としてすごい格好をしている。黒い服は縁起が悪いということで、わたしと同じ色の白銀の毛皮に赤茶色のマント。彼の服の肩口には葉っぱの模様が金色で刺繍されている。宝石まみれの衣服を纏いながらも、なぜか腕組みして落ち着いたようにたたずんでいる。
「何でそんなに落ち着いてるの?」
「別に、ここでじたばたしても仕方ないだろう」
「そうかもしれないけど」
緊張で手が震えてしまう。震えを止めようと握ってみるけど、力が入りすぎて緊張が増す気がする。その時、ピンク色の石の指輪を隠すように大きな手が重なった。ぎゅっと指に力を入れられて、握り締めてくる。
「顔を上げろ」
見上げると、眉間のしわを解いたにこやかなサディアスに出合えた。椅子の背もたれに手をかけて、わたしに笑いかけてくれる。
「サディアス」
「女王になるお前に教えておいてやる」
「何を?」と問う前に、額に影が差した。あたたかくてやわらかい感触が額に押し当てられる。遠ざかるサディアスの顔を至近距離で見たら、心臓が止まるかと思った。わたし、キスされた!
「まったく不本意な事態だが、俺はお前――ミヤコを気に入っている」
――不本意? ちょっと気にかかる言葉ではあるけど、「気に入っている」という発言はすべての悪い考えを消してしまう。
「俺には2年の月日が必要だった。ベルホルンの発展にどうすればいいか、見識を広げるために旅に出たんだ」
「わたしのためだったの?」
「いや、国のためだ」そこはゆずらないらしい。
「ああ、そう、わたしのためにクロスの名を捨てたくせに」
サディアスは身分の高い家に養子に入ったんだ。まさか、わたしとの結婚のためにそこまでするとは思わなかった。嬉しかったのに。また、何だかんだ理由をつけてかわすんだろう。
「そうだ。それはお前のためだ」
「えっ!」
「お前が好きだから。そばにいるためにはそうするしかなかった」
もう何にも考えられない。サディアスに触れられた指が熱を持っていく。真剣な眼差しに吸いこまれてしまいそうになる。何かにとらわれるように瞼が重くなる。
鼻先が触れ、唇と唇が重なりそうになったとき、「ミヤコ様、お時間です」とマリアさんの声が邪魔をした。
控え室にマリアさんとエリエが現れて、顔に集まった熱を逃がすのが難しい。それでも、ふたりは気づくことなく、扉のかたわらに立つ。隣にいたサディアスがわたしの手をとり、立ち上がるのを助けてくれる。
「さあ、行くぞ」
「うん!」
まるであの夜のように手を引かれて歩く。マリアさんがマントを持ち上げてくれ、エリエが後ろの扉を開く。控え室を出ると、クラウスさんがにこやかに迎えてくれた。
「行ってきます」
サディアスがいるから、わたしの周りには大事な人がいてくれるから、大丈夫。あれだけ体に走っていた緊張感はもう、なくなっていた。
――これからわたしは、この国の女王になる。
おわり
「少しは落ち着け」
サディアスが言うように、「落ち着け」なんて無理な話だ。戴冠式を待つ控え室で、何度も息を吸ったり吐いたりを繰り返す。本当は椅子から立ち上がって歩き回りたいくらいだけど、今のわたしの姿は着飾っていてあまり動きたくない。
ドレスには全体的に高そうな宝石が散りばめられているし、膨らんだ肩口は金色の糸で花の模様に刺繍されている。赤茶色のマントが足元まで流れていて、ひとりじゃ歩けない。頭も髪の毛1本のほつれもなく編みこまれ、バレッタで留められている。この上、王冠をかぶるのだから、もう女王という感じだ。
ほどこされた化粧が崩れないように顔を腕で隠しながら、うつむく。
「あ~、女王になっちゃう。どうしよう」
「ふん、今さらか」
そういうサディアスだって、わたしの婚約者としてすごい格好をしている。黒い服は縁起が悪いということで、わたしと同じ色の白銀の毛皮に赤茶色のマント。彼の服の肩口には葉っぱの模様が金色で刺繍されている。宝石まみれの衣服を纏いながらも、なぜか腕組みして落ち着いたようにたたずんでいる。
「何でそんなに落ち着いてるの?」
「別に、ここでじたばたしても仕方ないだろう」
「そうかもしれないけど」
緊張で手が震えてしまう。震えを止めようと握ってみるけど、力が入りすぎて緊張が増す気がする。その時、ピンク色の石の指輪を隠すように大きな手が重なった。ぎゅっと指に力を入れられて、握り締めてくる。
「顔を上げろ」
見上げると、眉間のしわを解いたにこやかなサディアスに出合えた。椅子の背もたれに手をかけて、わたしに笑いかけてくれる。
「サディアス」
「女王になるお前に教えておいてやる」
「何を?」と問う前に、額に影が差した。あたたかくてやわらかい感触が額に押し当てられる。遠ざかるサディアスの顔を至近距離で見たら、心臓が止まるかと思った。わたし、キスされた!
「まったく不本意な事態だが、俺はお前――ミヤコを気に入っている」
――不本意? ちょっと気にかかる言葉ではあるけど、「気に入っている」という発言はすべての悪い考えを消してしまう。
「俺には2年の月日が必要だった。ベルホルンの発展にどうすればいいか、見識を広げるために旅に出たんだ」
「わたしのためだったの?」
「いや、国のためだ」そこはゆずらないらしい。
「ああ、そう、わたしのためにクロスの名を捨てたくせに」
サディアスは身分の高い家に養子に入ったんだ。まさか、わたしとの結婚のためにそこまでするとは思わなかった。嬉しかったのに。また、何だかんだ理由をつけてかわすんだろう。
「そうだ。それはお前のためだ」
「えっ!」
「お前が好きだから。そばにいるためにはそうするしかなかった」
もう何にも考えられない。サディアスに触れられた指が熱を持っていく。真剣な眼差しに吸いこまれてしまいそうになる。何かにとらわれるように瞼が重くなる。
鼻先が触れ、唇と唇が重なりそうになったとき、「ミヤコ様、お時間です」とマリアさんの声が邪魔をした。
控え室にマリアさんとエリエが現れて、顔に集まった熱を逃がすのが難しい。それでも、ふたりは気づくことなく、扉のかたわらに立つ。隣にいたサディアスがわたしの手をとり、立ち上がるのを助けてくれる。
「さあ、行くぞ」
「うん!」
まるであの夜のように手を引かれて歩く。マリアさんがマントを持ち上げてくれ、エリエが後ろの扉を開く。控え室を出ると、クラウスさんがにこやかに迎えてくれた。
「行ってきます」
サディアスがいるから、わたしの周りには大事な人がいてくれるから、大丈夫。あれだけ体に走っていた緊張感はもう、なくなっていた。
――これからわたしは、この国の女王になる。
おわり