白馬と姫(101~end)

第137話『クラウと姫』

「クラウスさんは昔のわたしと会ったことがあるんですか?」

 荷馬車に乗ってその場を去るときに、クラウスさんが残した言葉は、今もわたしの頭のなかに残っている。彼は「俺はあなたに会っている。あなたの真っ直ぐな目を知っているのです」と言ったんだ。

「ええ、幼いあなたとはよく遊びました」

「えっ?」遊ぶ? クラウスさんと?

「覚えていらっしゃらないのも無理もありません。あなたが5歳の頃です。俺は18歳でしたから、まるで年の離れた妹のようでした」

「きっと、困らせたでしょ?」

 幼い頃のわたしはマリアさんやお世話係の人を困らせるような性格だったみたいだし。

「いえ、俺はそれさえも微笑ましく思っていました。むしろ、もっと困らせてくれないかと」

 クラウスさんは昔を懐かしむように笑う。もっと困らせてくれないかなんて、やっぱり困らせていたんじゃない。

「もしかして、わたしの性格がそうなったのって甘いクラウスさんのせいじゃないんですか? ちゃんと叱ってくれたら良かったのに」

「叱れませんよ。『クラウス』と呼べなくて『クラウ』と呼ぶような小さなお姫様に」

「『クラウ』」

 呟くように真似してみたら、クラウスさんは「はい、姫様」と言葉を返してきた。頬が熱くなってもあいにく隠せるものがない。手を当ててみても、熱が伝わるだけで冷ますことはできなかった。

 まだまだ続くクラウスさんの思い出話は、見覚えがないのに恥ずかしかった。レーコさんとクラウスさんのお父さん(騎士団の団長さん)。そして、クラウスさんとわたしの4人は、よく森にいたらしい。

 そこにはジルベラス様も加わったりして、お忍びの森の散策が恒例だったそうだ。

「白馬となった俺の背中にあなたは乗ってくれました。遠乗りのとき、よくムチで叩かれたなあ。いい思い出です」

 ――それ、本当にいい思い出ですか? と、問いたい。だけど、クラウスさんがあまりにも楽しそうに笑うから、突っこめなかった。

「あとは」クラウスさんの瞳が伏せられる。

「父王が召されたとき、あなたは泣きもせずにたたずんでいました。その目の輝きは失われ、誰かが支えなくては壊れてしまいそうなほどに、儚く見えました。俺はその頃からあなたを守りたいと思っていました」

「そんな頃からわたしを」

 こちらを真っ直ぐに見つめてくるクラウスさんは、本当に優しく包みこんでくれる。日だまりよりもあたたかい。かつての自分もこのまなざしを受けていたのかと思うと、くすぐったかった。クラウスさんの真剣な目がわたしをとらえる。

「ふたたびお会いしたとき、あなたの目にはかつての輝きが戻っていました。今一度、その前に立つことが叶って、どれほど安心したかわかりません。あなたの目は昔と少しも変わりません。そして、今も俺は、ずっと、あなたをお守りしたいと思っています」

 嬉しい。たぶんわたしの顔はゆるみまくっているはずだ。クラウスさんがそばにいてくれたらと、願っていたから。肌身離さず身につけていたブレスレットを、指で触った。

「わたしも……」

 「心強いです」と続けようとしたとき、誰かの視線を感じた。視線の先をたどると、一瞬だけ、ローブの裾が見えたような気がする。誰かがいた? でも、すでに誰もいなくて、気のせいだったのだろうか。

「どういたしました?」

 クラウスさんにいちいち言うほど気にすることもないだろうと思って、首を横に振る。すぐに再開したクラウスさんとの話に夢中になった。
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