白馬と姫(101~end)
第120話『穏やかな時間』
塔の階段を駆け降りていく。ドレスの裾が長くて、ちょっと持ち上げないと歩きにくい。本当にドレスって、運動しない女の人のための服なんだなあと改めて思う。どう動いても丈夫な男装が懐かしい。
そんなこんなで悪戦苦闘しながら、ようやく塔の出口が見えたとき、わたしは速度をゆるめた。1つだけマリアさんに確かめたいことがあった。唐突かもしれないけど、下からうかがうように聞いてみる。
「あの、マリアさんは1年前にニーナさんの幼い頃の話をしてくれました。あれって本当はニーナさんじゃなくて……」
マリアさんのつり上がった目尻がほんの少し下がるだけでも、やわらかい表情に変わった。それだけて肩の力が抜けて安心する。
「ふふ、気づかれましたか。そうです。あの思い出はミヤコ様の話です」
やっぱりそうだったんだ。できが悪かった話は複雑ではあるけど、マリアさんがとても楽しそうだったからいいかな。
「マリアさんはすべて、知っていたんですね」
「すべてではありません。ですが、そうではないかと思いました。わたしは姉とは違い、臆病です。レーコ様をお慕いしても、命を捧げることはできなかった。
だからせめて、ミヤコ様にはお伝えしたかったのです。あなたはこのお城で健やかに育っておられましたし、両親の愛情を惜しみ無く与えられておいででした。それをお伝えしたかったのに、遠回しな言い方になってしまい、申し訳ありません」
気にしないでほしいと思いながら、首を横に振った。そのあたたかい気持ちだけでも嬉しかった。
マリアさんやジュリアさん、マージさんたちのおかげで、わたしはいろんな人に見守られていたんだことに気づいた。
同時にどれだけ自分がバカなのかわかった。
倉持都のときもどれだけの人がわたしを見ていてくれたんだろう。本当はひとりじゃなかったのかもしれないのに、誰かに声をかける勇気もなく、声を聞く努力もしなかった。わたしのひとりぼっちは自業自得だった。
それが気づけただけでも大きい。だから、マリアさんに「ありがとう」と告げた。彼女も言葉を返すようにほほえんでくれた。
久しぶりに感じるくらいの穏やかな時間だった。でも、あれだけあたたかくにぎやかな雰囲気が、規則的な足音のせいで冷たく静まり返った。
前から見覚えのある神官服が現れて、緊張が体のあらゆるところに走る。今ならロボットみたいにぎこちなく歩けそうだ。
思わず名前を呼びそうになった下唇をかんで、顔だけは正面に向ける。ニーナさんが言っていたことを実践するためだ。ここでひるむのは王女じゃない。
「ニーナ様」
エリエの手元が視界に入ってきた。彼女が四角い何かを差し出している。布で覆われた四角い何か。
わたしはどうしたらいいのかわからなくてずっと眺めていたけど、あまり見すぎてもおかしいので受け取ることにした。ほんの少し重い四角は、どこかでさわったことのあるような感触をしていた。布をとってみればよくわかるかもしれない。
エリエは一礼したあと、わたしの横を通り過ぎて行った。マリアさんが「王女様の横を通るなんて」と怒っていた(本来、使用人は頭を下げて王女が通るのを待たなければいけないらしい)。だけど、わたしの興味は四角い何かにあった。
結ばれた布の端をほどくと、四角い何かは姿を現した。これはずっと神子の部屋の棚に飾られていたものだ。スマホが使えなくなる前に画家に頼んで描いてもらった画だ。家族の画を胸に抱き締める。
「エリエ」
彼女の気持ちはわからない。だけど、わたしをニーナさんではないと知りながら、黙ってこの画を差し出してきた。どんな気持ちだったのだろう。わたしを理解しようとしてくれたのか。想像すると、何だか嬉しくなってきて、涙をこらえるのが大変だった。
塔の階段を駆け降りていく。ドレスの裾が長くて、ちょっと持ち上げないと歩きにくい。本当にドレスって、運動しない女の人のための服なんだなあと改めて思う。どう動いても丈夫な男装が懐かしい。
そんなこんなで悪戦苦闘しながら、ようやく塔の出口が見えたとき、わたしは速度をゆるめた。1つだけマリアさんに確かめたいことがあった。唐突かもしれないけど、下からうかがうように聞いてみる。
「あの、マリアさんは1年前にニーナさんの幼い頃の話をしてくれました。あれって本当はニーナさんじゃなくて……」
マリアさんのつり上がった目尻がほんの少し下がるだけでも、やわらかい表情に変わった。それだけて肩の力が抜けて安心する。
「ふふ、気づかれましたか。そうです。あの思い出はミヤコ様の話です」
やっぱりそうだったんだ。できが悪かった話は複雑ではあるけど、マリアさんがとても楽しそうだったからいいかな。
「マリアさんはすべて、知っていたんですね」
「すべてではありません。ですが、そうではないかと思いました。わたしは姉とは違い、臆病です。レーコ様をお慕いしても、命を捧げることはできなかった。
だからせめて、ミヤコ様にはお伝えしたかったのです。あなたはこのお城で健やかに育っておられましたし、両親の愛情を惜しみ無く与えられておいででした。それをお伝えしたかったのに、遠回しな言い方になってしまい、申し訳ありません」
気にしないでほしいと思いながら、首を横に振った。そのあたたかい気持ちだけでも嬉しかった。
マリアさんやジュリアさん、マージさんたちのおかげで、わたしはいろんな人に見守られていたんだことに気づいた。
同時にどれだけ自分がバカなのかわかった。
倉持都のときもどれだけの人がわたしを見ていてくれたんだろう。本当はひとりじゃなかったのかもしれないのに、誰かに声をかける勇気もなく、声を聞く努力もしなかった。わたしのひとりぼっちは自業自得だった。
それが気づけただけでも大きい。だから、マリアさんに「ありがとう」と告げた。彼女も言葉を返すようにほほえんでくれた。
久しぶりに感じるくらいの穏やかな時間だった。でも、あれだけあたたかくにぎやかな雰囲気が、規則的な足音のせいで冷たく静まり返った。
前から見覚えのある神官服が現れて、緊張が体のあらゆるところに走る。今ならロボットみたいにぎこちなく歩けそうだ。
思わず名前を呼びそうになった下唇をかんで、顔だけは正面に向ける。ニーナさんが言っていたことを実践するためだ。ここでひるむのは王女じゃない。
「ニーナ様」
エリエの手元が視界に入ってきた。彼女が四角い何かを差し出している。布で覆われた四角い何か。
わたしはどうしたらいいのかわからなくてずっと眺めていたけど、あまり見すぎてもおかしいので受け取ることにした。ほんの少し重い四角は、どこかでさわったことのあるような感触をしていた。布をとってみればよくわかるかもしれない。
エリエは一礼したあと、わたしの横を通り過ぎて行った。マリアさんが「王女様の横を通るなんて」と怒っていた(本来、使用人は頭を下げて王女が通るのを待たなければいけないらしい)。だけど、わたしの興味は四角い何かにあった。
結ばれた布の端をほどくと、四角い何かは姿を現した。これはずっと神子の部屋の棚に飾られていたものだ。スマホが使えなくなる前に画家に頼んで描いてもらった画だ。家族の画を胸に抱き締める。
「エリエ」
彼女の気持ちはわからない。だけど、わたしをニーナさんではないと知りながら、黙ってこの画を差し出してきた。どんな気持ちだったのだろう。わたしを理解しようとしてくれたのか。想像すると、何だか嬉しくなってきて、涙をこらえるのが大変だった。