白馬と姫(101~end)

第119話『取り引き』

「本当にいいんですか? ジルベール様を裏切っても」

 ニーナさんがジルベール様を嫌っているようには見えなかった。むしろ、すごく敬愛しているように見えた。だから、王を呼び捨てにするのは衝撃的で、思わず聞いてしまったんだ。そんなわたしの質問にニーナさんは鼻で笑った。

「裏切るも何もあの男に心を許したことはないわ。珍しい黒髪だからって、わたしを父と母から引き離し、あなたの代わりに利用しようとした。どうすれば、尊敬できるというの」

 確かに憎みはわいても、敬愛の気持ちがわくとは思えない。でも、ニーナさんの瞳は揺れている。もしかしたら聞いてはいけなかったのかもしれない。

「ごめんなさい」

「なぜ、謝るの?」

「聞いちゃいけなかったような気がして」

「聞いてから後悔しても遅いでしょ」

 ごもっともだった。ニーナさんはいつもの口元だけの笑いじゃなく、口を大きく開けて笑った。何かニーナさんじゃないみたいだ。もしかしたら、こちらのほうが本来の彼女だったりするのかもしれない。

 ニーナさんは一通り笑ったあと、引き締まった表情になる。

「……はじめて森であなたを見たとき、すぐにわかった。あなたこそが王女であり、ジルベールが欲した神子なんだってことをね。わたしは王女でいることが嫌で、八つ当たりのようにわがままを通していた。あの日もクラウスに無理を言ってついていったのよ。どうしてもあなたを見ておきたくて。
けれども、いざわたしのような存在が必要ないとわかると悲しかった。ジルベールのこともそう。必要とされなくなったから、辛いんだわ、きっと」

 ニーナさんはまるで振り切るように、うつむいた顔を正面に戻した。

「でも、それももうおしまい。わたしはあなたをやめる。わたしは普通の生活に戻るの。そのためにルルと取り引きしたのよ」

「取り引き?」

「わたしがこうしていれば、少しは邪魔が入るのを阻止できるでしょう」

 そうか。ニーナさんがくれた時間はルルさんを探して、なおかつ、質問づめにするためのものだ。ずっと、聞きたくても聞けなかったことをぶつけたっていい。わたしにはその権利があるはずだから。

「そろそろ、警備の者が戻ってくるわ。いい? わたしのように堂々としなさい。頭なんて下げてはダメよ」

 王女としての振る舞い方を教えてくれた。後はニーナさんに追い立てられるようにして部屋を出ていく。マリアさんも同じく。ちょうど、警備の騎士が戻ってきて、わたしは緊張した。

「ニーナ様、これ以上は私どもといたしましても」

「十分です」声を出せないわたしのかわりにマリアさんが答えてくれる。

「ニーナ様?」

 あれほどべらべらしゃべっていたニーナさんが黙りこんでいるので、騎士たちも不審がっているみたいだ。しかし、そこはわたしを隠すように、マリアさんが進み出てくれた。

「ニーナ様は神子様とのやりとりにて、大変ご立腹のご様子でした。あまりお触れになりますと、あなた方のお命があやうくなりますよ」

 わたしとニーナさんの関係はもうひどいもので、今回はそれがいいように働いてくれたらしい。騎士たちは「そ、そうですか」と言って持ち場に戻っていった。だとしても、ニーナさんっとどれくらい恐れられているんだろう。考えただけでもちょっと恐ろしくなってやめた。

 歩き出したとき、後ろで扉が閉ざされる音が聞こえてきた。
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Clap