白馬と姫(101~end)

第116話『エリエの考え』

 考えるのも疲れ果てたとき、扉をへだてた先で話し声が聞こえてきた。誰かがこんな塔までわざわざやってきたらしい。ガストンさんだったら嫌だなと思って扉を眺める。

 装飾なしのつまらない扉が開くのをじっと見守っていたら、ノックもなく勝手に扉が開かれた。そこには汚れのない真っ白な服を着た小柄の人が立っていた。胸元の赤い紋章は神子の花を表している。神殿で勤める者が纏う服だった。

 彼女の手元には神経質そうに折り畳まれた服が一式あった。おそらく、わたし用の着替えかもしれない。

 彼女は着替えをテーブルの上に置いた。そして、フードを後ろに落とすと、女の人の冷ややかな表情が表れる。顔は少しやつれたように見えるけど、意志の強そうな瞳は忘れていなかった。わたしの心のなかで、ずっと残っていたものだ。

「エリエ!」

「神子様、お久しぶりでございます」

 彼女はいつもそうだった。お辞儀も正しくて、わたしより年下だなんて信じられないくらい落ち着いている。

「『神子様』はやめてよ。もう神子じゃないんだから」

「いいえ。あなたは神子様です。神子様とお呼びするのは当然でございます」

 何でかな。神子として神殿で暮らしたり、ジルベール様と結婚するくらいなら、おばあちゃんになっても幽閉されるほうがいい。わたしはもう神子に戻りたくないんだ。「神子様」なんて呼ばれたくない。だから、首を横に振った。

「違うの、エリエ。わたしは神子じゃないの」

「どうしてそのようなことをおっしゃるのですか? 神子様はすでに神子様としての儀式を済まされました。神子様はずっと神子様です。しかし、そのようなお考えはやはり、いやしい罪人のサディアスがそそのかしたのですね」

 どうしてサディアスのせいになっちゃうんだろう? エリエの口から「罪人のサディアス」なんて聞きたくなかった。胸の奥が痛んで、「違う」と否定した自分の声が震えた。

「神子様?」

「サディアスのせいじゃない。わたしはわたしの考えや思いで神子でいるのが嫌になったの。神殿やこのお城から逃げ出したのも嫌になったから」

「神子様のご意志で逃げ出したというのですか?」

「そうだけど」

 神子にも人の心があって、意志があることをエリエに理解して欲しかった。だけど、彼女には理解してもらえなかったようだ。

「わたしにはあなたのお気持ちを理解しかねます。なぜ神子様がご自分の使命をまっとうされないのか。あなたのご意志がどうあれ、お立場が変わることはないのです、神子様」

 エリエとの会話はここまでのようだった。「失礼いたします」と断り、彼女はわたしの服を脱がしにかかる。エリエの考えが変わらないとしても、わたしだって譲れない。

「わたしは神子じゃないから」

 それに対して返事はなかった。
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