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王夢




時刻は既に午前一時過ぎを指していた。
いつもの夢野ならば、今頃深い深い眠りに就いていた事だろう。しかし、今日はそういかなかった。

眠れない。

寝る努力を諦めた夢野はゆっくりと上半身を起こした。静まり返った空間がまるで“早く寝ろ”と、急かしてくる様に感じられた。
何故眠れないのか。思い当たる節はいくつかあった。

***

遡ること数時間前。夕飯の後だ。
既に自室へと戻った生徒もいるため食堂には半分ほどの人数しかいない。
各々、お茶を飲みながら談話したり〜とくつろいでいる。夢野もいつもの様に転子やアンジーと雑談を楽しもうとした時だった。

「なあ!みんなで怪談話しようぜ!!」

突然そう言い出したのはまさかの百田だった。一斉にみんなの視線はそちらへ向けられた。あんな怖がりの癖して正気なのだろうか?と、怪訝な視線で囲われた。

「お!いいねーー!!」

声を上げたのは王馬だった。それに続けてアンジーや白銀も賛成の声を上げた。

「おー!楽しそうだねー!アンジーもやるよー!」
「私もー!地味に楽しそうかも。──そんな事より百田くんは大丈夫なの?」
「おう!苦手克服だ!!かかってこいー!!」

そんな気合十分と言った具合の百田を横目に、夢野はげんなりとした表情を見せた。

「んあー。めんどい。ウチは部屋に戻るわい」
「夢野さんが戻られるなら転子もそうします!!」

そう言って二人は席を立った。
ただ面倒臭がっている様に見えるが、実を言うと“大体、そんな話でもしたら夜中にトイレに行けなくなってしまうではないか!!”と心の中で夢野は悲鳴をあげていたのだ。

「えぇーー!?夢野ちゃんと茶柱ちゃん、逃げちゃうの!!?」

二人に気付いた王馬は、そちらを指差してわざとらしい口調で叫んだ。

「に、逃げてなど無いわい。人聞きの悪い事言うでない!ただ、めんどいだけじゃ!!」
「ふーん。とか言って夢野ちゃん、怖い話苦手だったりして…!」
「んあ!?そんな訳なかろう!!」
「そうですよ!夢野さんがそんなもので怖がる筈がありません!!バカにしないでください!!」
「へぇー!!それは本当かな〜?」
「う、嘘だと思うなら証拠を見れば良いのじゃ!!」
「えっ?それって…夢野ちゃんも参加するって事?」
「んあ!?ま、まあ良かろう…受けて立とうではないか!」
「そう来なくちゃね!!」

しまった!乗せられてしまった!と、わかりやすい表情を見せた夢野は渋々、席についた。そんな夢野を“にしし”と笑う王馬。そんな王馬を獣の如く威嚇する茶柱。
こうして夢野は、怪談話を聞かされるハメになってしまったのだった。


食堂の電気は消され、その代わりに各自の席に蝋燭が立てられた。
それだけで夢野は体の震えが止まらなくなった。

「大丈夫だよー秘密子ー。神様も大丈夫って言ってるよー!」

それに気が付いたアンジーは夢野の肩を叩き、御守りと言って不気味な木彫り彫刻の人形を渡した。夢野は更に肩を震わせた。

「あれ?地震?…たはー!なーんだ!夢野ちゃんの貧乏揺すりかー!やめてよねー!」
「う、ウチは貧乏揺すりなどしとらんぞ。そ、そんな事より早く始めたらどうじゃ?」
「そうだねー。ねえ!誰から喋る?」

そして、30分間程度 怪談話を聞いた。特に真宮寺や王馬の怪談話は一段と恐ろしく、しっかりと脳に刻まれてしまったのだ。これでは眠れるはずも無く──と、いうのが眠れない理由であった。

***

冷たい部屋の空気に包まれながらベッドから抜け出した。
夢野は、転子でも起こして相手になってもらおうか。とも考えたが、自分のせいで転子までもめんどい怪談話に付き合わせてしまった事を思い出すと流石に気が引けた。

「誰か起きてないかのう…」

夢野は自室の扉を覗ける程度に開けた。すると…

「んあああああっっ!!??」

ドアの真正面には王馬が立っていたのだ。
そんなありえない出来事に夢野は腰を抜かしてしまった。

「うわっ!夢野ちゃん今何時だと思ってるの?」
「お、お、王馬!!それはこっちのセリフじゃ!!お主、こんな時間にここで何をしておったのじゃ!?」
「えーっ!たまたま通りかかっただけだよ〜!?」
「それには無理があるじゃろ…」
「たはー!そりゃそうだよね!」

と、王馬はいつもの調子でニコニコと笑っている。
何なんじゃ此奴は。ウチが恐怖と闘っているという時に!と夢野は王馬を睨みつけた。

「じゃあ何の用じゃ!!ま…まさか!夜這いに…」
「そんなわけないじゃん!!もう!スケベだな〜夢野ちゃんは」
「違うわい!!…じゃあ何なんじゃさっさと白状せい!!」
「いや〜。お子様な夢野ちゃんが『おばけが怖くて眠れないよ〜!!』ってなってないか心配でね〜」

図星を突かれた夢野は、バカにするでない!!と、抗議の声を上げたが王馬は構わず続けた。

「まあ、案の定だったみたいだね!…やっぱり夢野ちゃん、怖い話苦手だったんでしょ〜」
「違うと言っておるじゃろう?用がそれだけならさっさと帰れ!!」
「ふーん。折角、相手してやろうと思ったのに〜。んじゃ帰るね!おやすみ夢野ちゃん!」
「っ!あ、あ、待てい!!」

にしし!と笑って帰ろうとする王馬の手を、咄嗟に掴んでしまっていた。それは冷たい廊下の雰囲気がそれまでの恐怖心を思い出させたせいであった。それと同時に王馬と会話をしていた時は恐怖心を忘れていたということに気付いたのだ。

ん?と、王馬はわざとらしさが混ざった不思議そうな顔で振り返った。

「や、やっぱり…い、一緒に居てくれぬか?」

夢野は自分の顔に熱が集まって行くのが分かった。何故、よりによって此奴に頼らねばならぬのか?という悔しさと恥ずかしさで頭が爆発しそうなのだ。
そんな夢野を王馬は“ぽかーん”と、間抜けな表情で見つめてしまっていた。

「勿論だよ。最初からそのつもりで来たんだしさ!」

調子を取り戻した王馬は、ウィンクしてそう言うと、夢野の肩を押して部屋へと入った。

***

「ねー!ねー!夢野ちゃん!何するの〜?」
「んあー。ウチに聞くな」

夢野は、“一緒に居てくれるだけで充分”と告げようとしたが、咄嗟に考え直して取りやめた。

「じゃあ、お喋りしようか!」
「どうせ洞話のオンパレードじゃろ?」
「酷いや!夢野ちゃんの人間不信!!」
「誰のせいだと思ってるんじゃ?」
「まあまあ、聞いてよ!すっごく面白い話があるんだよね〜」
「それが怖い話なら承知せんからな」
「あっれ〜!怖い話苦手なの認めちゃった?」
「んあー」

この調子ならあと10分くらいで眠れそうだ。王馬の話を聞き疲れて。と、夢野は確信した。

「じゃあ恋愛トークしよう!女の子なら好きでしょ?こういうの」
「そんな無理せんでも…」
「無理なんてしてないよ!!ホントだよ!嘘だけどね!っていうのも嘘!」
「んあー」

王馬は夢野の真っ正面に座り直した。
聞き疲れるとは言ったが、BGM程度に耳を傾ける事にした。なんでも、密かに思いを寄せている相手からこんな話題提供がなされるという、恋するものなら誰だって浮かれてしまうような出来事が目の前に起こってしまったからには耳を傾ける他ない。

「これはオレの話なんだけどさ〜」
「ん?ちょっと待てい!お主、好いておる人がおったのか!?」
「うーん。まあね〜」
「そ、そうか。意外じゃな」

王馬自身の恋愛体験談など聞きたくなかった。何故、想い人の惚気話など聞かなければならないのか。こんな事ならばおばけ屋敷にでも行っていた方がマシだとすら思えた。心がチクチクと痛んで切ない気持ちでいっぱいだ。
そんな夢野の事など知らず、王馬は喋りだした。

「俺の好きな子はね、嘘つきなんだ。」
「……」
「そんで、可愛くてつい弄りたくなっちゃうような子〜」
「……」
「って、おーい!夢野ちゃん!?聞いてるのー?」
「……」
「夢野ちゃんってばー!!」
「んあっ!?」
「聞いてたのー?せっかく俺が話してあげてたのに〜!」
「す、すまん」

夢野は必死に王馬に顔を見られないように俯いていた。──それは、夢野の瞳が涙で潤んでしまっていたからだ。気を抜けばいつでも涙が零れ落ちそうで、それを知られたくなくて。
しかし、夢野の様子がおかしいという事は、誰にでも簡単に見て取れる事だった。
王馬は夢野の両頬を手で包み込むように顔を上げさせた。

「ゆ、夢野ちゃん…!?なんで泣いてんの?」
「ウチは泣いてなど…泣いてなどおらんぞ!」
「いや泣いてるし」
「目にゴミが入っただけじゃ」
「ふーん。なんか嘘っぽいなぁ」
「嘘ではない!…気にせず話を続けたらどうじゃ?」

自分はこんなにも強がりだったのだろうか。夢野は自身の発言に驚きと後悔を感じていた。馬鹿だ。もうあの話は聞きたくないのに。

「ホントに続けて良いの?」
「んあ?」
「なんかさっきから夢野ちゃん様子変だしさ〜。聞きたくないなら話題変えるよ?」
「……」
「あ!でも、あとちょっとだけ聞いて欲しいな〜!」

そう言うと王馬は恋愛話を再開した。

「でもね、その子にはセコムみたいな友人がいて困っちゃうんだよね〜。まあ、俺よりも身長低いくらいだし守りたくなるのは分かるんだけどさぁ、怖いよ〜。あんな自称魔法使いちゃんなんて弄る他ないのにさ〜」
「お、王馬!?そ、それって…」
「え!?もしかして分かっちゃった?」

夢野はコクリと頷いた。
2人の顔がほのかに紅潮してゆく。
王馬は夢野の前に跪いて手を取り、夢野の瞳を見つめた。

「好きだよ夢野ちゃん。俺と付き合って下さい」

時が止まった様に感じた。
いつもは見せない様な赤い顔に、真剣な眼差し。思いを寄せる人のそんなものを見てしまったら乙女心はどうにかなってしまいそうだ。

夢野は震える声で返事を絞り出した。

「もちろんじゃ」

夢野は返事を伝えるなり大泣きし始めた。先程とは違う嬉し涙。それを見て、愛おしそうに王馬が笑った。
夢野は思わず王馬に抱きつくと、ふわっと王馬にもたれかかった。そして数秒後には寝息を立て始めた。どうやら安心した為か、夢野はこのタイミングで睡魔に襲われてしまったようだ。

そんな夢野を見た王馬は深いため息をついた。

「そりゃ無いよ〜!夢野ちゃん」

王馬は、“ひょい”と夢野を抱き抱えてベッドまで運んだ。その表情は裏の無い優しい顔だった。

王馬は、そのまま夢野のベッドに身体を滑り込ませた。しかし勿論、このベッドはシングルベッドと、2人で寝るには狭すぎるため、王馬は夢野を抱き枕の様にして眠りにつく事にした。

朝起きたらなんて言葉をかけてやろうか。王馬は夢野の寝顔を見つめながら考えていた。


***

「おはよー夢野ちゃん!」
「んあ…んあっ!?お主、結局この部屋で寝たのか?…ん?待てい!ウチ、ベッドで寝た覚えが無いのじゃが…って馬鹿者!近いわ!!」
「えーっ!?ひどーい!昨日はあんなに熱い夜を過ごしたってのに〜!!」
「誤解を招きそうな発言はやめい!」

王馬は同じ布団に入りながらこんなどうでもいい様な会話ができることに幸福感を感じていた。一方、夢野は未だに、自分がどうやってベッドで寝たのか?どんな経緯で王馬の腕の中で眠っていたのか?と、記憶を辿ろうとしていた。

『ピンポーン』

突如インターホンが鳴り響いた。
こういう時に限って鍵を掛け忘れていたようで…

「おはようございます!夢野さん!って!男死ぃーー!?」

勝手に入ってきた茶柱は、同じベッドの2人を見るなり大きな悲鳴を上げた。

「男死!これはどういうことですか!?まさか…夢野さんを汚したのですか!?」

と、王馬の胸ぐらを掴んで問い詰める茶柱。

「さあ?どうだろうねー」
「んあー!転子、落ち着けい!」

こうして王馬と夢野の恋人生活は騒がしく幕を開けた。
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