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短編

「誰にも見られてない?」
「当然でしょう」
放課後、屋上に続く階段で日吉はある女生徒と密会を交わしていた。日吉より1学年上の彼女はその長い髪をかきあげながら日吉の頭から爪先までを舐めるように見ると、に、と笑って日吉に手を差し出した。
「例のものを頂戴」
「ふん、言われなくても」
そう言うと日吉は懐から茶封筒を出して女生徒に渡した。茶封筒を受け取った女生徒は封筒の中身を確認すると満足そうに頷き、今度は日吉に白い封筒を渡した。
「どうも」
日吉もそれを受け取り、女生徒がしたように中身を確認した。

「確かに受け取りましたよ。それにしても相変わらずセンスがいいですね」
「当たり前でしょ、跡部様が氷帝学園に入学されてから毎日欠かさず撮り続けているのよ」
そう、2人は跡部の写真を交換しあっていた。この取引を申し出たのは女生徒からで日吉は最初は馬鹿馬鹿しい、とすげもなく断ろうとしたのだが「あの跡部様の授業中の姿が見れるのよ。真剣に板書するお姿も、先生に当てられて黒板にチョークで回答を書いた後チョークの粉を払うお姿も……お掃除の時間に雑巾掛けしているお姿まで!」
などと言われてしまい日吉はかなり心が傾いてしまった。あの跡部が雑巾掛けをしている姿なんて見たこともない。そんなことするのか。するんだろうな、掃除は生徒の義務なのだし。日吉が見たことのない跡部の姿、というのが気になって仕方がなかった。もともと未知の存在に対する好奇心が強い日吉である。それは『恋人である跡部景吾の知らないところ』にも発揮されてしまったようで、気がつけば日吉は女生徒と固い握手を交わしていた。

「流石ですね。それにしても……」
日吉は手元の写真を見ながら言った。
「跡部さん包丁の使い方ぎこちなさすぎませんか?ふっ、いいですね」
「これは『家庭科の授業で猫の手を意識しすぎるあまり不自然な感じになる跡部様』よ。ところで貴方の写真も最高だわ!分かってるじゃない」
「そうでしょう?今回は『破滅への輪舞曲の2回目のスマッシュの時のラケットの角度』に着目して写真を撮ってやりましたよ。何枚か撮りましたがラケットの角度は全く一緒でした」
「流石は跡部様ね。やっぱり跡部様はテニスをしているお姿が一番素晴らしいわ」
「同感ですね」
そう言って2人して感嘆のため息を漏らした。そんな時だった。

「……日吉、何をしている……?」
「な、なんでアンタがここに……」
階段下に渦中の存在である跡部がいた。ダラダラと冷や汗をかきながら日吉が質問すると、跡部はフンと鼻を鳴らしながら言った。
「お前がこそこそしながらここに行く姿が見えたんでな。まさか……女と会っているとは思いもよらなかったがな」
浮気か?とどこぞのダブルスの片割れのようなことを言う跡部の目はしかし、かなり怒りを含んでいて。

「はあっ!?違いますよ!……ああっ!」
咄嗟に弁解しようと勢いよく身を乗り出したはずみで日吉の手元から写真がこぼれ落ちた。その写真はちょうど跡部の足元に落ちて、跡部はそれを拾い上げた。写真に映る自らの姿と日吉の慌て具合で、跡部は日吉がしていたことを大方理解したようで、呆れたようにため息をついた。
「お前……写真が欲しいのなら俺様に直接言えばいいものを……」
「くそっ!それじゃ意味ないんですよっ!どうせ写真撮らせてくださいって言ってもキメ顔の写真しか撮らせないでしょう。そういうのじゃなくて不意の表情とか、そういうのがいいんでしょうが!!」
跡部が呆れたように呟くと、日吉はほとんど飛び降りるように勢いよく階段を降りて跡部に詰め寄るととんでもない剣幕で言った。思わず気圧されて跡部の口から「おお……」と声が出る。テニスをしている時と同等か、それ以上の迫力を持ってして写真の善し悪しを熱弁する日吉の話に跡部が若干引き始めた時だった。

パシャ、と音がした。音がした方を見ると女学生が興奮した面持ちでカメラを構えていて。
「おい、何している!」
「今日一番のベストショットよ!」
「はぁ!?」
「ちょっと、先輩!その写真俺にもくださいよ!」
「日吉!?」
カメラを掲げながら跡部たちの横を通り抜けていく女生徒を追いかける日吉を、跡部は心底困った顔で追いかける羽目になってしまったのだった。
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