このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

短編

「あの、跡部さんこれ……」

遠慮がちに跡部に声をかける日吉の手には弁当箱が握られていた。2段重ねのそれはごく普通の弁当箱だったが、跡部にはキラキラと輝く宝箱に見えた。


「……日吉、これは、」
「言っておきますけど、アンタがあんまりにも俺の手作り弁当が食べたいってうるさいんで仕方なく作ってきただけですから」

そう言って頬を赤く染めながらそっぽを向く日吉の顔と手元の弁当箱を跡部は喜色を隠しもしない表情で交互に見た。そう、跡部は以前より日吉の手料理が食べたくて仕方がなかったのだ。


「若……」

感動のあまり涙ぐみながら跡部が日吉から弁当をそれはそれは大切そうに受け取る。普段の日吉といったら、跡部がどれだけ愛を囁いても眉を寄せて嫌がるばかりなのだ。

もちろん、跡部の観察眼を持ってすればそれが照れ隠しである事はすぐに分かるのだが、いかんせんあまりにもデレる様子のない恋人に流石の跡部も少しだけ自信喪失していた。実は愛しているのは跡部だけで日吉は毎日毎日愛を囁いてくる跡部に仕方なく付き合ってくれているだけなのでは無いかと。


そんなタイミングでの手作り弁当である。嬉しくない訳が無い。跡部が期待に高鳴る胸を抑えながらいそいそと弁当箱を包む風呂敷を開く。2段重ねの弁当箱の下の段には米が敷かれていて、米の上には黄色いふりかけが乗っていた。

上の段には赤ウインナーで作られたたこさんウィンナーに卵焼き。ミートボール、ベーコンのアスパラ巻き、そしてラップに包まれた栗きんとんが四角い箱の中に整然と収められていた。

見るからに『手作り弁当』といったその風貌に、跡部のテンションは上がりっきりだった。

「俺、料理なんてした事ないんで味の保証はしませんよ」
「構わねえ。若の手作りってのが大切なんだ。じゃあ早速いただくぜ」

そう言って跡部はウキウキしながら卵焼きを箸で摘んだ。見た目も鮮やかな黄色で、とても美味しそうな卵焼きだった。終始緩みっぱなしの顔で跡部が卵焼きを食べる、が、

「んごっ!!?」

日吉の作った卵焼きを口に入れた瞬間、キングにあるまじき声を上げて跡部が固まった。

(なんだこの味は……!?)

卵焼きを口に入れた瞬間、口内にありえない味が広がったのだ。耳まで抜ける様などきつい甘み。噛めば噛むほどその甘みは増していき、頭痛と歯痛が襲って来る。そして砂のようなジャリジャリとした食感が不快感を煽る。咀嚼すればするほどその味に冷や汗が吹き出た。

「跡部さん?あの、もしかしてお口に合わ、」
「いや!若の手作り弁当、最高だぜ!」

跡部を不安そうに見つめる日吉の顔を見て、とっさに言葉を返す。跡部の言葉に日吉はほっとした顔で少しだけ微笑んだ。滅多に笑わない恋人の笑顔が最高に可愛い。可愛いのだが、口内に残る噛みきれない物体のせいで貴重な日吉の笑顔を堪能する事が出来ない。

兎に角食べきらねばと水で卵焼きを流し込んだ。口の中に残る甘さを消してくれと願いながらベーコンのアスパラ巻きを口に放り込んだ。

「……ゔっっ!!」
「……あ、跡部さん……?」

塩分を求め勢いよくベーコンのアスパラ巻きを口に入れ、噛もうとした瞬間、ガキン!という音がした。硬い。あまりにも硬すぎる。金属か?と言いたくなる程のその食感に困惑する。ベーコンってこんなに硬かったか?もしかしてこれはアスパラではなくて金属の棒なのか?そんな疑問を浮かべてしまう程に。

跡部の顔を見て、あっ!と申し訳無さそうに日吉が言う。

「それ、焼きすぎちゃって……もしかしたら少し硬いかもしれません」
「そ、そうか……確かに硬いな、少し」

実際には少し所どころではないのだが、こちらも気力と水で流し込んだ。幸いにも小さめに作られていたのでなんとか飲み込む事が出来た。ついでに言うと、味付けは期待していた塩気は一切なく無味であった。本当に金属を食べたのかもしれない。


「……」

跡部は薄々勘づいていた。この弁当、恐らくとんでもなく『不味い』。はっきりとそう断言するのは日吉に対して申し訳無いのだが、あまりにも突飛な味付けにそう結論付けずにはいられなかった。とにかく、食べれる物から食べていかねばと、ふりかけのかかった米に箸を伸ばした。
いくらなんでも米ならばそう不味い事は無いだろうと口に入れると、デジャブ。

「……ぐっ……!」

芯が残っている上にパサパサしている。先程の2つに比べるとそこまで酷くはないのだが、炊くのを失敗した米というのはこんなに人をさもしい気持ちにさせるのかと落ち込みながら米を食べた。


「跡部さん、先程からあまり食が進んでないですけど、もしかして美味しくないですか?」

跡部の食の進み具合を見て日吉が言う。その悲しそうな顔に、とてもじゃないが不味いだなんて言う事は跡部には出来なかった。

「いや、そんな事ないぜ。若の手作り弁当、味わって食べてるんだよ」

そう言って卵焼きを口に入れる。相変わらず歯が溶けそうな程に甘いそれに苦しみながら水で流し込んだ。そう、手作り弁当自体は嬉しくて仕方が無いのだ。ただ、味付けが大分特殊なのが問題なだけで。しかしあまりにもありえない味のそれらに、一体どんな味付けをしたんだと卵焼きを指さして青い顔をしながら跡部が問う。

「卵焼きですか?ええと、俺の家では甘い卵焼きが出るので、砂糖を入れました」
「レシピは母親に聞いたのか?」
「いえ、聞いてないです。……その、母に誰かの為に弁当作ってるって知られるのが恥ずかしかったので……」

そう言って恥ずかしそうにそっぽを向く日吉。
そうだ、そうなのだ。日吉は跡部の為にいつもより早起きしてわざわざ作り慣れない弁当を作ってくれたのだ。恥ずかしがり屋の恋人は、きっと誰よりも早く起きてこっそりと跡部の為に弁当を作ってくれたのだろう。ただでさえ起床時間の早い日吉家で、誰も起きていない時間なんて早朝も早朝に違いない。まだ空が暗いうちから起きて作ってくれたのだろうと思うと、目の前の恋人への愛おしさが増していくのが分かった。

「……若」

そう、恋人の手料理が愛おしいのは、氷帝学園のキングも同じなのだ。そして、その弁当の味がどうであれ幸せな事に変わりがない事も。しかし、


「まだありますから、どうぞ。たこさんウィンナーなんて跡部さん、初めて見たんじゃないですか?」

日吉がウインナーを指さして言う。よく見たら黒い斑点のあるそのウインナーはどう見ても焦げている。

「……あぁ、初めてみたぜ。美味そうだな」

そう言って病気の様な見た目のたこさんウインナーを箸で摘む跡部。跡部の受難は、まだ続く。
4/9ページ
スキ