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短編

お題「嫌い」


跡部部長の事が、嫌いだ。

「そう言えばさー、跡部会長、また新しい女出来たらしいぜ。今度は3年だって」
「まじかよ!この間の2年の子は?」
「さあな。飽きたんじゃね?」


放課後、HRが終わった教室は騒がしい。暇を持て余したクラスメイト達がつまらない噂話に花を咲かせる程には。隣の席の奴がスクールバッグに隠し持っていたらしいスナック菓子を取り出し雑に封をあけながら前の席の奴に話し掛けていた。内容は跡部部長の事で、誰から聞いたんだと言いたくなるような根も葉もない話題で盛り上がっていた。
今日もまた、跡部部長の噂話ばかりが耳に入る。本当に、最悪極まりない。跡部部長のそんな軽薄さが嫌いだ。


「はぁー、いいよなあ、金持ちで顔が良いってさ!」
「あ、でもさ、何かあの噂って跡部会長の事を好きな女子達が勝手に付き合ってるって言ってるだけって聞いたけど」
「え!そうなのかよ〜、なんだ、つまんねえなあ」

跡部部長は放課後はテニス部の練習、それが終われば直ぐに生徒会に行き生徒会長としての仕事をしている。休日の事はよく知らないが、先輩達の話を聞くに社交会だの財閥を継ぐ為の勉強だのと相当忙しい様だ。それこそ、女遊びをする暇も無いくらいには。
けれど、そんな事知ろうとする生徒は殆どおらず、皆跡部部長の華やかさだけを見てあれやこれやと騒ぎ立てる。跡部部長はそれに対して反論する事も無ければ自らの努力をひけらかすことも無い。
そんな跡部部長の寛大さが嫌いだ。陰ながら誰よりも努力して、常に誰よりもトップに立ち続けている所も嫌いだ。


喧騒がうっとおしくなり教室を出た。向かう場所は部室だ。今日は部活は休みだが俺には関係無い。むしろ自主練するにあたって人がいない方が好きにコートを使えて都合が良い。そう思いながら部室の扉を開けると、そこには跡部部長がいた。
「日吉か」
「跡部部長……」
着替えたばかりという跡部部長は傍らのベンチに座ると、「お前も練習だろう?折角だから付き合ってやるよ」と不遜な態度で言い放った。
その言葉の割には穏やかな表情で着替える俺を待っていて、そういう余裕な態度も嫌いだ。


「……別に、いいですよ。忙しいでしょう」
「そんな事ないぜ」
そう言いながら跡部さんは鞄からラケットを取り出して、ぼそりと呟いた。
「……お前とこうやってテニス出来るのもあと少しだからな」
「……っ」
「練習するんだろう?俺も最近、受験だの渡英の準備だので身体が鈍ってた所だ。付き合わせてくれよ、氷帝部長さん」
そう言って少し寂しそうに笑う跡部さんの横顔に、たまらない気持ちになった。本当に、本当に跡部さんの事が嫌いだ。


日本人離れした美しい金の髪と青い目が嫌いだ。全身を血が巡っているから嫌いだし、胸に耳を当てると鼓動が聞こえるから嫌い。俺が他の奴と話してるとちょっとだけ拗ねるのが嫌い。俺のテニスを真剣に見てくるのが嫌い。シチューにパンをつけて食べるのが嫌い。俺の事を可愛いだなんて言うのが嫌い。俺がクッキーを焼いた時に砂糖と塩を間違えて不味いクッキーを渡してしまったのに美味いって言って全部食べたのが嫌い。忙しい癖に無理してでも俺との時間を作ってくれるのが嫌い。セックスの時いつだって俺の体を気遣うのが嫌い。俺にしか見せない優しい顔で笑うのが嫌い。
「……っ、」
「……な、わーかし。大丈夫だ。俺は向こうに行っちまっても、変わらずお前を愛してる」
跡部さんが俺を抱き締める。ユニフォーム越しの体温が暖かくって、いよいよ涙が止まらなくなった。
俺を置いてイギリスに行ってしまうのも。こうやって泣きじゃくる俺を優しく抱き締めて、安心させるように諭してくるのも。俺の事を愛している所も。何もかも大嫌いだ。
何もかも大嫌いだから、頼むからこれ以上俺の心を掻き乱さないでくれ。
そう思いながら、跡部さんの背にしがみつき涙を零し続けた。
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