記憶:消去済み

 ああ、空が青い。雲がない。
 なんて、良い日なんだろう、そう思った。

 ずっと、自分が生きていることが間違いだと思ってきた。
 別に、大した苦しみも絶望も経験したわけではないはずだ。だって、灰田玻璃花はこんなに恵まれていて、両親だって優しくて、自分を傷つける存在はここには無くて、あたたかな真綿に包まれて死を待っている。
 この世界がどんなに生き苦しいものであっても、自分はこんなにも愛されている。だから明日も明後日も、TVを付けてベッドの上でほとんど1日を終わらせるのだろう。不満なんてない。苦痛なんてない。

 よく、ニュースで見る若年者の自殺の理由に虐めがある。玻璃花はされたこともない。そんな強烈な感情、向けたことも向けられたこともない。誰からも「良い子」と思われて、ただぼんやり日々を過ごすだけ。

 だから、ただ、なんとなく。
 なんとなく、こんな綺麗に晴れた日が、自分の最期になるってきっと素敵だな、と、そう思ったのだ。

 病院の中庭の非常用階段。
 普段は殆ど誰も来ない、玻璃花の静かな秘密基地。

 3階の手摺りから身を乗り上げて、下を見る。
 雑草と苔に覆われた湿ったアスファルトは、寝そべったら涼しそうで、良いなと思った。
 土になれたら、どれほど良いだろう。
 地面になれば、人々は歩くために土を踏み締め、植物は栄養を得るために根を張る。それはきっと、他人の役に立てるということ。

「あぁ、いいなぁ」

 そう思って。
 玻璃花は、鉄錆でボロボロの手摺りに全ての体重をかけた。

 ギギ、ギィ……と、手摺りが歪み、その重さに耐えられず千切れた。
 玻璃花と一緒に、宙に放り出される。そのまま地面へ。アスファルトへ。
 建物の屋根の向こうから、青い空が彼女にキラキラと反射した。

「あ、そら、あかる」

 ——ゴシャッ! と、鈍い音が誰にも気付かれないまま中庭に響く。

 彼女の願いは、何ひとつ叶うことは無かった。
1/1ページ
スキ