幕間2

3.1 ちょっと聞かせて




 中学三年になったばかりの頃。
 進路志望に「雄英高校ヒーロー科」と書いた緑谷は、去年と同じく進路指導室に呼び出されていた。

 オールマイトに「ヒーローになれる」と言われたからといって、周囲からの目が変わるわけではない。
 進路指導でしこたま『無理がある』と言われ続けた緑谷は、気落ちした心を隠せないまま指導室を出る。

「へぇ、言い返せるんじゃん」

 指導室の真ん前に仁王立ちする玻璃花がいた。

「ととと東晶さん!?」
「指導室の声、緑谷くんのだけ丸聞こえだったから」

 その表情は、蔑みでも冷笑でもなく、いっそ感心しているようだった。

「ほんっとにヒーロー科志望なんだね。流されてるわけじゃないところに狂気感じたわ」
「狂気ってそんな……。僕はその、オールマイトに憧れてるだけで」
「あ、その話長くなりそうならどいてくれる? 次、私だから」

 シッシと虫でも払うかのような雑さであしらわれ、すごすごと緑谷が身を引く。

「東晶さんも、進路指導を?」
「そんなんじゃない。進路とか」

 無いし。と、扉を閉める音に紛れて言っているのを、緑谷は聞き逃せなかった。

 進路に迷う、は、よく聞く言葉だ。
 とはいえ、同世代の大半がヒーロー科のある高校へと進学を決めようとしている。難関であろうと無かろうと、去年も一昨年もヒーロー科の倍率はとんでも無く高い。
 一方で、「進路が無い」なんて言葉は聞いたことがなかった。元々身体が弱いとは聞いていたが、それ以外にも何か要因があるのか――。そんなことを考えていると、思いっきり何かにぶつかった。

「前見て歩けやクソナードォ!!」

 爆豪だった。

「ごごごごごめんかっちゃん! わ、わざとじゃないんだ、少し考え事してて」
「ンなこと聞いてねぇわクソがぁ! 死ねカス!!」

 相変わらずフルスロットルの暴言だが、身構える緑谷の横をスルリと抜けて、そのまま彼は歩き去っていった。まるで何かを探しているかのように。


 ……そういうこともあったなぁ。と、玻璃花へ謝りに行った日の夜に緑谷は思い返していた。今になってみれば、あそこで爆豪が探していたのは玻璃花の姿だったのだろう。
 そういえばあの後、玻璃花には進路はできたのだろうか。あの言い方はまるで、全て投げやりになっているようだった。気のせいかもしれないが、ひび割れた目を思い返すとなんだか途端に不安になってくる。
 こういうことは本人から聞くに限るが、何せ今日の昼になんとか和解を取り付けたばかりだ。少し間をおいてからの方が良いかもしれない。

「……それで、一日しか置かなかったのね。昨日の今日で何事かと思った」
「ごめんね、こういうの東晶さんは嫌がるって分かってたんだけど、どうしても気になっちゃって」

 昼休みの保健室は、いつも通り閑散としている。
 奥のベッドで偏頭痛に苦しむ生徒が寝ているため、二人とも声は小さい。

「ほんっとうに余計なお世話」
「ア、ハイ……」
「生憎、もう進路志望は提出済みだし。あの時はたまたま、まだ決まってなかっただけ」
「そ、そっか。良ければどこって書いたのか教えてもらっても……」
「言う必要、ある?」
「無いです、ごめんなさい……」

 ピシャリと言い切る玻璃花。とはいえ、緑谷の観察眼の鋭さには、内心舌を巻いていた。
 実際は緑谷とこの前揉めた後、爆豪に無理やり進路志望の空欄をボールペンで書き込まれるまで、本当に決めるつもりすらなかったのだ。提出したのもつい先日。
 緑谷と進路指導室前で鉢合わせたときも、教師からの再三の確認と心配の声を跳ね除けていた。中卒で死ぬ予定だったのだから、そのときの玻璃花にとっては無駄なことでしかなかったのだ。

「――話は変わるけど、緑谷くん。これはアンケートみたいな質問だから、深くは考えなくて良いんだけど」
「な、なんでしょう」
「君はヒーローになりたいわけじゃん? もしヒーローになれるって決まってるとして……」

 ビクッと緑谷の肩が跳ねたような気がしたが、気にせず続ける。

「ヒーローになれるって決められていたレールから脱線させられるのと、後ろから付き纏われながらずぅっと嫌がらせされ続けるの、どっちがイヤ?」
「えええぇ……?」

 思ってもみない質問に、緑谷は顔色を青くして苦笑いする。

「確認なんだけど、それって僕のこと言ってる? それともかっ――」「君とは関係ない」
「あ、ハイ」

 大変な質問をされてるのかもしれない、と、幼馴染の顔を思い出しながら緑谷は胸に手を置いた。
 かっちゃん――爆豪のことは苦手だけれど、嫌いというわけではない。爆豪の才能は幼馴染の贔屓目に見ても本物で、ヒーローになれる逸材に変わりはないはずだ。
 そのヒーローとなるまでの道のりを脱線させる……。まぁ、彼の素行不良の被害者たる緑谷も、できなくはないだろう。まして、いつも一緒にいる玻璃花なら、証拠集めも容易い。それほどまでに互いに嫌っているようには見えなかったのだが、果たして。
 一方で、ずっと付き纏って嫌がらせする、というのも緑谷にはよくわからない。そもそも爆豪がちょっとやそっとの嫌がらせでどうにかなるとも思えない。それに……。

「どっちがイヤ、っていうのはわからないけど……、ずっと嫌がらせされ続ける方が、嬉しい、かなぁ」
「嬉しい? 変態なの?」
「いやいやいやそうじゃ無くてね!?」

 変な誤解が発生しては敵わないと、必死に身振り手振り否定する。

「ずっと嫌がらせするってことは、ずっと東晶さんが元気でいてくれるってことだと思うし、かっちゃんがどうでも良い相手にわざわざ構ってご飯奢るなんてしないと思うから多分相当東晶さんと仲良いんだろうしそれならどこかに東晶さんがいっちゃうより隣に居てほしいのかもなって」

「色々誤解があるみたいだから言っておくけど、私、爆豪くんのことだとは一言も言ってないから」
「そうだよねゴメン!」

 呆れたように溜息をつく玻璃花は、しかしどこか満足そうに頷いた。

「まぁ、なんとなくわかった。ありがとう、答えてくれて」
「ううん、いつでも頼ってくれて大丈夫だから!」
「あ、そういうのは間に合ってるんで結構です」
「ハイ……」

 緑谷の去っていった保健室で、玻璃花はひとり、緑谷の答えを反芻する。

「――嬉しい、ねぇ」

 その表情がどんなものだったのか、本人を含め誰も知ることはなかった。
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