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4.背負って連れてって

 爆豪と緑谷が揃って雄英ヒーロー科に合格したらしい、というのは春休み前には折寺中全校に知れ渡っていた。
 先日雄英のサポート科から合格通知を受け取った玻璃花は、他人事のようにそれを眺めている。

 ――職員室に合格の知らせをするのはまだやめとこう。あの二人のゴタゴタに直接関わりたくないし。

 保健室ですらその話題で持ちきりなのだ。ただでさえ爆豪となんやかんや噂になりやすいのに、これ以上セットで話題提供するなんて御免だった。

「東晶さんも雄英受けたのよね? どうだった?」とかいう興味津々な養護教諭のフリも、「まだわかんないですねー」のひと言で流し続ける。
 普段関わらないクラスメイトやら同級生からでさえ声をかけられる。
 そのせいで春休みに入るまで合格の知らせを職員室に持って行くことはなかった。

「疲れたんだけど……」
「知るか」
「主にアンタらのせいなんだけど……!」
「あ?」

 げっそりした顔で爆豪を睨む。
 対面に座る爆豪は知るかとばかりに一瞥だけして、またポテトを摘んだ。
 いつものファストフード店で、春休みに入っても二人は駄弁っていた。

「アンタらがさー、雄英のヒーロー科受かったので先生たち大盛り上がりしたらしくってさー、マジでさー、こっちまで変な期待されんの。私関係ないのに!」
「うるせえ。関係はあんだろ」
「ヒーロー科じゃないし!」
「うるせえ」

 『ヒーロー科』の単語にあからさまに顔を顰める爆豪に、玻璃花はニタリと笑った。

「……ああ、折寺中から雄英ヒーロー科受かったの爆豪だけじゃないもんねぇ。しかもよりによって緑谷くんと一緒だしねー。すごいよねぇ緑谷くん、『無個性』なのにヒーロー科受かっちゃうなんて」
「おい、デクの話はすんなっつったろーが。殺すぞ」
「やれるもんならやってみなさいよ」

 ずず、と紅茶を啜る。
 この場に居ないのにやたらと話題に上がる緑谷に、玻璃花も少々ウンザリしているのは間違いなかった。
 この話題はやめておこう。玻璃花は緑谷を嫌ってはいないが、相性が悪い。なにより。

「ムカつくぅ……」
「それは俺のセリフだ」
「違う。いや違わないんだけど」

 渋くなり始めた紅茶にミルクを注ぎながら、玻璃花は口をへの字に曲げた。

「二年間ちょいあんたに嫌がらせしてるのに、あんたが一番嫌がる相手が緑谷くんなのマジでムカつく……。私のことなんだと思ってんの」
「お前のは甘えてるだけだろ」
「何その解釈、嫌すぎる」

 爆豪にとっては玻璃花の『嫌がらせ』は、甘え方を知らない子猫が爪を出しながら飛びついてくるのと何も変わらない。
 無視しても避けても蹴り飛ばしても足元に現れる石ころのような緑谷の方が、爆豪からしてみればよほどうざったいのだ。

 そんなこととは知らない玻璃花は、爆豪の手元のポテトをこれ見よがしに一本取った。

「緑谷くん本人が無自覚なのが、余計ムカつく」
「それ以上デクの話すんなら店から放り出す」
「……」

 食べ終えたバーガーの袋をグシャッと握りつぶした爆豪を見て、玻璃花は黙ってポテトを食した。
 嫌がらせだの嫌いだのと宣うくせに本気で爆豪を怒らせないようにする、そういうところが甘えているんだと爆豪は思う。
 店内のBGMが、今週最終回を迎えるドラマのEDに切り替わる。玻璃花がポテトを食べ終えた。

「……私は私のやれることをやるだけだから、別にいいんだけど」

 丁寧に紙ナプキンで指を拭いてから、玻璃花はガラケーを取り出す。
 爆豪は、そういえばコイツは合格後に雄英にネタ送りつけて合格取消させるとか言ってたなと思い出した。三年に入ってから、やらなさそうだなとなんとなく感じていたので、まさか今更話題に出るとは思っていなかったのだが。

「……送ったんか」

 それだけで何を言わんとしているのか理解して、玻璃花は「まだだよ」と笑った。

「あんたの目の前で送ってやろうと――なんて、冗談。睨まないでよ」
「……」
「正直、自分も受かっちゃったからさぁ。あんたの言ってた通り高校でも嫌がらせ出来そうだし」
「受かってたのかよ。どの科だ」
「言ってなかったっけ? サポート科。理数系の点数良かったし行けそうだったから」
「聞いてねぇ」

 全く玻璃花自身の進学について話さないから、爆豪は少し驚いた。
 玻璃花の座学の点数がいいことは知っていたが、それでもあの倍率で受かるとは。

「ってのはともかく――折角だし、選ばせてあげようと思って」

 ハイ、と開かれたガラケーが、テーブルの上を滑って爆豪の目の前に辿り着く。

 小さな液晶に、雄英に受かった緑谷を爆豪が壁に追い込んでいる姿が表示されていた。
 言うまでもなくつい先日のことだ。まだ玻璃花は爆豪の行為を記録していたのか、と純粋に驚いた。

「今ここで雄英落ちるのと一生私に付き纏われるの。どっちがいい?」
「……」
「その画像、閉じて送信ボタン押したら雄英に送れるから――」

 パキッ

 「考えておいて」と玻璃花が言い切る前に、爆豪はガラケーを逆向きに折った。いわゆる逆パカだ。

「うわぁ……」
「ん」
「ん、じゃなくて。やり切った感出しながらゴミ押し付けないでよ」
「テメェひとり居たところで俺がトップヒーローんなるのは変わらねー」
「本当、そう言うところだと思う。……まぁいいけどさ」

 爆豪は氷の溶けたコーラを飲みながら、折れた携帯を片付ける玻璃花を眺める。
 玻璃花もこうなる事を予期していたのか、反応は割と淡白だった。だがその表情や声音は、二年前とは比べようもないほど豊かだ。

「てっきり爆破するのかと」
「店でするわけねぇだろ。……弁償しねぇからな」
「いらない。買い替えたし」

 そう言って、玻璃花はポケットからスマホを取り出した。

「一生付きまとえるもんならやってみろや」
「なにそれ。挑発?」
「違ェ」

 懇願だ、とは口にしない。
 中学生にとっての二年と数ヶ月は、長い。終わってから振り返れば短く感じてしまうけれど、こうして二人でダラダラと喋る奇妙な放課後に情が湧くくらいには長かった。

 玻璃花の最初の『嫌がらせ』が、本当に捨て身だったと今の爆豪ならよくわかる。玻璃花はひとりで死にたくなかったのだ。
 だから死までの時間を近づけた爆豪を引き摺り込んで、自分の分の傷を負わせて……覚えていてほしかったんだろう。
 中学卒業後の未来が見えてしまった今、彼女にそこまでの覚悟は無くなってしまっていた。

 玻璃花はすっかり冷めたミルクティーを飲み干して、爆豪が二人分のトレイを片付ける。高校生活が始まれば、ここで過ごすことも少なくなるんだろう。

 帰りのバスを待つ間に、新しいメッセージアプリのアカウントを交換する。「保健室の後輩から新しい技教えてもらったんだよね、スタ爆ってやつ」「通知うるっせぇ。ブロックすんぞ」

 バスに乗って、いつものように二人席に並んで座った。春休み中の夕方のバスはいつもより人が少ない。バスの中ではいつも無言で、爆豪が真っ先に降車ボタンを押す。
 先に運賃を支払ってステップを降りた爆豪の後ろから、玻璃花が並んで支払い、降りてくる。そのときだった。

 かっ
   くん、と、玻璃花の膝の力が抜けた。

「あ、やば」
「……ッ!!」

 咄嗟に爆豪が振り返り、受け身も取れずに落ちてくる玻璃花を抱き留めた。が、玻璃花は『個性』の性質上普通の人間より質量が大きい。
 瞬時に持ち堪えるより一度倒れた方が安定すると踏んで、爆豪は玻璃花の下へ滑り込んだ。

 なんとか玻璃花が直接地面に激突することは避けられたものの、爆豪を下敷きにする形で二人は地面に崩れる。
 唖然としている玻璃花と、安堵する爆豪の視線が一瞬の間に重なった。

「ちょっと、大丈夫!?」
「え、なになになに」
「誰か倒れた?」
「近くのヒーローって誰かいたっけ」

 騒然とするバスの乗客と運転手に、爆豪が「問題ねぇ」と声をかけ、玻璃花を抱えて起き上がった。

「ご……ごめん」
「……」

 玻璃花の右手が震えていた。
 爆豪はバス停横のベンチに玻璃花を座らせて、バスの運転手に無事を伝える。
 走り去っていくバスを見送り、爆豪は玻璃花の目の前で仁王立ちになった。逆光で玻璃花から爆豪の表情がわからない。が、その目に火がついたのはよくわかる。

「脚。どーいう事だ」
「あー……、えっと。ちょっと最近、足の感覚あんまりなくて」
「聞いてねえ」
「……言ってないからね」

 赤く鋭い眼差しがザクザクと玻璃花に刺さった。
 爆豪が息を吸う。
 
「――そういうのは、先に言え!!」
「ぅ……」

 爆豪の声は決して大きくはないが、玻璃花の皮膚をビリビリと揺らした。だが今更、爆豪相手に怯みたくない。

「…………、あんたに、置いていかれたくなかったから」
「あ"ァ?」
「弱いとこ、見せたくなかったの! あんたに、だけは。哀れまれたくなかったの」

 睨み返すひび割れた目が、チラチラと夕陽を反射して、思わず爆豪は言い詰まった。
 小学生時代のあのときの目を思い出して、唇を噛む。

「やっと――やっとあんたに、追いつけたと思ったの! あんたはずっと、前しか見てない。私なんか、見えてないから……私だけ弱いとこ見せるなんて、嫌だったから!」
「守るっつったろーが!! 守らせろや!」

 思わず爆豪は玻璃花の胸倉を掴んだ。普段爆豪が触れることのある同級生とは、似ても似つかないような線の細い身体だ。だがその熱さと重さも常人の比ではない。

「……やめて、割れちゃう」
「っ、……クソが」

 思わず出てしまった手をそっと離して、爆豪は玻璃花の隣に座った。

「今更テメーを哀れむなんざ、するわけねぇだろ」
「……」
「……まだ言ってねえ事あんなら、先に言えや」
「…………うん」

 ぽつりぽつりと、観念して玻璃花は語り出す。
 小学生の頃、爆豪のことを転校してからもずっと憧れていたこと。中学に入ったらあまりにも暴君で呆れて嫌いになったこと。その頃、二年後には全身の神経が機能しなくなると診断されていたこと。だから爆豪に最悪な嫌がらせをして、寝たきりになる前にせめて一生残る傷になろうとしたら、中三まで生き残ってしまったこと。
 それから、受験期の無理が今にきてまたひび割れがひどくなり始めたこと。

 鞄を地面に放置したまま、玻璃花の話を相槌もせずに聞き続けていた。ただじっと、逃す気のない真っ赤な眼差しで玻璃花の横顔を見つめている。

「――そっから先は、さっき言ったとおり。大体、話したけど。ねぇ、なんとか言ってよ。独り言みたいじゃん」
「……、テメェのそのひびってのは、どうすりゃ治るんだ」
「わかんない。……治癒系の個性の医者とかにも紹介状貰って行ったことあるけど、『個性』の性質上難しいって。雄英のリカバリーガールにも一度診てもらったけど、『自分には治せない』ないって言われたし」
「ハァ?」
「免疫の活性化をすると、先に体力が尽きて死ぬってさ」

 むすっと、爆豪が顔を顰める。「医者が処置投げてんじゃねーよクソが」

「……仕方ない、よ。私、ガラスだから。薬品もほとんど効かないんだ」
「じゃあ、中三までひびが広がんなかったんは何だったんだよ」
「主治医の先生が言うには、精神的な要因だろうって」

 腕を失い、周囲に後ろ指を刺されて転校し、その先でも馴染めず、体内を広がり続けるひびに恐怖した両親は玻璃花を見捨てて海外へと逃げた。
 頼る相手も居ない、ただ粉々になるのを待つだけの日々だった。

「だから、こればっかりはあんたに感謝してる。間違いなく爆豪への嫌がらせは私にとってのライフワークだわ」
「ハッ」

 知るかボケ、と鼻で笑って返したけれど爆豪の推測はほとんど当たっていた。玻璃花の生き存えられた理由は、爆豪だ。

 玻璃花の右手を見る。手袋に包まれた指先がまだ少し震えていた。あの一瞬で大怪我に、下手をすれば死んでしまう可能性すらあった。
 見られているのに気がついたのか、パッと玻璃花が手を隠す。

「あんまりジロジロ見ないでよ」
「怪我はねぇのか」
「無い、と、思う」
「……悪かったな、触って」
「助けてくれたし……いいよ気にしなくて。むしろ、その、ありがと」

 普段なら聞かないような礼の言葉に、はっと視線を上げる。
 玻璃花は気恥ずかしそうに笑っていた。

「あんたに借りができちゃった。あーあ、これじゃもう嫌がらせとかできないじゃん」

 淡く夕日を乱反射する輪郭が今にも解けて消えそうだった。
 吹っ切れたように笑う玻璃花を見て、爆豪の胸中に嫌な予感が芽生える。

「――また勝手に、消えんじゃねぇぞ」
「え?」
「小学生の頃、転校してったろーが。何も言わねーまま」

 バツが悪そうに、玻璃花は顔を背けた。

「あの時は、その。それどころじゃなかったし。……早く逃げたかったの」
「……そーかよ」
「高校、同じなんだし。あのときより私、弱くないから。……逃げないよ」
「……」

 爆豪は、微かに震えるその言葉の全てを信じられたわけではなかった。でもあの時よりずっと二人の繋がりは太い。
 玻璃花がまた逃げたら……そのときは、追いかけて捕まえれば良い。

「……暗くなってきちゃった。せっかく早くお店出たのに」

 気付けば、夕日はとっくに沈んでいた。

「そろそろ帰らないと」
「歩けんのかよ」
「バス降りるまでは歩けてたし、行けるでしょ」
「無理できねぇクセして無理しようとするんじゃねぇよアホ」

 まだ言うかと睨みつければ、玻璃花の眉がへにょりと下がった。

「じゃあ、どうしろっての」
「――乗れや」
「……はぁ?」

 二人分の鞄を肩に掛け、玻璃花の前に背を向けてしゃがみ込む。

「なっ――、ば、バカでしょ、この歳でおんぶとか……!」
「テメェが歩けねぇならそうするしかねーだろ。重てぇんだよテメー」
「女子に面と向かって体重の話をするなバカ! ……良いの、本当に重たいよ? 私」
「知っとるわ。テメェの一人や二人どうって事ねーよ」
「足挫いたりしても知らないからね……!?」

 恐る恐る、玻璃花の手が爆豪の肩へと触れた。

 ――熱ィ。

 そして、重い。だが雄英受験に向けてトレーニングをしていた爆豪に耐えられない重さじゃ無い。
 おずおずと体重を預ける玻璃花の脚に腕を回して、爪先へ力を込めた。

「立つぞ」
「う、ん」

 背中の玻璃花は、緊張しているのか、爆豪の服を強く握っている。
 バランスを崩さない様に慎重に立ち上がり、爆豪は歩き出した。その歩みに不安定さは無い。

「――本当に、歩けるんだ」
「そんなつまんねー嘘つくわけねーだろ」
「うん。……知ってる」

 ぐっ、と、背中の玻璃花が額を首筋に押し付けた。「あっちぃ」「んふふ。爆豪はひんやりしてる」「テメーが熱すぎるだけだ」
 常よりゆっくりした足取りで、玻璃花の家の玄関前へと辿り着く。

「鍵は」
「チャイム押して」
「テメーが押せ。こちとら両手塞がってんだよ」
「……そろそろ降ろして」
「立てねえ奴が口開くな」

 恐る恐る片腕を外し玻璃花がチャイムを鳴らす。
 少し間を置いて、扉が開いた。相変わらず無表情な玻璃花の祖母が出迎える。

「た、ただいま戻りました……」
「お帰りなさい。その子は?」
「あー……その、同級生? というか、ええっと」

 祖母にはなんて説明したものか。
 しどろもどろになる玻璃花を無視して爆豪が答えた。

「彼氏です」
「――ハァ!?」
「あらまぁ」

 玻璃花の祖母よりも玻璃花が驚いていた。祖母の方は「あらまぁ」とか言いながら、眉一つ動かさなかった。

「高校も同じなんで、なんかあったら呼んでください」
「そう……」
「私、あんたの彼女だったっけ……?」
「あ? 良いだろそれで」
「良くはない気がするんだけど!?」
「んじゃ、そういうことで」

 玻璃花を無事に玄関に下ろして、爆豪は颯爽と去っていった。爆弾発言と小馬鹿にしたような笑みだけ残して。

 ――やっぱり何考えてんのか全然わかんないわ、アイツ。

 内心で扉の向こうに中指を立てている玻璃花の横で、祖母は「まぁ……」と感嘆しながら扉の前に立ち尽くしている。

 このとき初めて玻璃花は、自分の祖母は感情が表に出にくいだけで割としっかり驚くときは驚くことを知ったのだった。
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