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3. 見えないところでくたばって

ルパートの雫が割れた・短編の「2.1」〜「2.5」を先に読まれることを推奨します。読みづらくてごめんなさい。



 今年三年生へ進級した緑谷出久には、学級内どころか学内でもやたらと目立つ幼馴染が二人いる。

 一人は言わずもがな、『かっちゃん』こと天才不良優等生の爆豪だ。進級しても彼の苛烈な虐めが終わることはなかったため、緑谷にとっては今もある意味関係の深い相手でもある。

 もう一人は、東晶玻璃花。こちらは言わば、高嶺の花、だった。
 保健室登校とは言え、細面でスレンダーな身体と、触れれば溶けそうな真っ白い肌は、どこか異様に近寄り難い空気を醸す。
 同時に、爆豪と負けず劣らずの目つきの鋭さ口の悪さは、近寄り難さに拍車をかけていた。彼女の周りには、常にぽっかりと穴が空くように人がいない。花は花でも、棘の花とは誰の言葉だったか。

 そんな彼女は、だいぶ前……たしか小学生の低学年のときに転校した、と緑谷は記憶していた。
『個性:ガラス』。その特性はあまりにもピーキーで、激しい運動はさせるなと大人たちから言い含められていた。その頃はもっと透明で、クリスタルを思わせる煌びやかさと純粋さを持っていた、はずだ。
 だから、彼女の『個性』がガラスと知るまで、元の透明さなどカケラも見当たらない今の彼女と同一人物だとは気付きもしなかったのだ。気付いたところで、近付けば刺されるような雰囲気に声をかけることも未だできていなかったのだが。

 ……そんな二人が、とある休日の夜、家の近所のコンビニに並んで入っていくところを目撃してしまった。

「エッ……ぇえ!?」

 驚きのあまり、彼はランニングの足を止めて二度見した。爆発魔と高嶺の花(棘)が仲良くコンビニに……?
 オールマイトから出されたトレーニングメニューに疲れて、悪夢か幻覚でも見たのかもしれない。……つねったら頬が痛かったからやっぱり現実か。

 そういえば、と思い出す。
 一年の冬、彼らは盛大に喧嘩をし、さすがに相手が相手だとかっちゃんも怒られていた。それからめっきり二人についての話題は聞かなかったが(これは緑谷が普段ヒーロー以外にほとんど目を向けないせいでもある)、仲直りしてから案外仲良くなったのかも知れない。……あの、かっちゃんと東晶さんが?

 困惑しているうちに、二人は早々にコンビニから出てきた。

「買いすぎでしょさすがに。なんでチキンとからあげとパンとポテチ一人で買い込んでんの。しかも辛いのもあるし。わんぱく坊主なの? 顔面ニキビできまくって女子から避けられろ」
「なワケねぇだろ。テメェが全然食わねーから気ィ利かせてやってんだよ、喜べやガリガリ」
「あんたと違って動けないからダイエットしてんの。気を利かせるならもうちょいデリカシー持ってくれない? 粗暴なあんたと違って私、繊細なの」
「これ以上テメェのどこをどう削んだよアホか。栄養足りてねー脳で適当こいてんじゃねえぞ。からあげ食え」
「嫌なんだけど普通に。なんでこのラインナップでよりによって一番脂っこいの選ぶわけ? あとあんたの金で食べるのが嫌」
 「俺が奢ってやってんのに文句あんのか?」
 「あんたに奢られるのが嫌だっつってんの。一人で虚しく貪り食ってなさいよ。あ、こらバッグに押し込むなっ! 油つくでしょうが!」

 あれは、仲が良い、のだろうか? 緑谷はだいぶ判断に苦しんだ。いつもより爆豪の方は穏やかにも見えるが、東晶さんがフルスロットルに煽っている。あまりにも恐れ知らずすぎて怖い。でもなんか、話の内容的には仲良く……良いか……?

 とは言え、緑谷も暇なわけじゃない。ここで無意味に時間を潰してしまっては、受験勉強とトレーニングの時間がずれて、就寝時間も守れない。
 色々気になる気持ちをぐっと堪えて、悶々としながら緑谷はその場を走り去った。

 結局、帰って風呂を浴び、布団に入っても、「アレなんだったんだろ……」の衝撃と疑問は抱え続けることになったが。

 ×××

「ねぇ、爆豪。お忙しそうなところ大変恐縮なんだけど、緑谷くん借りるから」

 翌日、昼休み。
 今日も今日とて緑谷イビリに精を出す爆豪たちに、仁王立ちで玻璃花が声をかけた。
 あまりに唐突なその様子に、一瞬ピリリと教室の空気が張り詰める、が。

「チッ、ウザってぇ聞き方すんじゃねぇよ」
「誰かさんと違って礼節を弁えてるの」

 オラ、とすぐに爆豪は緑谷の肩を玻璃花に向かって押し出した。その目には不満がありありと見えたが、事の他すんなり終わった交渉に、玻璃花は上機嫌に微笑む。

「どうも。あ、緑谷くんお弁当持ってきて。じゃ、行きましょうか」
「えっ、あ、う、ウン……」

 顎でクイッと教室の出入り口を指して、玻璃花は歩き出す。つられて、状況を全く飲み込めていない緑谷もよたよたと彼女の背中へついて行った。

 辿り着いたのは保健室。昼休みで養護教諭は職員室へ留守にして、ベッドも全て空いているようだ。

「適当に座って。お弁当、持ってきた?」
「……えっ、あ、うん」

 保健室で我が家のように振る舞い、緑谷は誘導されるまま一番手前のパイプ椅子に腰掛ける。それを見届け、即座に玻璃花は保健室の扉に鍵を掛けた。
 女子となぜか二人きりになってしまったことに緊張していた緑谷も、さすがに状況の異様さを飲み込み始める。

「エッ……な、なんで閉めたの?」
「さて」

 コツ、コツ、コツ……、と。玻璃花は優雅に、緑谷の目の前のソファに移動し、腰掛けた。割れ物の彼女を保護するために敷き詰められたと思しき毛布やクッションに彩られたソファへ収まると、彼女は悠然と足を組む。

「口止めしたくて呼んだの。あいつは気付かなかったみたいだけど……私が何について言ってるのか、流石にわかるよね?」
「ウッ、うん、たぶん……昨日の、コンビニの」
「みなまで言わなくていいから」

 軽い口調で緑谷の言葉をすっぱりと遮った。
 尋問されているのかと錯覚するほどの重い空気に、ゴキュッ、と緑谷が生唾を飲み込む。

「私、別に緑谷くんのこと嫌ってはないの。頑張ってるし、真面目だし、とっても律儀だもんね?」
「と、東晶さん、なんか怖いよ!?」
「そう」

 ふふふ、と上品めかして笑う玻璃花。「でも私、か弱いから。あのバカみたいに、暴力に訴えるなんてできないし」

「そんなこと、別に言いふらすつもりも無かったし、だからその、えっと、見ちゃってごめん……?」
「終わった事実を謝意もなく謝られたところで無意味だから辞めて」
「うっ、うん、スミマセン……」

 冷や汗に濡れた手で、緑谷は自分の制服の裾を耐えるようにぎゅ、と握る。最近握力がより強くなったからか、丈夫な生地がギチッと微かに鳴った。

「ご飯。食べたら?」
「アッ、ハイ!」

 感情の読めない目でジッと見つめられながらも、わたわた弁当を開いてかき込むように食べる。一刻も早くこの尋問室から抜け出すために。

「おいしい?」
「ゥッ、……ウン……」

 口元だけで作られてる笑顔がこわい。
 そんなことを思い、そして気がついた。

「東晶さんは、ご、ご飯食べないの……?」

 ぴく、と、彼女の眉が動いた、気がした。

「そうだね。もう食べたから」
「そ、そっか……」

 会話が続かない。息苦しい。
 視線を逸らして、逃げるように弁当に集中する。依然、玻璃花の視線は突き刺さったままだ。

「――やっぱり、ヒーロー科志望の人間って、デリカシーが備わって無いの?」
「うぐっ!? げほ、ごほっ、ご、ごめ」
「お茶飲んだら?」
「ハイ……」

 玻璃花の言葉に、昨夜の二人の会話を思い返す。
 玻璃花はたしか、ダイエットをしているのだったか。そして、からあげを押し付けられていたようにも見えた。……まさか、とは思うが。

「あ、あのさ……、かっちゃんに、嫌がらせとか、されてない?」
「……ハァ?」
「その……無い、とは思うんだけど、もしなんかされてたら」
「――キッショいこと言わないでくれる?」

 急に声のトーンが落ちたことに不安になって、視線をそろりと上げる。
 先程までとは異なり、嫌悪を全面に押し出した表情で緑谷を見ていて――地雷を踏んだらしい、と理解した。

 事実、玻璃花はイラついていた。
 爆豪に自分がどれだけ嫌がらせしたところで見向きもされないのに、よりによって爆豪から一番の被害を被っている、緑谷に心配されるだなんて。
 ――「『無個性』の方が、まだマシだったのかもしれないわね」、なんて親に言われたこともないくせに!

「哀れみのつもり? それとも、受験始まってもないのにヒーロー気取り?」
「や、そ、そんなつもりじゃ……」
「ああ、そうだった。緑谷くんってそういう人だった。……変わってないね、小学生の頃から。ひとっつも」

 やっと玻璃花の視線が緑谷から外れた。けれど、その声は昨夜聞いた嫌味の応酬よりもずっと刺々しい。

「悪いけど、逆だから。私が、あいつに、嫌がらせしてるの。わかる? 正義ヅラも良いけど、それ私にするの、やめて。同情とか哀れみとか、相手が君じゃなくっても嫌なの。反吐が出る」
「ゴメン……」
「謝って欲しいわけじゃない、相手を選べって言ってんの。私は助けなんて、求めてない。いらないの」

 困惑し焦る緑谷を、「でもきっと緑谷くんは理解できないだろうし、それで良いんじゃない?」と突き放した。

「私が最初に言ったこと、撤回させて。私は君が嫌いです。君が何になろうと誰を救おうと知ったこっちゃないから、頼むから、私から見えない所でくたばって」
「ゴメン……」
「いいよ別に」

 もう、玻璃花と視線が合うことはない。緑谷の存在を無視するように目をそらす彼女の表情が、なぜだかもうひとりの幼馴染に重なって見えた。

 居心地の悪さが一層増した保健室で、何とか食べ終えた弁当を片付け、緑谷はそそくさと立ち上がる。

「それじゃ、あの……お邪魔しました」
「ん」

 来た時とは逆に、雑に手を振って追い返される。もう眼中に入ってくるなとばかりの態度に、緑谷はトボトボと教室へ戻って行った。
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