1. プライド叩き折って
再会したらなんて言葉をかけようか。
そんなことばかりを考えて、桜の見える窓を眺めながら教室まで歩いた数分前がひどく懐かしい。
「テメェ、このクソデク! ンで同じクラスなんだよ、ぁ゙あ゙!?」
「そ、そんなこと言われても……!」
続いてBOOOM! と派手な爆破音。ガラの悪い少年、爆豪勝己の掌で起きたそれは、爆風によって胸倉を掴まれた黒髪そばかすの少年、緑谷出久の毛の先を僅かに焦がした。
中学校入学後すぐの出来事である。早速の荒事に、東晶 玻璃花 は早くもこの学校へ進学したことを後悔し始めていた。
恐ろしいことに、彼らは二人とも玻璃花の幼なじみだ。
と、言っても、彼女が再会したのは実に五年ぶりであるため、おそらく彼らはすっかり変わった玻璃花のことを忘れているだろうが。
とんでもなく歪んでしまった彼らの関係性に、玻璃花はいっそ感心すらしていた。なんならだいぶ引いたし、相手が自分のことを思い出すまでは気付かれてなるものかとすら思った。
……あの頃の、オールマイトについて笑顔で語り合うようなふたりはもういない。
そう思うと、途端に胃が鉛のように重くなった気がした。
――結局、玻璃花は友人の一人もいないまま、保健室登校で中学一年生の一学期を終えることとなった。
このクラスというか爆豪と緑谷を取り巻く環境のひどい歪みを、吐き気がするくらい見せつけられ、うんざりしたまま。
虐めに加担するか傍観するかの二択しか持ち合わせない、こんな人間どもの集まりと誰が仲良くしたいだろう。
少なくとも、玻璃花は意識して、クラスどころか誰からも距離を置いていた。
夏休みを終えて、それでも緑谷を虐め続ける爆豪たち不良グループを見て、玻璃花は決意を固めた。
――私があいつの、その伸び切った鼻っ柱をプライドごと叩き折ってやろう、と。
玻璃花の『個性』は、弱い。弱すぎて、人並みに誰かとまともに触れ合うことも、激しい運動も、大声を出すことさえ場合によっては危険が伴う。
けれどそれは、いざとなればあの爆豪と渡り合えるに足る切り札となる、と玻璃花は踏んでいた。
危険な賭けだが、頭の回転が早くて謎にみみっちいあの爆豪相手なら勝率は低くない……はずだ。
彼女が決意してから行動に移すまでには、一日とかからなかった。
×××
爆豪勝己には、忘れられない幼少の思い出があった。
小学校に入学して、最初のゴールデンウィーク明けの辺り。彼は初めて、同級生の女子に大怪我を負わせたことがあった。
そして同時に、自分もそれなりの怪我を負った。
きっかけは、誰も覚えて居ない。
おそらく、本当に些細で、普段通り遊ぼうとしていただけなのだろう。
幼稚園では会ったことのない、キラキラ輝く不思議な女の子と、時折遊んでいた。
彼女は、宝石のようで綺麗だった。
帰り道で夕日に照らされると、眩しいほどにきらめいていた。
中身は他の女の子とさして違いはなかったし体もひどく弱っちいけれど、道路に伸びた彼女の影は当たりのヒーローステッカーのようにきらきらしていて、それを見るためによく誘ったのだ。
だから、悪意なんてあるはずなかった。
偶々、遊んでいてふざけて『個性』を使った先に、彼女の左手があったのだ。
——彼女は、全身がガラスの性質を持つ『個性』だった。
まだ幼くて脆い彼女の手はあっけなく爆発の衝撃で割れ、盛大に飛び散った。
視界の半分が夕陽の反射で煌めく。
耳の奥にこだまするあの子と取り巻きたちの悲鳴。自分の腿に破片が刺さったことよりも、その破片で流血する爆豪を見てぽろぽろ泣いていた、あの子の表情。冷めるように温もりを失い、地面に散らばる硝子片。
……不幸中の幸いか、他に巻き込まれた負傷者は出なかったけれど、あの惨劇は、未だに夢に見るほどだった。
そこから先が特に最悪だった。
爆豪は彼女の破片が刺さった太腿を三針縫い、彼女は左手を永遠に失ったのだ。
砕けた肘から手首にかけての復元は、不可能だった。それはまだいい。互いの保護者間でも、本人たちも、お互いに謝って、彼女は――言葉の上だけとはいえ――爆豪を許してくれたのだから。
けれど、本人たちが休んでいる間、噂はあっという間に広がった。
「ガラスの『個性』の子が、喧嘩の末に左手を割って相手を傷つけたらしい」、なんて歪んで。
爆豪も教師もそれを否定したが、クラスの保護者たちが彼女を許さなかった。
体育の授業で転んで、破片が他の子に刺さったら? なにかの拍子で彼女を怒らせ、割れ物の手で叩かれたら? 彼女の髪の毛すら針のようで危険ではないか! ――と。
「子供のため」の正義は彼女の存在を容赦なく糾弾し、当事者すら置いて暴走した。
生徒たちにまでその噂が流れてくるころには、彼女は学校を去っていた。
教師によれば、「一身上の都合により」、別れの挨拶無く転校したのだという。彼の取り巻きは彼女の個性を「危険だ」と言い、いつの間にか彼は彼女のいないところで被害者になっていた。
今にして思えば、なんてことのない、互いが個性に不慣れな故の不幸な事故だったのだろう、と爆豪は理解している。
被害者も加害者もない。子供同士ではよく聞く話だ。
なのに、今でもふとした瞬間に彼女を思い出す。
グラスに注がれた水が光を散らして輝くとき、あるいは鏡から反射した微かな虹が天井で揺れるとき。
だから――彼は本人から告げられるまで、気がつかなかったのだ。
もう半年近く一緒に、それも一時期はすぐ後ろの席に彼女がいたことを。
×××
教室の窓から見える桜の木が、燻んだ枯れ葉を散らせる頃。
玻璃花の「爆豪失脚作戦」は、順調に進んでいた。それはそれは、ものすごく順調に。
誰も彼女を気にしない。無個性の同級生を優等生が私刑にして遊ぶ、台風の外側になんて興味などないのだ。
それをわかっていながら主導する爆豪も、誰かが声を上げるだなんて思ってもいない。上げたところで、そいつが二匹目の生贄になるだけだ。
だから、油断していたのだろう。玻璃花も、爆豪も。
玻璃花の目論見がバレたのは、期末テスト前の、午前授業日の放課後だった。
いつも通り爆豪はチンピラどもを率いて緑谷を貶し、気が済んだら街へと繰り出し、日が暮れるまでゲームセンターで強請った金を散財してから、すぐ横のファストフード店で現地解散となる。
時間を持て余すこの連中は、大抵ここに来るまでに彼らのうちのいずれか――爆豪を除く――が、緑谷虐め以外にも、気の弱そうな相手への脅迫、飲酒か喫煙、あるいはそのどれもをやらかす。
全くもって、ネタに事欠かない奴らである。
動画も写真も音声もしっかり撮って満足した玻璃花は、日も暮れてきたしいい加減帰宅してテスト勉強をしようと席を立った。
ちょうどそのとき通路の向かいから、ドリンクバーから戻ってきた爆豪に気が付かず。
「ん? オイ、テメェ、東晶だろ。……『病弱』なテメェが、なんでココに居んだ?」
「……あ」
やっちゃった! 玻璃花の脳味噌はその単語でいっぱいになった。
個性の都合上、彼女は碌に体育どころか教室にいないことも多い。実習も見学で、学校ではなるべく教師の側からはなれないようにしている。
放課後も部活などせず、誰かと連みもせず、一人自家用車で送り迎えされている(のを装っている)のだ。
だから、一人で出歩くなどあり得ない――それを、爆豪は覚えていた。
せめて「人違いです!」の一言でも言えたならよかったのに、よりによって制服はそのままだし、あまり認識されていないとはいえ一学期中真後ろの席にいた人物を忘れるほど、記憶力が貧相でもない。
言葉を忘れたかの如く一音だけ発したまま硬直する玻璃花に、爆豪はなにかを勘付いたようで、みるみるうちにその目は吊り上がる。
――なにか、なにかを言わなくては……!
目に見えて焦る玻璃花を、彼は鼻で笑う。
「素行不良の生徒尾行して、教師に売りつけようってか?」
「……っ」
視線は、玻璃花が持ち上げたトレーの、グラス横に置いたままのデジタルカメラに向いていた。
――これは、マズい。
玻璃花は、なんとか頭を切り替える。
切り札はある、とにかく次の生贄になることだけは絶対に防ぐ必要がある。別に、自殺願望があるわけではないのだから。
必死で頭を回転させた彼女は、ひとまず持ち上げたトレーを席に戻した。
「た……立ち話、も、なんだし。席、座ったら?」
「……」
絞り出した声で、彼女は先ほどまで座っていた二人掛けのボックス席を視線で指した。
爆豪が荒々しく樹脂製のコップをテーブルに置く。
調査の対象にはならないからすっかり忘れていたが、爆豪は他の不良生徒が帰ったあと、いつも一人残っていた。
なんだかんだ根は真面目な優等生なので、おそらくテスト勉強でもしてたんだろう。
有線放送のポップな最新曲も、他の席の喧騒も、なぜだか今は遠い。外を行き交う車の停車ライトが窓越しに爆豪を照らす。
「ンで。こんな俺らの席が見やすい場所で、なにしてたんだ?」
答えによっては、ブッ殺す。
口にはしないまでも、刺々しい彼の目はそう告げる。普段は死んだように視線も動かない玻璃花の瞳が泳いだ。
「あんたの勘は当たってる。私は、……か、爆豪、くん、の」
思ってたより声が掠れた。
なんて呼ぼう? なんてどうでもいい思考をやめる。
ひとつ息を吸ってから、吐き出した。
「あんたの、その最悪な人格が、私は大っ嫌いだ。素行不良と同級生への虐めを自覚しながら主導して、学校内でも個性を使って相手を脅して、そのくせ自分の評定を守るために外面は良くて、自分より下に見ている相手と連んでいるのが嫌いだ。
――そんなあんたがトップヒーローとして活躍する悪夢みたいな社会で生きてくなんて真っ平御免だ。だからっ……」
ひと息にぶち撒けた勢いで、少しだけ咽せた。
咳き込む玻璃花を見ながら、初めて彼女がこんなに喋る姿を――それも自分を存分に罵倒する言葉を――見た爆豪は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、なにも言わない。
でも、まだ言い終わっていない。咳を飲み込んで、言葉を続ける。
「だから、私は、あんたのそのプライドを叩き割ってやろうと思った」
「ハッ……随分と、舐めた口利きやがる。勢いだけは充分みてぇだなぁ? そんだけ言えんだ、デクと同じように痛い目みしてやろうか」
「っできんの?」
少しだけ気圧された様子の爆豪に、食い気味で言い返す。玻璃花はその言葉を待っていたのだから。
左手の手袋を引き抜き、袖を捲って睨みつけた。
「人殺しになりたいなら、止めないけど。できんの? 私、あんたのちっさい爆発一つで腕が捥げたくらいには脆いけど。――それとももう、忘れちゃった?」
そこに、本来の腕はない。あるのは、神経に繋がれた真っ白な義手の骨組みだ。
爆豪は、窓越しの赤いテールランプに照らされたまま、目を見開いていた。
——彼女の落ちた手首から先の、赤ん坊一人分はあるだろう重さを、爆豪は未だに覚えている。
あるいはそれは、記憶の中でデフォルメされた重さかもしれないけれど。それでも拾い上げた硝子の左手が、硬くて滑らかでひどく重かったことを、はっきりと覚えている。
店の外から赤い光をぼんやりと透かす彼女の左肘から先が、軽量化された金属骨格とゴムの管で繋がれた異質な物質であるのを見て、彼の世界は一瞬止まっていた。
そして、そのまま視線を彼女の肩、首、そして顔へ。そこではじめて、玻璃花の体が暗い店内で磨りガラスのように光を細かく透過していることに気づいた。
――いや、違う。よく見れば、内部が細かくひび割れて、乱反射しているのだ。
それから言葉を咀嚼しはじめる。
この腕はおそらく自分が個性事故で奪った左腕だと、理解した。
けど、五年前に彼女は人知れず転校してしまって……。
「あんたは器用だから、もしかしたら今度は力加減を間違えないかもね。でも、あんたのツレたちはどう?」
爆豪が彼女の言葉を飲み込む前に、矢継ぎ早に赤い光が透ける口から飛び出したのは、捨て身の脅しだ。
けれど、これで爆豪が動けなくなるとわかっている一言だった。
『ヒーロー』は治安維持のための職でありながら、人気商売の側面も持っている。昨今の名だたるヒーローの殆どはその経歴すらも知れ渡っており、ネットの発展した現代においてそれらは容易く人気者を引き摺り下ろす足枷にもなる。
もし、その同級生から過去にイジメで死者が出ていたなら、人々から好き好んで引き摺り下ろされる重石に充分すぎる汚点となる。
中学生の頃のイジメだなんて、並の人間ならば精々が精神を少し病むので済むだろうし知ったことではないと爆豪は認識しているが――それであっても最低だし、追い詰められた末に命を落とされることすらあるのだが――彼女は、他人より呆気なく肉体が壊れる。
そして細かく砕けて、二度と元に戻ることなどないのだ。
「今日だけじゃない」
すっかり怯えを失った彼女は、鈍く光る双眸で爆豪を捕える。
「私は、数ヶ月間、ずっとあんた等の行動を見てきた。もちろん、証拠だって山ほどある。脅迫、暴力行為、未成年の飲酒喫煙、他にも細かいものまでいっぱいね。全部複数のクラウドに上げて、オフライン上にコピーもしてある。私が死ねば、遺品整理としてオフラインのデータも、クラウドのパスワードだって出てくるだろうね」
「何のために……」
「あんたが嫌いだから」
言ったでしょ、と義手を袖の中に戻しながら玻璃花は答えた。
「持ち上げられて、いい気になって、過去の失敗すら忘れて、ヒーロー目指すとか言ってるのが許せないから」
過去の失敗。たしかに、そうなのだろう。
幼少期の過ちといえど、それが彼女にとって今もなお変わらぬ喪失となっているのは間違いない。
忘れたことなどないとはいえど、彼女の破片を受けた爆豪の脚の傷は、もうすっかり跡すら残っていない。
消えたはずの瘡蓋の奥が、ジクジク痛む。
「その、証拠とやらを、お前はどう使うつもりだったんだよ」
「……本当は、三年の入試であんたが合格発表されたら、受かった先の学校と、SNSでばら撒くつもりだった」
「テメェも大概最悪な性格してんな」
「知ってる。復讐に、嫌がらせに、正義なんて高潔なものはないんだよ。引き摺り下ろせるなら、なんだっていい。世間様に晒し上げられて叩かれて叩き落とされる惨めな姿になったあんたを見たいだけだしね」
「……」
玻璃花は、いっそ清々しいまでの告白をしてみせると、席を立った。
それはお前がされたことだろう、と爆豪は言葉にしないまま彼女を見上げる。そして、「ああ、子供のころの『ごめん』『いいよ』なんて言葉、時が経てばなんの効力もないのか」と知り、なにか大きなものが欠けたような感覚がした。
この六年間で、キラキラした宝石のような子は、割れた左腕から身体の芯まで、真っ白になるまでひび割れてしまった。
今更になって、担任の『東晶さんは割れ物として扱うように』なんて通達の言葉が甦る。
こんなにも玻璃花を割れやすくしたのは、誰でもなく、爆豪自身だった。
「もういいでしょ、あんたの疑問には答えたし。あ、それと、これからも私は証拠集めし続けるから、止めたいならそれ相応の覚悟見せてよね」
「待てや」
咄嗟に、彼女が持ち上げたトレーを掴む。
「…………送ってく」
「……ハァ!?」
初めて聞く彼女の大きな声に、ピシ、とトレーの先の彼女の腕が、鳴った気がした。
――爆豪が何を考えてるのか、全くわからない……!
ご丁寧に玻璃花の鞄まで担いで返却口に向かう爆豪を追いながら、彼女はさすがに困惑せざるを得なかった。
×××
結局、玻璃花は爆豪と隣り合ってバスに乗った。どうせ、帰る方向は一緒だ。
帰宅ラッシュより少し早い時刻の車内は、立つ乗客がギリギリいない程度の人口密度で、そういえばバスに乗るのは随分久しぶりだな、と玻璃花はぼんやり思った。
立っている時に急ブレーキでもされて転べば、一大事だから、一人の時はいつもタクシーを利用していた。
爆豪に示されるまま、二人掛けの席の窓側に詰める。狭いシートは、二人とその間に挟んだ学校帰りの爆豪の鞄で、ちょうどぴったり埋まった。
発車の合図で車窓からの風景が動き出すのを観ていると、反射する窓越しに爆豪と玻璃花の視線が合った。
「……なに」
「いや……」
一般客も多く乗り合わせる中で、派手な言い合いをするわけでもなく、気不味い沈黙が数秒流れた。
爆豪は視線を逸らしてから、鞄の中のスマホを取り出した。
「……番号、教えろ」
「え、……まぁ、いいけど」
なんであんたなんかに、とは言いかける。
が、まあ別にいいか、嫌がらせのメール大量に送りつけてやろう、と瞬時に切り替えて、普段は使わない二つ折りの携帯電話を取り出した。いわゆるガラケーというやつだ。
「……ンでそんな古ぃの使ってんだよ、ババアか」
「ババアじゃないし。液晶が指に反応しないだけ」
コソコソと、お互い声を潜めて言い合いながら、番号を交換した。そんなことをやっているうちに最寄りのバス停に着き、二人は揃って降車する。
「近いんか、家」
「小学校の頃、近所だったじゃん。戻ってきただけ、覚えてないの」
「……ああ、あそこか」
爆豪は苦々しい表情で道の先を睨んだ。
彼女が挨拶の一言もなく転校したあと、爆豪は一度だけそこを訪れた。
玻璃花の顔になんとなく似ている老婦人が出てきて、「玻璃花はもう居ません。帰りなさい」と冷たく言い切られ、ショックを受けたことを思い出したのだ。
「……あの、ここまでで別にいいんだけど」
「あ"?」
爆豪が物思いに耽るうちに、爆豪の家の前についていたようだ。
玻璃花の家は、ここよりも少し先にある。
「送ってくっつったろーが。テメェんちまで行くんだよ、はよ歩けや」
「は? 横暴すぎ。別に、すぐそこなんだし要らないんだけど」
「うるせぇ、とっとと進めやコラ」
なにを考えているのか全く理解していない顔の玻璃花を、短い距離だけでも隣で歩いて行く。
背後から通りすがる車のライトに、玻璃花の影がちらちらと微かに光った。
きっと、彼女の腕の分の償いなんて、今さら爆豪にはできない。玻璃花もそんなことは望んでいないだろう。
それでも、爆豪にとって玻璃花が割れるところを見るなんてもう二度と御免なのは、確かな本音だった。
そんなことばかりを考えて、桜の見える窓を眺めながら教室まで歩いた数分前がひどく懐かしい。
「テメェ、このクソデク! ンで同じクラスなんだよ、ぁ゙あ゙!?」
「そ、そんなこと言われても……!」
続いてBOOOM! と派手な爆破音。ガラの悪い少年、爆豪勝己の掌で起きたそれは、爆風によって胸倉を掴まれた黒髪そばかすの少年、緑谷出久の毛の先を僅かに焦がした。
中学校入学後すぐの出来事である。早速の荒事に、
恐ろしいことに、彼らは二人とも玻璃花の幼なじみだ。
と、言っても、彼女が再会したのは実に五年ぶりであるため、おそらく彼らはすっかり変わった玻璃花のことを忘れているだろうが。
とんでもなく歪んでしまった彼らの関係性に、玻璃花はいっそ感心すらしていた。なんならだいぶ引いたし、相手が自分のことを思い出すまでは気付かれてなるものかとすら思った。
……あの頃の、オールマイトについて笑顔で語り合うようなふたりはもういない。
そう思うと、途端に胃が鉛のように重くなった気がした。
――結局、玻璃花は友人の一人もいないまま、保健室登校で中学一年生の一学期を終えることとなった。
このクラスというか爆豪と緑谷を取り巻く環境のひどい歪みを、吐き気がするくらい見せつけられ、うんざりしたまま。
虐めに加担するか傍観するかの二択しか持ち合わせない、こんな人間どもの集まりと誰が仲良くしたいだろう。
少なくとも、玻璃花は意識して、クラスどころか誰からも距離を置いていた。
夏休みを終えて、それでも緑谷を虐め続ける爆豪たち不良グループを見て、玻璃花は決意を固めた。
――私があいつの、その伸び切った鼻っ柱をプライドごと叩き折ってやろう、と。
玻璃花の『個性』は、弱い。弱すぎて、人並みに誰かとまともに触れ合うことも、激しい運動も、大声を出すことさえ場合によっては危険が伴う。
けれどそれは、いざとなればあの爆豪と渡り合えるに足る切り札となる、と玻璃花は踏んでいた。
危険な賭けだが、頭の回転が早くて謎にみみっちいあの爆豪相手なら勝率は低くない……はずだ。
彼女が決意してから行動に移すまでには、一日とかからなかった。
×××
爆豪勝己には、忘れられない幼少の思い出があった。
小学校に入学して、最初のゴールデンウィーク明けの辺り。彼は初めて、同級生の女子に大怪我を負わせたことがあった。
そして同時に、自分もそれなりの怪我を負った。
きっかけは、誰も覚えて居ない。
おそらく、本当に些細で、普段通り遊ぼうとしていただけなのだろう。
幼稚園では会ったことのない、キラキラ輝く不思議な女の子と、時折遊んでいた。
彼女は、宝石のようで綺麗だった。
帰り道で夕日に照らされると、眩しいほどにきらめいていた。
中身は他の女の子とさして違いはなかったし体もひどく弱っちいけれど、道路に伸びた彼女の影は当たりのヒーローステッカーのようにきらきらしていて、それを見るためによく誘ったのだ。
だから、悪意なんてあるはずなかった。
偶々、遊んでいてふざけて『個性』を使った先に、彼女の左手があったのだ。
——彼女は、全身がガラスの性質を持つ『個性』だった。
まだ幼くて脆い彼女の手はあっけなく爆発の衝撃で割れ、盛大に飛び散った。
視界の半分が夕陽の反射で煌めく。
耳の奥にこだまするあの子と取り巻きたちの悲鳴。自分の腿に破片が刺さったことよりも、その破片で流血する爆豪を見てぽろぽろ泣いていた、あの子の表情。冷めるように温もりを失い、地面に散らばる硝子片。
……不幸中の幸いか、他に巻き込まれた負傷者は出なかったけれど、あの惨劇は、未だに夢に見るほどだった。
そこから先が特に最悪だった。
爆豪は彼女の破片が刺さった太腿を三針縫い、彼女は左手を永遠に失ったのだ。
砕けた肘から手首にかけての復元は、不可能だった。それはまだいい。互いの保護者間でも、本人たちも、お互いに謝って、彼女は――言葉の上だけとはいえ――爆豪を許してくれたのだから。
けれど、本人たちが休んでいる間、噂はあっという間に広がった。
「ガラスの『個性』の子が、喧嘩の末に左手を割って相手を傷つけたらしい」、なんて歪んで。
爆豪も教師もそれを否定したが、クラスの保護者たちが彼女を許さなかった。
体育の授業で転んで、破片が他の子に刺さったら? なにかの拍子で彼女を怒らせ、割れ物の手で叩かれたら? 彼女の髪の毛すら針のようで危険ではないか! ――と。
「子供のため」の正義は彼女の存在を容赦なく糾弾し、当事者すら置いて暴走した。
生徒たちにまでその噂が流れてくるころには、彼女は学校を去っていた。
教師によれば、「一身上の都合により」、別れの挨拶無く転校したのだという。彼の取り巻きは彼女の個性を「危険だ」と言い、いつの間にか彼は彼女のいないところで被害者になっていた。
今にして思えば、なんてことのない、互いが個性に不慣れな故の不幸な事故だったのだろう、と爆豪は理解している。
被害者も加害者もない。子供同士ではよく聞く話だ。
なのに、今でもふとした瞬間に彼女を思い出す。
グラスに注がれた水が光を散らして輝くとき、あるいは鏡から反射した微かな虹が天井で揺れるとき。
だから――彼は本人から告げられるまで、気がつかなかったのだ。
もう半年近く一緒に、それも一時期はすぐ後ろの席に彼女がいたことを。
×××
教室の窓から見える桜の木が、燻んだ枯れ葉を散らせる頃。
玻璃花の「爆豪失脚作戦」は、順調に進んでいた。それはそれは、ものすごく順調に。
誰も彼女を気にしない。無個性の同級生を優等生が私刑にして遊ぶ、台風の外側になんて興味などないのだ。
それをわかっていながら主導する爆豪も、誰かが声を上げるだなんて思ってもいない。上げたところで、そいつが二匹目の生贄になるだけだ。
だから、油断していたのだろう。玻璃花も、爆豪も。
玻璃花の目論見がバレたのは、期末テスト前の、午前授業日の放課後だった。
いつも通り爆豪はチンピラどもを率いて緑谷を貶し、気が済んだら街へと繰り出し、日が暮れるまでゲームセンターで強請った金を散財してから、すぐ横のファストフード店で現地解散となる。
時間を持て余すこの連中は、大抵ここに来るまでに彼らのうちのいずれか――爆豪を除く――が、緑谷虐め以外にも、気の弱そうな相手への脅迫、飲酒か喫煙、あるいはそのどれもをやらかす。
全くもって、ネタに事欠かない奴らである。
動画も写真も音声もしっかり撮って満足した玻璃花は、日も暮れてきたしいい加減帰宅してテスト勉強をしようと席を立った。
ちょうどそのとき通路の向かいから、ドリンクバーから戻ってきた爆豪に気が付かず。
「ん? オイ、テメェ、東晶だろ。……『病弱』なテメェが、なんでココに居んだ?」
「……あ」
やっちゃった! 玻璃花の脳味噌はその単語でいっぱいになった。
個性の都合上、彼女は碌に体育どころか教室にいないことも多い。実習も見学で、学校ではなるべく教師の側からはなれないようにしている。
放課後も部活などせず、誰かと連みもせず、一人自家用車で送り迎えされている(のを装っている)のだ。
だから、一人で出歩くなどあり得ない――それを、爆豪は覚えていた。
せめて「人違いです!」の一言でも言えたならよかったのに、よりによって制服はそのままだし、あまり認識されていないとはいえ一学期中真後ろの席にいた人物を忘れるほど、記憶力が貧相でもない。
言葉を忘れたかの如く一音だけ発したまま硬直する玻璃花に、爆豪はなにかを勘付いたようで、みるみるうちにその目は吊り上がる。
――なにか、なにかを言わなくては……!
目に見えて焦る玻璃花を、彼は鼻で笑う。
「素行不良の生徒尾行して、教師に売りつけようってか?」
「……っ」
視線は、玻璃花が持ち上げたトレーの、グラス横に置いたままのデジタルカメラに向いていた。
――これは、マズい。
玻璃花は、なんとか頭を切り替える。
切り札はある、とにかく次の生贄になることだけは絶対に防ぐ必要がある。別に、自殺願望があるわけではないのだから。
必死で頭を回転させた彼女は、ひとまず持ち上げたトレーを席に戻した。
「た……立ち話、も、なんだし。席、座ったら?」
「……」
絞り出した声で、彼女は先ほどまで座っていた二人掛けのボックス席を視線で指した。
爆豪が荒々しく樹脂製のコップをテーブルに置く。
調査の対象にはならないからすっかり忘れていたが、爆豪は他の不良生徒が帰ったあと、いつも一人残っていた。
なんだかんだ根は真面目な優等生なので、おそらくテスト勉強でもしてたんだろう。
有線放送のポップな最新曲も、他の席の喧騒も、なぜだか今は遠い。外を行き交う車の停車ライトが窓越しに爆豪を照らす。
「ンで。こんな俺らの席が見やすい場所で、なにしてたんだ?」
答えによっては、ブッ殺す。
口にはしないまでも、刺々しい彼の目はそう告げる。普段は死んだように視線も動かない玻璃花の瞳が泳いだ。
「あんたの勘は当たってる。私は、……か、爆豪、くん、の」
思ってたより声が掠れた。
なんて呼ぼう? なんてどうでもいい思考をやめる。
ひとつ息を吸ってから、吐き出した。
「あんたの、その最悪な人格が、私は大っ嫌いだ。素行不良と同級生への虐めを自覚しながら主導して、学校内でも個性を使って相手を脅して、そのくせ自分の評定を守るために外面は良くて、自分より下に見ている相手と連んでいるのが嫌いだ。
――そんなあんたがトップヒーローとして活躍する悪夢みたいな社会で生きてくなんて真っ平御免だ。だからっ……」
ひと息にぶち撒けた勢いで、少しだけ咽せた。
咳き込む玻璃花を見ながら、初めて彼女がこんなに喋る姿を――それも自分を存分に罵倒する言葉を――見た爆豪は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、なにも言わない。
でも、まだ言い終わっていない。咳を飲み込んで、言葉を続ける。
「だから、私は、あんたのそのプライドを叩き割ってやろうと思った」
「ハッ……随分と、舐めた口利きやがる。勢いだけは充分みてぇだなぁ? そんだけ言えんだ、デクと同じように痛い目みしてやろうか」
「っできんの?」
少しだけ気圧された様子の爆豪に、食い気味で言い返す。玻璃花はその言葉を待っていたのだから。
左手の手袋を引き抜き、袖を捲って睨みつけた。
「人殺しになりたいなら、止めないけど。できんの? 私、あんたのちっさい爆発一つで腕が捥げたくらいには脆いけど。――それとももう、忘れちゃった?」
そこに、本来の腕はない。あるのは、神経に繋がれた真っ白な義手の骨組みだ。
爆豪は、窓越しの赤いテールランプに照らされたまま、目を見開いていた。
——彼女の落ちた手首から先の、赤ん坊一人分はあるだろう重さを、爆豪は未だに覚えている。
あるいはそれは、記憶の中でデフォルメされた重さかもしれないけれど。それでも拾い上げた硝子の左手が、硬くて滑らかでひどく重かったことを、はっきりと覚えている。
店の外から赤い光をぼんやりと透かす彼女の左肘から先が、軽量化された金属骨格とゴムの管で繋がれた異質な物質であるのを見て、彼の世界は一瞬止まっていた。
そして、そのまま視線を彼女の肩、首、そして顔へ。そこではじめて、玻璃花の体が暗い店内で磨りガラスのように光を細かく透過していることに気づいた。
――いや、違う。よく見れば、内部が細かくひび割れて、乱反射しているのだ。
それから言葉を咀嚼しはじめる。
この腕はおそらく自分が個性事故で奪った左腕だと、理解した。
けど、五年前に彼女は人知れず転校してしまって……。
「あんたは器用だから、もしかしたら今度は力加減を間違えないかもね。でも、あんたのツレたちはどう?」
爆豪が彼女の言葉を飲み込む前に、矢継ぎ早に赤い光が透ける口から飛び出したのは、捨て身の脅しだ。
けれど、これで爆豪が動けなくなるとわかっている一言だった。
『ヒーロー』は治安維持のための職でありながら、人気商売の側面も持っている。昨今の名だたるヒーローの殆どはその経歴すらも知れ渡っており、ネットの発展した現代においてそれらは容易く人気者を引き摺り下ろす足枷にもなる。
もし、その同級生から過去にイジメで死者が出ていたなら、人々から好き好んで引き摺り下ろされる重石に充分すぎる汚点となる。
中学生の頃のイジメだなんて、並の人間ならば精々が精神を少し病むので済むだろうし知ったことではないと爆豪は認識しているが――それであっても最低だし、追い詰められた末に命を落とされることすらあるのだが――彼女は、他人より呆気なく肉体が壊れる。
そして細かく砕けて、二度と元に戻ることなどないのだ。
「今日だけじゃない」
すっかり怯えを失った彼女は、鈍く光る双眸で爆豪を捕える。
「私は、数ヶ月間、ずっとあんた等の行動を見てきた。もちろん、証拠だって山ほどある。脅迫、暴力行為、未成年の飲酒喫煙、他にも細かいものまでいっぱいね。全部複数のクラウドに上げて、オフライン上にコピーもしてある。私が死ねば、遺品整理としてオフラインのデータも、クラウドのパスワードだって出てくるだろうね」
「何のために……」
「あんたが嫌いだから」
言ったでしょ、と義手を袖の中に戻しながら玻璃花は答えた。
「持ち上げられて、いい気になって、過去の失敗すら忘れて、ヒーロー目指すとか言ってるのが許せないから」
過去の失敗。たしかに、そうなのだろう。
幼少期の過ちといえど、それが彼女にとって今もなお変わらぬ喪失となっているのは間違いない。
忘れたことなどないとはいえど、彼女の破片を受けた爆豪の脚の傷は、もうすっかり跡すら残っていない。
消えたはずの瘡蓋の奥が、ジクジク痛む。
「その、証拠とやらを、お前はどう使うつもりだったんだよ」
「……本当は、三年の入試であんたが合格発表されたら、受かった先の学校と、SNSでばら撒くつもりだった」
「テメェも大概最悪な性格してんな」
「知ってる。復讐に、嫌がらせに、正義なんて高潔なものはないんだよ。引き摺り下ろせるなら、なんだっていい。世間様に晒し上げられて叩かれて叩き落とされる惨めな姿になったあんたを見たいだけだしね」
「……」
玻璃花は、いっそ清々しいまでの告白をしてみせると、席を立った。
それはお前がされたことだろう、と爆豪は言葉にしないまま彼女を見上げる。そして、「ああ、子供のころの『ごめん』『いいよ』なんて言葉、時が経てばなんの効力もないのか」と知り、なにか大きなものが欠けたような感覚がした。
この六年間で、キラキラした宝石のような子は、割れた左腕から身体の芯まで、真っ白になるまでひび割れてしまった。
今更になって、担任の『東晶さんは割れ物として扱うように』なんて通達の言葉が甦る。
こんなにも玻璃花を割れやすくしたのは、誰でもなく、爆豪自身だった。
「もういいでしょ、あんたの疑問には答えたし。あ、それと、これからも私は証拠集めし続けるから、止めたいならそれ相応の覚悟見せてよね」
「待てや」
咄嗟に、彼女が持ち上げたトレーを掴む。
「…………送ってく」
「……ハァ!?」
初めて聞く彼女の大きな声に、ピシ、とトレーの先の彼女の腕が、鳴った気がした。
――爆豪が何を考えてるのか、全くわからない……!
ご丁寧に玻璃花の鞄まで担いで返却口に向かう爆豪を追いながら、彼女はさすがに困惑せざるを得なかった。
×××
結局、玻璃花は爆豪と隣り合ってバスに乗った。どうせ、帰る方向は一緒だ。
帰宅ラッシュより少し早い時刻の車内は、立つ乗客がギリギリいない程度の人口密度で、そういえばバスに乗るのは随分久しぶりだな、と玻璃花はぼんやり思った。
立っている時に急ブレーキでもされて転べば、一大事だから、一人の時はいつもタクシーを利用していた。
爆豪に示されるまま、二人掛けの席の窓側に詰める。狭いシートは、二人とその間に挟んだ学校帰りの爆豪の鞄で、ちょうどぴったり埋まった。
発車の合図で車窓からの風景が動き出すのを観ていると、反射する窓越しに爆豪と玻璃花の視線が合った。
「……なに」
「いや……」
一般客も多く乗り合わせる中で、派手な言い合いをするわけでもなく、気不味い沈黙が数秒流れた。
爆豪は視線を逸らしてから、鞄の中のスマホを取り出した。
「……番号、教えろ」
「え、……まぁ、いいけど」
なんであんたなんかに、とは言いかける。
が、まあ別にいいか、嫌がらせのメール大量に送りつけてやろう、と瞬時に切り替えて、普段は使わない二つ折りの携帯電話を取り出した。いわゆるガラケーというやつだ。
「……ンでそんな古ぃの使ってんだよ、ババアか」
「ババアじゃないし。液晶が指に反応しないだけ」
コソコソと、お互い声を潜めて言い合いながら、番号を交換した。そんなことをやっているうちに最寄りのバス停に着き、二人は揃って降車する。
「近いんか、家」
「小学校の頃、近所だったじゃん。戻ってきただけ、覚えてないの」
「……ああ、あそこか」
爆豪は苦々しい表情で道の先を睨んだ。
彼女が挨拶の一言もなく転校したあと、爆豪は一度だけそこを訪れた。
玻璃花の顔になんとなく似ている老婦人が出てきて、「玻璃花はもう居ません。帰りなさい」と冷たく言い切られ、ショックを受けたことを思い出したのだ。
「……あの、ここまでで別にいいんだけど」
「あ"?」
爆豪が物思いに耽るうちに、爆豪の家の前についていたようだ。
玻璃花の家は、ここよりも少し先にある。
「送ってくっつったろーが。テメェんちまで行くんだよ、はよ歩けや」
「は? 横暴すぎ。別に、すぐそこなんだし要らないんだけど」
「うるせぇ、とっとと進めやコラ」
なにを考えているのか全く理解していない顔の玻璃花を、短い距離だけでも隣で歩いて行く。
背後から通りすがる車のライトに、玻璃花の影がちらちらと微かに光った。
きっと、彼女の腕の分の償いなんて、今さら爆豪にはできない。玻璃花もそんなことは望んでいないだろう。
それでも、爆豪にとって玻璃花が割れるところを見るなんてもう二度と御免なのは、確かな本音だった。
