Fate
「いただきます」
青髪の男が、食卓に並んだ料理に手を合わせる。それを見て青年__セイバーは内心に笑みを浮かべた。
「召し上がれ」
何を隠そう、この料理はセイバーの作ったもの。メニューはお馴染みのマカロニグラタン。ソースはレシピを見て作ったお手製。さあ、今日こそは目の前の男に「美味しい」と言わせてみせようじゃないか!
「雑だな」
「⁉︎」
そんなセイバーの期待を、男__ランサーは一口目にして粉々にした。
「……で、今回は何処が駄目だったんだい?」
「塩辛い、ベーコンの厚さがバラバラ。あとオレ茸苦手」
「全く、好き嫌いをしてはいけないよ」
「へいへい」
セイバーの料理の腕前について。普段から台所に立たない人間にしては、まあ上出来の部類に入るものだ。と彼自身は自負している。実際のところ、確かにセイバーの作る料理は食べられない程不味くなく、毎日食べるのが苦痛にはならない程度に美味だった。
しかしその言葉の外には、大味で、無個性という前提がある。それからどことなくやっつけ仕事。一言で纏めれば「雑」である。
ホワイトソースが丁寧に掬われてランサーの口の中に消えていく。卓上に置かれたグラタン皿は、いつのまにか底が全て見えていた。雑だ、苦手だと言う割にきちんと食べるのは彼らしいとセイバーは思う。生前誓った禁忌の影響か、或いはクー・フーリンというヒトがそう在る様に育てられたのか。
「ま、次は気をつけるこった。ごちそうさん」
空になった皿を置いて、ランサーは席を立った。平日昼間のダイニングに、静寂がやって来る。
__実のところ、昨日も、一昨日だってセイバーは自分の料理に酷評を下されていた。それでも甲斐甲斐しく料理を作り続けるのには、理由があった。
・
その理由というものは、数日前に遡る。
「綾香が、グラタンを作ってくれたんだ」
「へえ、そりゃ良かったな」
「とても美味しかったので、私も作ってみたいんだ」
「嬢ちゃんに聞いてみろよ」
「いや。お返しにサプライズで作ろうと……」
「で?」
「君に私の料理を食べて欲しい」
「話のアレコレが全く繋がってねぇ!」
ランサーが大声で吠えた。ああ、言葉が足りなかったと、セイバーは慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、いや、変な意味じゃなくて謂わば味見で。私は現代の料理、というものに馴染みが無いから上手く作れるか心配なんだ。君なら貴賎なく意見を言ってくれると思うし」
「詰まるところ、実験台だな?」
「本当に言い方を選ばないな君……。しかし、嫌なら降りて貰っても構わない。もとより私の我儘だ」
「いや、やる」
セイバーの言葉に、ランサーは半ば食い気味に返答した。
「えっ。いや、しかし」
「毎日タダ飯食わせてくれんだろ?それなら文句はねぇ。それに嬢ちゃんの為と来た。良いぜ、乗ってやる!」
ランサーはセイバーの背中をバシン、と叩く。大雑把、女好き、即物的。はてさて。義姉から聞いたクー・フーリンとはこんな男では無かったぞ? と頭の隅に浮かんだ考えを、セイバーはそっと打ち消した。何はともあれ貴重な協力者である。
「それにしても、どうしてオレなんだ?金ピカとかも居たろうに」
「……アーチャーはちょっと」
そう言われてランサーは暫しの間思考に耽ると「アヤカの手料理が何だと!」などと騒ぎ立てる姿が容易に想像出来てしまったので、無言で頭を縦に振った。
・
正直な話、セイバーの料理の味といえば、ランサーにとってそう目くじらを立てる様なものでもなかった。少し固いマカロニも微塵切りにしてしまった玉葱も、ランサーにとっては食べられさえすればどうでもいい。正直なアドバイスという点で言えば、彼と組んだのはセイバーの失敗だった。欠点らしい欠点といえば少し大味なだけだが。それでもきっと沙条綾香は喜んで食べるだろう。
しかしセイバーは無いものを今日も愚鈍に求めて来るので、レシピから外れた部分を指摘するだけ。すると嬉しそうな顔をして、メモ帳に書き留める。
それは彼女の為だろうかと、思案する。誰かを想い、誰かのの為に尽くそうとする。クー・フーリンが幾度と身を焦がした感情。きっとこれまで、アーサー・ペンドラゴンの知らなかった感情。それは正しく。
(愛、だな)
生憎、他人の愛だ恋だというモノに、無責任に首を突っ込むのは彼の専売特許だ。
・
かつて無い危機である。
というのもここ数日、セイバーはまともなアドバイスを貰っていないのだ。
代わりにランサーが話すのは昔の愛人の話、情愛だとか浮いた話ばっかり。綾香の色っぽい所について話し出した時は勘弁してくれと思った。
それから昨日の「コレはもうしたのか?」と指先で意味深なポーズを作ったのをセイバーは許していない。
そういう日が何日か続いて、今日は土曜日の昼時。
「そんで、前の話の続き」
「感想は?」
いきなり話を止められたランサーが一瞬ピシ、と硬直する。だがこの程度で黙りする大英雄ではない。すぐに話を続けようとして。
「それより、」
「感想は?」
「アンタ今日は妙に積極的だな……」
「だから、感想を聞かせて欲しい」
「……悪かねぇ」
ああもう、これはこっちが譲歩するまで引いてくれないな。と、観念した様にランサーは感想を告げる。その言葉にセイバーは少女の様に頬を染め、そして満面の笑みを浮かべる。初めて「雑」以外の感想を貰えたことと、その「悪くない」料理を彼女に食べてもらうことを考えてだ。
「ていうかそもそも君、何で最近……その、そういう話を……」
「あ? そりゃテメェらが面白、__いや何でも」
「『面白い』って言ったよね、私と綾香のどの辺りがさ! そもそも……」
「そういうとこだよ。じゃ、ごちそうさん。食器片付けとく__」
突然、門の結界が解かれた音がした。
もう一つの結界が作用しなかったことから敵意を持った者では無いことが分かる。恐らくこの家の主人にしてセイバーのマスター、沙条綾香だろう。
勿論、セイバーとランサーにも、門を開けたのは綾香であることは分かっていた。しかし今の彼らは、まるで敵サーヴァントが急襲してきたかの様な態度で身構える。
それも当然の話だ、食べ終わったグラタンの皿、まだ捨ててない玉ねぎの皮が置いてあるキッチン。昼間にグラタンを作るのは、サプライズとして来たる日まで彼女には悟らせない様に続けてきたものだった。
____何故今帰って来た? 今日は学校では?
……彼らは知らない。この国、時代において土曜日は授業が午前しか無いことを。聖杯の知識は妙なところで手を抜くものだ。
____兎に角急いで片付けて出迎えろ!
合図は一瞬の目配せ。次の瞬間には彼らは脱兎の如く奔走した。
ランサーは僅かにソースの残った食器を急いで片付ける。それから野菜の皮やその他洗い物を片付ける作業も。これらを十秒足らずで全て終える様は、どう見ても敏捷A+を無駄遣いしていた。
その間に、セイバーは綾香を出迎える為玄関へ向かう。遅過ぎず、先程のタイムロスを気にし過ぎて急ぐのも良くない。これまでにもこれ以降にも、戦闘以外で直感スキルが役立ったことは無いだろう。
「おかえり、綾香」
開けた扉を閉め、今しがたローファーを脱いでいる学生服の彼女が沙条綾香。靴を揃え顔を上げると、澄んだ湖面の様な瞳がセイバーを捉える。
「ただいまセイバー、今日もグラタン?」
今日“も”? セイバーは息を呑む。もしやバレていたのでは? というより、この口調ではもっと前から分かっていた様にも……。
「おかえり嬢ちゃん……おい、どうしたんだお前ら」
片付けを終えて駆けてくるランサー、その時目にした光景がこれだ。セイバーは何も言わないが、肌を青白くさせて震えているので、ランサーは何となく理解した。(この時、彼がサーヴァントでなければ病気を疑っていただろう)
「……オレは何も言ってねぇから」
「じゃあ綾香、君はどうしてそれを……」
「あのね、買った覚えの無いマカロニにチーズや生クリーム、それが冷蔵庫に入っていれば私だって気付きます!」
痛恨のミスだ。この家の主人は彼女であり、それは屋敷の中の、あらゆる変化__勿論冷蔵庫の中身も__を把握していることと同義である。
「大体ね、家のお金で勝手に物を____」
「君が喜ぶ顔を見たくて作ってたのだが……もし気に障ってしまったなら謝ろう」
「……!」
一転、綾香の目が逡巡する様に伏せられる。グラタンが綾香の為に作られていたということは、彼女にとって新事実だ。初めて知ったセイバーの好意と、自身の感情を秤に掛けているのだろう。
「……次からは、もう駄目よ」
天秤はあっさりセイバーの方へ傾いた。
「許してくれてありがとう。それから、綾香」
「なに?」
「……グラタンの作り方を、教えて欲しいのだが」
彼女に隠す必要が無い以上、セイバーは最も教えを請う、という最も単純なという方法をとることができる。
「ま、まぁ、別にいいけれど……ランサーさんはどうします?」
「オレぁ腹一杯だしどっか行くわ。じゃ、また」
そう残してランサーは文字通り消えていった。大方、既に出来上がっている二人のことを気遣って(面白がって)のことだろう。もしかしたら今だって、霊体化した彼がすぐ隣で二人のもどかしさに笑っているのかもしれない。無論、その様なことをしていればセイバーにはすぐにわかるだろうが。
「じゃあセイバー、まず材料を取ってきて」
「ああ。ご教授、よろしく頼むよ。綾香」
「ありがとう。それから____」
穏やかな陽光がレースのカーテン越しに照る。こんな日々が出来るだけ長く続くといいな、とセイバーは思った。
・
いつか、“この僕”が初めて他人に料理を振る舞ったことがある。その時、まず一口食べた彼女が「美味しい」と笑ってくれたのが本心か分からないけど。僕はそれが何より嬉しかった。
しかし「それから。ごめんね、この前のグラタンは冷凍食品なの」なんて言われたのは印象深い。その時僕は、それでも君と一緒に食べれば、なんて素直に在り来たりな文句を返したのも少しだけ覚えている。__あの時、彼女が微笑んだ意図とは何だったのだろうか。
____二月十四日。この時代には、重要な意味を持つ日。旅の途中で厄介になっている組織、カルデアに所属する今のマスターに、ささやかな返礼を渡す口実が作れる日。
普段は『世界を救う』という大義名分を背負うカルデアも、こんな日ぐらいは浮き足立った雰囲気に溢れていた。
__この日、マスターの目前には、熱々のグラタンが置いてある。チーズやマカロニは支援物資を、ホワイトソースは僕の手作り。料理本を片手に、綾香が教えてくれたレシピは今でも諳んじることが出来るだろう。
……まぁとにかく、そんな話は置いといて。
冷めない内に召し上がれ!
「いただきます!」
青髪の男が、食卓に並んだ料理に手を合わせる。それを見て青年__セイバーは内心に笑みを浮かべた。
「召し上がれ」
何を隠そう、この料理はセイバーの作ったもの。メニューはお馴染みのマカロニグラタン。ソースはレシピを見て作ったお手製。さあ、今日こそは目の前の男に「美味しい」と言わせてみせようじゃないか!
「雑だな」
「⁉︎」
そんなセイバーの期待を、男__ランサーは一口目にして粉々にした。
「……で、今回は何処が駄目だったんだい?」
「塩辛い、ベーコンの厚さがバラバラ。あとオレ茸苦手」
「全く、好き嫌いをしてはいけないよ」
「へいへい」
セイバーの料理の腕前について。普段から台所に立たない人間にしては、まあ上出来の部類に入るものだ。と彼自身は自負している。実際のところ、確かにセイバーの作る料理は食べられない程不味くなく、毎日食べるのが苦痛にはならない程度に美味だった。
しかしその言葉の外には、大味で、無個性という前提がある。それからどことなくやっつけ仕事。一言で纏めれば「雑」である。
ホワイトソースが丁寧に掬われてランサーの口の中に消えていく。卓上に置かれたグラタン皿は、いつのまにか底が全て見えていた。雑だ、苦手だと言う割にきちんと食べるのは彼らしいとセイバーは思う。生前誓った禁忌の影響か、或いはクー・フーリンというヒトがそう在る様に育てられたのか。
「ま、次は気をつけるこった。ごちそうさん」
空になった皿を置いて、ランサーは席を立った。平日昼間のダイニングに、静寂がやって来る。
__実のところ、昨日も、一昨日だってセイバーは自分の料理に酷評を下されていた。それでも甲斐甲斐しく料理を作り続けるのには、理由があった。
・
その理由というものは、数日前に遡る。
「綾香が、グラタンを作ってくれたんだ」
「へえ、そりゃ良かったな」
「とても美味しかったので、私も作ってみたいんだ」
「嬢ちゃんに聞いてみろよ」
「いや。お返しにサプライズで作ろうと……」
「で?」
「君に私の料理を食べて欲しい」
「話のアレコレが全く繋がってねぇ!」
ランサーが大声で吠えた。ああ、言葉が足りなかったと、セイバーは慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、いや、変な意味じゃなくて謂わば味見で。私は現代の料理、というものに馴染みが無いから上手く作れるか心配なんだ。君なら貴賎なく意見を言ってくれると思うし」
「詰まるところ、実験台だな?」
「本当に言い方を選ばないな君……。しかし、嫌なら降りて貰っても構わない。もとより私の我儘だ」
「いや、やる」
セイバーの言葉に、ランサーは半ば食い気味に返答した。
「えっ。いや、しかし」
「毎日タダ飯食わせてくれんだろ?それなら文句はねぇ。それに嬢ちゃんの為と来た。良いぜ、乗ってやる!」
ランサーはセイバーの背中をバシン、と叩く。大雑把、女好き、即物的。はてさて。義姉から聞いたクー・フーリンとはこんな男では無かったぞ? と頭の隅に浮かんだ考えを、セイバーはそっと打ち消した。何はともあれ貴重な協力者である。
「それにしても、どうしてオレなんだ?金ピカとかも居たろうに」
「……アーチャーはちょっと」
そう言われてランサーは暫しの間思考に耽ると「アヤカの手料理が何だと!」などと騒ぎ立てる姿が容易に想像出来てしまったので、無言で頭を縦に振った。
・
正直な話、セイバーの料理の味といえば、ランサーにとってそう目くじらを立てる様なものでもなかった。少し固いマカロニも微塵切りにしてしまった玉葱も、ランサーにとっては食べられさえすればどうでもいい。正直なアドバイスという点で言えば、彼と組んだのはセイバーの失敗だった。欠点らしい欠点といえば少し大味なだけだが。それでもきっと沙条綾香は喜んで食べるだろう。
しかしセイバーは無いものを今日も愚鈍に求めて来るので、レシピから外れた部分を指摘するだけ。すると嬉しそうな顔をして、メモ帳に書き留める。
それは彼女の為だろうかと、思案する。誰かを想い、誰かのの為に尽くそうとする。クー・フーリンが幾度と身を焦がした感情。きっとこれまで、アーサー・ペンドラゴンの知らなかった感情。それは正しく。
(愛、だな)
生憎、他人の愛だ恋だというモノに、無責任に首を突っ込むのは彼の専売特許だ。
・
かつて無い危機である。
というのもここ数日、セイバーはまともなアドバイスを貰っていないのだ。
代わりにランサーが話すのは昔の愛人の話、情愛だとか浮いた話ばっかり。綾香の色っぽい所について話し出した時は勘弁してくれと思った。
それから昨日の「コレはもうしたのか?」と指先で意味深なポーズを作ったのをセイバーは許していない。
そういう日が何日か続いて、今日は土曜日の昼時。
「そんで、前の話の続き」
「感想は?」
いきなり話を止められたランサーが一瞬ピシ、と硬直する。だがこの程度で黙りする大英雄ではない。すぐに話を続けようとして。
「それより、」
「感想は?」
「アンタ今日は妙に積極的だな……」
「だから、感想を聞かせて欲しい」
「……悪かねぇ」
ああもう、これはこっちが譲歩するまで引いてくれないな。と、観念した様にランサーは感想を告げる。その言葉にセイバーは少女の様に頬を染め、そして満面の笑みを浮かべる。初めて「雑」以外の感想を貰えたことと、その「悪くない」料理を彼女に食べてもらうことを考えてだ。
「ていうかそもそも君、何で最近……その、そういう話を……」
「あ? そりゃテメェらが面白、__いや何でも」
「『面白い』って言ったよね、私と綾香のどの辺りがさ! そもそも……」
「そういうとこだよ。じゃ、ごちそうさん。食器片付けとく__」
突然、門の結界が解かれた音がした。
もう一つの結界が作用しなかったことから敵意を持った者では無いことが分かる。恐らくこの家の主人にしてセイバーのマスター、沙条綾香だろう。
勿論、セイバーとランサーにも、門を開けたのは綾香であることは分かっていた。しかし今の彼らは、まるで敵サーヴァントが急襲してきたかの様な態度で身構える。
それも当然の話だ、食べ終わったグラタンの皿、まだ捨ててない玉ねぎの皮が置いてあるキッチン。昼間にグラタンを作るのは、サプライズとして来たる日まで彼女には悟らせない様に続けてきたものだった。
____何故今帰って来た? 今日は学校では?
……彼らは知らない。この国、時代において土曜日は授業が午前しか無いことを。聖杯の知識は妙なところで手を抜くものだ。
____兎に角急いで片付けて出迎えろ!
合図は一瞬の目配せ。次の瞬間には彼らは脱兎の如く奔走した。
ランサーは僅かにソースの残った食器を急いで片付ける。それから野菜の皮やその他洗い物を片付ける作業も。これらを十秒足らずで全て終える様は、どう見ても敏捷A+を無駄遣いしていた。
その間に、セイバーは綾香を出迎える為玄関へ向かう。遅過ぎず、先程のタイムロスを気にし過ぎて急ぐのも良くない。これまでにもこれ以降にも、戦闘以外で直感スキルが役立ったことは無いだろう。
「おかえり、綾香」
開けた扉を閉め、今しがたローファーを脱いでいる学生服の彼女が沙条綾香。靴を揃え顔を上げると、澄んだ湖面の様な瞳がセイバーを捉える。
「ただいまセイバー、今日もグラタン?」
今日“も”? セイバーは息を呑む。もしやバレていたのでは? というより、この口調ではもっと前から分かっていた様にも……。
「おかえり嬢ちゃん……おい、どうしたんだお前ら」
片付けを終えて駆けてくるランサー、その時目にした光景がこれだ。セイバーは何も言わないが、肌を青白くさせて震えているので、ランサーは何となく理解した。(この時、彼がサーヴァントでなければ病気を疑っていただろう)
「……オレは何も言ってねぇから」
「じゃあ綾香、君はどうしてそれを……」
「あのね、買った覚えの無いマカロニにチーズや生クリーム、それが冷蔵庫に入っていれば私だって気付きます!」
痛恨のミスだ。この家の主人は彼女であり、それは屋敷の中の、あらゆる変化__勿論冷蔵庫の中身も__を把握していることと同義である。
「大体ね、家のお金で勝手に物を____」
「君が喜ぶ顔を見たくて作ってたのだが……もし気に障ってしまったなら謝ろう」
「……!」
一転、綾香の目が逡巡する様に伏せられる。グラタンが綾香の為に作られていたということは、彼女にとって新事実だ。初めて知ったセイバーの好意と、自身の感情を秤に掛けているのだろう。
「……次からは、もう駄目よ」
天秤はあっさりセイバーの方へ傾いた。
「許してくれてありがとう。それから、綾香」
「なに?」
「……グラタンの作り方を、教えて欲しいのだが」
彼女に隠す必要が無い以上、セイバーは最も教えを請う、という最も単純なという方法をとることができる。
「ま、まぁ、別にいいけれど……ランサーさんはどうします?」
「オレぁ腹一杯だしどっか行くわ。じゃ、また」
そう残してランサーは文字通り消えていった。大方、既に出来上がっている二人のことを気遣って(面白がって)のことだろう。もしかしたら今だって、霊体化した彼がすぐ隣で二人のもどかしさに笑っているのかもしれない。無論、その様なことをしていればセイバーにはすぐにわかるだろうが。
「じゃあセイバー、まず材料を取ってきて」
「ああ。ご教授、よろしく頼むよ。綾香」
「ありがとう。それから____」
穏やかな陽光がレースのカーテン越しに照る。こんな日々が出来るだけ長く続くといいな、とセイバーは思った。
・
いつか、“この僕”が初めて他人に料理を振る舞ったことがある。その時、まず一口食べた彼女が「美味しい」と笑ってくれたのが本心か分からないけど。僕はそれが何より嬉しかった。
しかし「それから。ごめんね、この前のグラタンは冷凍食品なの」なんて言われたのは印象深い。その時僕は、それでも君と一緒に食べれば、なんて素直に在り来たりな文句を返したのも少しだけ覚えている。__あの時、彼女が微笑んだ意図とは何だったのだろうか。
____二月十四日。この時代には、重要な意味を持つ日。旅の途中で厄介になっている組織、カルデアに所属する今のマスターに、ささやかな返礼を渡す口実が作れる日。
普段は『世界を救う』という大義名分を背負うカルデアも、こんな日ぐらいは浮き足立った雰囲気に溢れていた。
__この日、マスターの目前には、熱々のグラタンが置いてある。チーズやマカロニは支援物資を、ホワイトソースは僕の手作り。料理本を片手に、綾香が教えてくれたレシピは今でも諳んじることが出来るだろう。
……まぁとにかく、そんな話は置いといて。
冷めない内に召し上がれ!
「いただきます!」
1/5ページ