Blessings
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午後の遅い時間、テーブルに紅茶と共に並んだのは少し背の低い、形の不揃いなスコーンだった。
シグルスは何気なく皿に盛られた一つを手に取り、真ん中で二つに割って、断面にクロテッドクリームとジャムをのせる。口に運んでから、僅かに眉を寄せた。
「……どこで買ったんだ?」
「何を?」
「このスコーンだよ。君がよく買ってくるあの店の物とは違うだろう。口も割れてないし、見た目も少し。いや、かなり萎んでいて――」
対面で紅茶を口にしていたオデットが何気ない声色で聞き返した問いに、そこまで続けて、シグルスは気付く。オデットが完全に動きを止め、表情さえも動かさず、自分をまっすぐに見ていることに。なんだか反応がおかしいな、とはすぐに勘付いた。元々人の話を遮って口を挟むような気質ではないとはいえ、単純に傾聴の姿勢を取っているだけとは思えない違和感がある。
一方で、途中で言葉を止めたシグルスを訝しむように目を細め、オデットは僅かに首を捻った。
「……何か?」
「……いや」
「ならどうぞ、そのままお話を続けてくださるかしら」
完璧な淑女の微笑みを浮かべ、穏やかな声色でオデットは言う。その様子を見て、シグルスは今度こそ内心激しく動揺した。
今、何か、自分は逆鱗に触れるようなことを言ったか? ただ、出されたスコーンに対する至極真っ当な批評を述べただけだが――?
努めて取り繕いながらも、明らかに平静さを欠いていることが分かってしまうような動きで、シグルスは目の前のスコーンへと視線を落とす。決して、味に致命的な問題があると言いたかったわけではない。味自体は――普通だ。ふんわりとした軽さには欠けているが、味は悪くない。だから、単純に見た目の話である。田舎のティールームで出てくるように大きく食べ応えがあるものよりは小ぶりで、街のカフェで供されるスコーンよりはやや大味。そしてサイズの割には、側面に『狼の口』と呼ばれる腹割れも見られない。明らかに、いつもの店のものとは違うのは確かだった。
――だがわからない。ただそれを指摘しただけでなぜ彼女の機嫌が急降下した?
シグルスが眉を下げ、「……オデット?」と控えめに伺いを立てれば、彼女はカップを口元に運びかけた手を止める。ほんの一瞬、間を置いてから小さく吐息を漏らした。
「……それを焼いたのは私よ」
その声色は普段の平坦な調子を保っていた。しかし、オデットが目を逸らす拍子に見せた僅かに唇を尖らせる仕草に、シグルスは一瞬だけ固まる。
しまった、という後悔が脳裏を掠める。指摘を真っ当だとは理解しているのだろう。だから反論は一切ないが、……確実に、不機嫌だ。
一瞬だけ考え込み、それからわざとらしいほど「そういうことか」と大げさに頷くと、彼はすぐさま言葉を切り替えた。
「いや、でもこれはなかなかに悪くない。むしろ生地が詰まっていて食べ応えがあっていい。市販のものにはない手作りの味わい深さがあるし、うん。味もやさしい、僕はこちらの方が好みかもしれない」
見事に調子を裏返して矢継ぎ早に褒め言葉を並べ立ててから、居心地の悪さを取り繕うようにスコーンを口に運んだ。
オデットは紅茶を置くと、静かに彼を見つめる。長いまつ毛に縁取られた奥の瞳は、僅かな呆れを含んでいた。さっきまでの批評はなんだったのか? ここから軌道修正できるとでも? と視線に込められる静かな皮肉を感じ取って、シグルスは居住まいを正し、食べることに集中しているように口をもごもごと動かす。
「……急に評価が変わったわね」
「ング」
「さっきは口がどうだとか、見た目がどうとか、ずいぶんと詳しい説明をしてくれていたのに」
皮肉めいた言葉を返しながらも、オデットの口元はすでに柔らかく緩んでいた。シグルスは取り繕うように肩を竦めて、紅茶で喉の詰まりを押し流す。少し遅れて、彼女が「ふふ」と楽しげな笑い声を溢した。
「まったく、褒めるにしても忙しい人ね」
「……。事実を述べたまでだ」
「言い訳としては可愛らしいわ」
「――ところで、なぜ急にスコーンを焼いた? 君はお菓子作りを好むタイプではなかっただろう」
「どうしてそんな決めつけを?」
「決めつけというか……茶請けは普段、店で買っているじゃないか」
「それは……。まあ、確かにそうね」
オデットは小さく笑みを溢し、指先でスコーンの断面を軽く撫でる。
「実は先日、出先でとても美味しいスコーンをいただいたの。あまりに印象的で、つい作り方を伺ったのよ。そうしたら、快く教えてくださって。……だから、一度作ってみたくなったの。あなたにも食べて欲しくて」
「……僕に?」
「ええ。でも、上手にできなかったわ。少し生地を混ぜすぎてしまったのかも」
「……。なら、次は僕も一緒に焼こう」
「あなたが?」
オデットは半ば冗談だと思ったのか、眉を少し上げて返した。疑うように「できるの?」と問いかける視線は、好奇心と挑発を含んでいる。
シグルスはその視線を正面から受けて、口角を上げる。
「侮らないでもらいたいものだ。これでも、料理そのものは不得手ではない。大学時代は自炊もしていたし、妹に何度も台所を手伝わされた。包丁も扱えるし、材料の分量を秤で正確に量るくらいわけもない」
オデットは彼の言葉のどこまでを真に受けるべきかを測るような表情でシグルスを見ていた。妙に理路整然と語っていたが、……最後にふっと鼻で笑うと、こうも付け加える。
「……ただ、スコーンを焼いたことは、一度もないが。自信はある」
「根拠のない自信だこと。……でもいいわ、そういうのも楽しそうね」
「じゃあ、決まりだな」
口元に柔らかな笑みを浮かべたオデットの反応から、シグルスはすでに彼女が機嫌を直してくれたことを察した。
これで安心して午後の紅茶を楽しむことができる。そう思いながら、膨らみの悪い不恰好なスコーンの腹に指先を差し込んで、二つに割る。ふんわりとした柔らかさにはかけているが、ほのかな甘い香りを吸い込んで、少し誇らしげに彼は言った。
「次こそは狼の口を完璧に割ってみせよう」
「それなら、生地を混ぜすぎないようにするのを忘れないでね」
「そうだな。失敗からは学ばなくては」
「あら、私が失敗したと言いたいの?」
「あ……。……いや」
シグルスは何気なく皿に盛られた一つを手に取り、真ん中で二つに割って、断面にクロテッドクリームとジャムをのせる。口に運んでから、僅かに眉を寄せた。
「……どこで買ったんだ?」
「何を?」
「このスコーンだよ。君がよく買ってくるあの店の物とは違うだろう。口も割れてないし、見た目も少し。いや、かなり萎んでいて――」
対面で紅茶を口にしていたオデットが何気ない声色で聞き返した問いに、そこまで続けて、シグルスは気付く。オデットが完全に動きを止め、表情さえも動かさず、自分をまっすぐに見ていることに。なんだか反応がおかしいな、とはすぐに勘付いた。元々人の話を遮って口を挟むような気質ではないとはいえ、単純に傾聴の姿勢を取っているだけとは思えない違和感がある。
一方で、途中で言葉を止めたシグルスを訝しむように目を細め、オデットは僅かに首を捻った。
「……何か?」
「……いや」
「ならどうぞ、そのままお話を続けてくださるかしら」
完璧な淑女の微笑みを浮かべ、穏やかな声色でオデットは言う。その様子を見て、シグルスは今度こそ内心激しく動揺した。
今、何か、自分は逆鱗に触れるようなことを言ったか? ただ、出されたスコーンに対する至極真っ当な批評を述べただけだが――?
努めて取り繕いながらも、明らかに平静さを欠いていることが分かってしまうような動きで、シグルスは目の前のスコーンへと視線を落とす。決して、味に致命的な問題があると言いたかったわけではない。味自体は――普通だ。ふんわりとした軽さには欠けているが、味は悪くない。だから、単純に見た目の話である。田舎のティールームで出てくるように大きく食べ応えがあるものよりは小ぶりで、街のカフェで供されるスコーンよりはやや大味。そしてサイズの割には、側面に『狼の口』と呼ばれる腹割れも見られない。明らかに、いつもの店のものとは違うのは確かだった。
――だがわからない。ただそれを指摘しただけでなぜ彼女の機嫌が急降下した?
シグルスが眉を下げ、「……オデット?」と控えめに伺いを立てれば、彼女はカップを口元に運びかけた手を止める。ほんの一瞬、間を置いてから小さく吐息を漏らした。
「……それを焼いたのは私よ」
その声色は普段の平坦な調子を保っていた。しかし、オデットが目を逸らす拍子に見せた僅かに唇を尖らせる仕草に、シグルスは一瞬だけ固まる。
しまった、という後悔が脳裏を掠める。指摘を真っ当だとは理解しているのだろう。だから反論は一切ないが、……確実に、不機嫌だ。
一瞬だけ考え込み、それからわざとらしいほど「そういうことか」と大げさに頷くと、彼はすぐさま言葉を切り替えた。
「いや、でもこれはなかなかに悪くない。むしろ生地が詰まっていて食べ応えがあっていい。市販のものにはない手作りの味わい深さがあるし、うん。味もやさしい、僕はこちらの方が好みかもしれない」
見事に調子を裏返して矢継ぎ早に褒め言葉を並べ立ててから、居心地の悪さを取り繕うようにスコーンを口に運んだ。
オデットは紅茶を置くと、静かに彼を見つめる。長いまつ毛に縁取られた奥の瞳は、僅かな呆れを含んでいた。さっきまでの批評はなんだったのか? ここから軌道修正できるとでも? と視線に込められる静かな皮肉を感じ取って、シグルスは居住まいを正し、食べることに集中しているように口をもごもごと動かす。
「……急に評価が変わったわね」
「ング」
「さっきは口がどうだとか、見た目がどうとか、ずいぶんと詳しい説明をしてくれていたのに」
皮肉めいた言葉を返しながらも、オデットの口元はすでに柔らかく緩んでいた。シグルスは取り繕うように肩を竦めて、紅茶で喉の詰まりを押し流す。少し遅れて、彼女が「ふふ」と楽しげな笑い声を溢した。
「まったく、褒めるにしても忙しい人ね」
「……。事実を述べたまでだ」
「言い訳としては可愛らしいわ」
「――ところで、なぜ急にスコーンを焼いた? 君はお菓子作りを好むタイプではなかっただろう」
「どうしてそんな決めつけを?」
「決めつけというか……茶請けは普段、店で買っているじゃないか」
「それは……。まあ、確かにそうね」
オデットは小さく笑みを溢し、指先でスコーンの断面を軽く撫でる。
「実は先日、出先でとても美味しいスコーンをいただいたの。あまりに印象的で、つい作り方を伺ったのよ。そうしたら、快く教えてくださって。……だから、一度作ってみたくなったの。あなたにも食べて欲しくて」
「……僕に?」
「ええ。でも、上手にできなかったわ。少し生地を混ぜすぎてしまったのかも」
「……。なら、次は僕も一緒に焼こう」
「あなたが?」
オデットは半ば冗談だと思ったのか、眉を少し上げて返した。疑うように「できるの?」と問いかける視線は、好奇心と挑発を含んでいる。
シグルスはその視線を正面から受けて、口角を上げる。
「侮らないでもらいたいものだ。これでも、料理そのものは不得手ではない。大学時代は自炊もしていたし、妹に何度も台所を手伝わされた。包丁も扱えるし、材料の分量を秤で正確に量るくらいわけもない」
オデットは彼の言葉のどこまでを真に受けるべきかを測るような表情でシグルスを見ていた。妙に理路整然と語っていたが、……最後にふっと鼻で笑うと、こうも付け加える。
「……ただ、スコーンを焼いたことは、一度もないが。自信はある」
「根拠のない自信だこと。……でもいいわ、そういうのも楽しそうね」
「じゃあ、決まりだな」
口元に柔らかな笑みを浮かべたオデットの反応から、シグルスはすでに彼女が機嫌を直してくれたことを察した。
これで安心して午後の紅茶を楽しむことができる。そう思いながら、膨らみの悪い不恰好なスコーンの腹に指先を差し込んで、二つに割る。ふんわりとした柔らかさにはかけているが、ほのかな甘い香りを吸い込んで、少し誇らしげに彼は言った。
「次こそは狼の口を完璧に割ってみせよう」
「それなら、生地を混ぜすぎないようにするのを忘れないでね」
「そうだな。失敗からは学ばなくては」
「あら、私が失敗したと言いたいの?」
「あ……。……いや」