平行線の煙
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「……朝日? ここに居たんですか」
「リリイ? なんだ、何か……」
「いえ、姿が見えなかったのであなたを探しに来ただけですよ」
有栖院家、広い敷地に広い屋敷を構えるお金持ちの家。そこで護衛役として働く朝日は広い屋敷に居るのが苦手だ。そのため、休憩時間になるとこうして屋敷の裏口近くで息抜きに一服すると言うのが日課である。
人の気配を感じて視線を向ければ見慣れた金髪が目に入り、朝日は気まずそうに視線を逸らした。実際、気まずかった。
「御園坊っちゃんの傍にいなくていいのかよ」
「御園は今、お勉強中ですから。要するにひまなんです」
手に持った煙草は火を付けたばかりで、消すのも勿体無い。叱られるのを怖がり、隠したものをすぐに見つけられてしまった子供のような気分だった。そのまま去ってくれるのを祈っていた朝日だったが、リリイは暇だと言って柔らかい笑みを浮かべながら朝日の隣に並んで外壁に背を預ける。
ほんの少しだけ、分からないように。朝日はリリイから後ずさるように距離を取る。近頃ろくに会話もしていなかったし、どことなく気まずかった。気持ちを誤魔化すために、朝日はいつものように煙を吸い込む。それをゆっくりと吐き終えた時、リリイの視線に気付いた。
「……。なんだよ」
「いえ、少し見ない内に、貴方は煙草の煙がよく似合う人になりましたねえ」
「はっ……なんだそれ」
どこか慈しむような、慈悲深い眼差しとでも言うのか、リリイが朝日に向けたものは。……少なくとも、朝日にとってその視線は、親がいつの間にか大きくなっていた子供に驚き半分寂しさ半分といった感情を向けるのに似ている、と感じた。矛盾した事に、朝日にそんな親はいなかったけれど。苦笑しながら朝日は懐から慣れた手つきで取り出した煙草をリリイに差し向けた。
「要るか?」
「では、お言葉に甘えて。火をもらえますか?」
「ん? ああ、そうだな……ちょっと待てよ……?」
「では、これで」
朝日は煙草を口にくわえたまま、衣服を叩きライターを探す。先ほど使ったばかりで確かにあるはずなんだが、中々それが見つからない。今度はリリイが苦笑を零すと、朝日のくわえていた煙草を使って、火をつけた。朝日はその姿を見入るように動きを止めて、ふっと笑みを零す。
「……なんつーか、様になるな。映画のワンシーンみたいだ」
リリイがスタイル抜群の金髪優男だから洋物の映画のワンシーンでありそうだと思うのか、なんてくだらない事を頭の片隅で考える。
――まあ、相手が美女でもない俺じゃ面白くも、かっこ良くもないんだが。
リリイは慣れたように煙草を吸い、ふうと細く煙を吐いた。男から見ても何から何まで嫌味なくらいに格好良い。少し負けたような気がした朝日は何も言わず、自分も吸いかけの煙草を味わった後、携帯灰皿にそれを捨てた。
吸い終わるのを見計らっていたかのように「少し苦いですね……。私の物とはだいぶ違います」と呟かれたリリイの言葉に朝日は興味を示す。彼が一服を終えて、すぐに立ち去ろうとしていたのをリリイは見抜いていたから、こうして引き止めた。
「何を吸ってるんだ?」
「吸いますか?」
「……」
リリイは自身がよく吸う銘柄の煙草を、先ほど朝日が渡した時のように差し向ける。朝日はそれを受け取るよりもまず凝視し、リリイと彼が差し向ける煙草を見比べた。リリイは不思議そうに首を傾げる。
「?」
「いや、昔は俺がいくらせがんでもくれなかったくせに、って思っただけだよ」
過去の記憶を引っ張りだして、朝日は肩をすくめる。
朝日が、リリイに拾われたばかりの頃。
まだリリイが“スノウリリイ”という名前ではなかった頃、同じように幼い子供達から離れて煙草を吸う彼を見つけた時。自身の最悪な父親が似たように煙草を吸っていたのを思い起こして、子供ながらに酷い不快感を抱いたのを覚えている。
『……なにしてんの?』
『おや、朝日。あなたこそどうしたんですか?』
『御国うるせーし、ひまだったからこっち来ただけ』
正直、賑やかな下位吸血鬼の子供達の間にいるのが、気持ち的に苦しかっただけだ。リリイは何も言わずに煙草の火を消して、ただ傍にいてくれた。
リリイが煙草を吸う姿を見るのは、不快だった。父親とも呼びたくない血の繋がっただけの男を、嫌でも思い起こさせる。酷くむせ返るような煙と酒の臭いに混じって、今はもう痕になって痛くはないはずの傷が、痛む気がした。……だけど、こいつも煙草を吸うんだなって真似したくなったのも、本当で。
『リリイ、それ、俺にもくれよ』
『……煙草を、ですか?』
『うん。』
『いけませんよ、朝日にはまだ早い。……毒、みたいなものですからね』
リリイは苦笑して、聞き覚えの悪い子供を諭すように優しく言って聞かせた。
なんで、あんたが毒を吸わなきゃいけないんだ、とも思ったが、朝日は拗ねるだけで言葉にはしなかった。
今となっては馬鹿だと思う子供の頃の話。リリイは聞き覚えの悪い子供に毒だと言って、怖がらせて、その馬鹿な考えを思いとどめたかったんだろう。
「そういえばそんなこともありましたねぇ……あの時の貴方は、まだまだ子供でしたから」
リリイも同じことを思い出したのか、笑って煙草をしまおうとした。
「おい、要らないなんて言ってないだろ」
今となっては、知りたかったんだと思う。吸血鬼だという遠い隣の男の事を。自分を救ってくれた恩人の事を。子供ながらに少しでも知りたかったんだと、思う。
リリイが先ほどのように火を分けてくれようとしたが、朝日は「俺がやっても似合わないしな」と断って、ようやく見つかった自前のライターで火を着けた。リリイが言っていたように、朝日の知るものとはだいぶ違う。吸い込んだ煙も吐いた煙も、やたらと甘い香りがした。朝日の隣で煙草を吸う男も、こんな甘い香りがする。ずっと香水かとも思っていたが、もしかするとあの香りは煙草の残り香なのかもな、と朝日は思った。
「……こんなのもあるんだな。甘い香りがする」
「お嫌いですか?」
「嫌いじゃない、たまには悪くないな、こういうのも」
「ええ、私もです」
助けてもらった命を捨てるにはあまりに申し訳無くて、だから、今日も朝日は毒を体に取り込む。いや、毒だと信じて煙を吸い込む。最低な自分が亡くなる運命の日が、もう少しでも早く訪れることを願って。彼が煙草を吸い始めたのはただそれだけの理由だった。けれど、本当に、たまには、心を休めるためにこうして居るのもいいかもしれない、と朝日は心の片隅で思った。
煙草らしくない甘さと煙草らしい苦さが、いつもとは違うそれぞれに吸われて、吐かれた煙が混ざり合う。
不思議の国の秘密の園には、あまりに似合わない煙はゆっくりと風に煽られるように溶けていった。
「リリイ? なんだ、何か……」
「いえ、姿が見えなかったのであなたを探しに来ただけですよ」
有栖院家、広い敷地に広い屋敷を構えるお金持ちの家。そこで護衛役として働く朝日は広い屋敷に居るのが苦手だ。そのため、休憩時間になるとこうして屋敷の裏口近くで息抜きに一服すると言うのが日課である。
人の気配を感じて視線を向ければ見慣れた金髪が目に入り、朝日は気まずそうに視線を逸らした。実際、気まずかった。
「御園坊っちゃんの傍にいなくていいのかよ」
「御園は今、お勉強中ですから。要するにひまなんです」
手に持った煙草は火を付けたばかりで、消すのも勿体無い。叱られるのを怖がり、隠したものをすぐに見つけられてしまった子供のような気分だった。そのまま去ってくれるのを祈っていた朝日だったが、リリイは暇だと言って柔らかい笑みを浮かべながら朝日の隣に並んで外壁に背を預ける。
ほんの少しだけ、分からないように。朝日はリリイから後ずさるように距離を取る。近頃ろくに会話もしていなかったし、どことなく気まずかった。気持ちを誤魔化すために、朝日はいつものように煙を吸い込む。それをゆっくりと吐き終えた時、リリイの視線に気付いた。
「……。なんだよ」
「いえ、少し見ない内に、貴方は煙草の煙がよく似合う人になりましたねえ」
「はっ……なんだそれ」
どこか慈しむような、慈悲深い眼差しとでも言うのか、リリイが朝日に向けたものは。……少なくとも、朝日にとってその視線は、親がいつの間にか大きくなっていた子供に驚き半分寂しさ半分といった感情を向けるのに似ている、と感じた。矛盾した事に、朝日にそんな親はいなかったけれど。苦笑しながら朝日は懐から慣れた手つきで取り出した煙草をリリイに差し向けた。
「要るか?」
「では、お言葉に甘えて。火をもらえますか?」
「ん? ああ、そうだな……ちょっと待てよ……?」
「では、これで」
朝日は煙草を口にくわえたまま、衣服を叩きライターを探す。先ほど使ったばかりで確かにあるはずなんだが、中々それが見つからない。今度はリリイが苦笑を零すと、朝日のくわえていた煙草を使って、火をつけた。朝日はその姿を見入るように動きを止めて、ふっと笑みを零す。
「……なんつーか、様になるな。映画のワンシーンみたいだ」
リリイがスタイル抜群の金髪優男だから洋物の映画のワンシーンでありそうだと思うのか、なんてくだらない事を頭の片隅で考える。
――まあ、相手が美女でもない俺じゃ面白くも、かっこ良くもないんだが。
リリイは慣れたように煙草を吸い、ふうと細く煙を吐いた。男から見ても何から何まで嫌味なくらいに格好良い。少し負けたような気がした朝日は何も言わず、自分も吸いかけの煙草を味わった後、携帯灰皿にそれを捨てた。
吸い終わるのを見計らっていたかのように「少し苦いですね……。私の物とはだいぶ違います」と呟かれたリリイの言葉に朝日は興味を示す。彼が一服を終えて、すぐに立ち去ろうとしていたのをリリイは見抜いていたから、こうして引き止めた。
「何を吸ってるんだ?」
「吸いますか?」
「……」
リリイは自身がよく吸う銘柄の煙草を、先ほど朝日が渡した時のように差し向ける。朝日はそれを受け取るよりもまず凝視し、リリイと彼が差し向ける煙草を見比べた。リリイは不思議そうに首を傾げる。
「?」
「いや、昔は俺がいくらせがんでもくれなかったくせに、って思っただけだよ」
過去の記憶を引っ張りだして、朝日は肩をすくめる。
朝日が、リリイに拾われたばかりの頃。
まだリリイが“スノウリリイ”という名前ではなかった頃、同じように幼い子供達から離れて煙草を吸う彼を見つけた時。自身の最悪な父親が似たように煙草を吸っていたのを思い起こして、子供ながらに酷い不快感を抱いたのを覚えている。
『……なにしてんの?』
『おや、朝日。あなたこそどうしたんですか?』
『御国うるせーし、ひまだったからこっち来ただけ』
正直、賑やかな下位吸血鬼の子供達の間にいるのが、気持ち的に苦しかっただけだ。リリイは何も言わずに煙草の火を消して、ただ傍にいてくれた。
リリイが煙草を吸う姿を見るのは、不快だった。父親とも呼びたくない血の繋がっただけの男を、嫌でも思い起こさせる。酷くむせ返るような煙と酒の臭いに混じって、今はもう痕になって痛くはないはずの傷が、痛む気がした。……だけど、こいつも煙草を吸うんだなって真似したくなったのも、本当で。
『リリイ、それ、俺にもくれよ』
『……煙草を、ですか?』
『うん。』
『いけませんよ、朝日にはまだ早い。……毒、みたいなものですからね』
リリイは苦笑して、聞き覚えの悪い子供を諭すように優しく言って聞かせた。
なんで、あんたが毒を吸わなきゃいけないんだ、とも思ったが、朝日は拗ねるだけで言葉にはしなかった。
今となっては馬鹿だと思う子供の頃の話。リリイは聞き覚えの悪い子供に毒だと言って、怖がらせて、その馬鹿な考えを思いとどめたかったんだろう。
「そういえばそんなこともありましたねぇ……あの時の貴方は、まだまだ子供でしたから」
リリイも同じことを思い出したのか、笑って煙草をしまおうとした。
「おい、要らないなんて言ってないだろ」
今となっては、知りたかったんだと思う。吸血鬼だという遠い隣の男の事を。自分を救ってくれた恩人の事を。子供ながらに少しでも知りたかったんだと、思う。
リリイが先ほどのように火を分けてくれようとしたが、朝日は「俺がやっても似合わないしな」と断って、ようやく見つかった自前のライターで火を着けた。リリイが言っていたように、朝日の知るものとはだいぶ違う。吸い込んだ煙も吐いた煙も、やたらと甘い香りがした。朝日の隣で煙草を吸う男も、こんな甘い香りがする。ずっと香水かとも思っていたが、もしかするとあの香りは煙草の残り香なのかもな、と朝日は思った。
「……こんなのもあるんだな。甘い香りがする」
「お嫌いですか?」
「嫌いじゃない、たまには悪くないな、こういうのも」
「ええ、私もです」
助けてもらった命を捨てるにはあまりに申し訳無くて、だから、今日も朝日は毒を体に取り込む。いや、毒だと信じて煙を吸い込む。最低な自分が亡くなる運命の日が、もう少しでも早く訪れることを願って。彼が煙草を吸い始めたのはただそれだけの理由だった。けれど、本当に、たまには、心を休めるためにこうして居るのもいいかもしれない、と朝日は心の片隅で思った。
煙草らしくない甘さと煙草らしい苦さが、いつもとは違うそれぞれに吸われて、吐かれた煙が混ざり合う。
不思議の国の秘密の園には、あまりに似合わない煙はゆっくりと風に煽られるように溶けていった。
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