カムパネルラの肖像
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ある夜。彼女はカウチで眠りに落ちていた。
それを見つけた俺は、起こした方がいいかとその肩に手を伸ばしかけて――、手を止めた。少し迷った後で、その身体に少しも触れないように毛布をそっと掛けておく。
俺はしばらく、椅子に座ってただ彼女の無防備な寝姿を眺めていた。
その寝顔を描いて残して置きたいと思ったが、生憎と画材は手元になく、僅かな月明かりしか頼りの無い今は難しい。
そういえば、俺は誰かをモデルにした肖像画を描いたことは殆どなかった。今まではモデルになってくれる人もいなかったから、大抵は風景画ばかり描いていた。
――もし俺が肖像画を描きたいと言って、彼女にモデルを頼んだら――受け入れてくれるだろうか?
そんなことを考えていると、不意に部屋に入り込んだ夜風が頬を撫でた。視線を向ければ、テラスへ続く部屋の窓が開いていて、薄いカーテンが僅かに揺れている。それに気付いて、俺は眉を顰めた。
鍵も掛けずに眠ってしまうのだから、本当に無用心だと思う。――とはいえ、それは今に始まったことでもない。たまたま鍵を掛け忘れた、という訳でもない。
彼女は元々、こういったことをあまり気に留めない人だった。もし彼女が用心深い人間だったなら放火の前科者がついた男を家に招き、好き勝手に歩かせたりはしなかっただろう。
俺はそれが、彼女にとって良いことだとは思わなかったが。
彼女が身動いで寝返りを打ったので、俺は立ち上がり、煙草を吸うためにテラスへ出た。少し欠けた月が闇を照らす静かな夜だった。
煙草を咥え、ポケットからライターを取り出す。手のひらに伝わる冷たい感触と、銀の蓋を弾く澄んだ音。手元に灯る赤い炎を、ふと眺めた。
――かつて、俺の中の化け物は炎に惹かれていた。火に焦がれる衝動へと身を任せ、燃え上がる情熱のままに絵を描いた。
――それがどういう結果を招いたのかは、今更語るまでもないだろう。
十五年もの長い時間、檻の中に閉じ込められたって罪悪感や反省とは無縁だった。
あの生活は、自らの罪を悔い改めさせるようなものではない。それは俺に限った話ではなく、あの場所に居た誰にとっても同じ事で、ただ長い時間を掛けて自由と尊厳を奪い去られた者達の中に罪を認めようとした者などいなかった。
誰もが心の中では改心だなんて、馬鹿げた話だと思っていた。
こんなものは不条理だとさえ、思っていた。
――だからだろうか?
――だから、俺は赦されなかったのか?
塀の外に出てもなお付き纏う『放火魔』という前科者の烙印。
この街でも既にその噂が広まりつつあるのを俺は知っていた。
放火魔を匿っているらしい、と彼女まで悪く言われていることも知っていた。
火を見つめる――そうして、そのまま蓋を閉めて、火を視界から断ち消した。
見上げた南の空、月明かりの下で微かに息衝く赤い星が静かに燃えている。
彼女はきっと、天国へ行くだろう。
そして、天国の門は罪人には開かれない。
「……」
後悔している。今は、
心の底から罪を犯した日のことを。
それを見つけた俺は、起こした方がいいかとその肩に手を伸ばしかけて――、手を止めた。少し迷った後で、その身体に少しも触れないように毛布をそっと掛けておく。
俺はしばらく、椅子に座ってただ彼女の無防備な寝姿を眺めていた。
その寝顔を描いて残して置きたいと思ったが、生憎と画材は手元になく、僅かな月明かりしか頼りの無い今は難しい。
そういえば、俺は誰かをモデルにした肖像画を描いたことは殆どなかった。今まではモデルになってくれる人もいなかったから、大抵は風景画ばかり描いていた。
――もし俺が肖像画を描きたいと言って、彼女にモデルを頼んだら――受け入れてくれるだろうか?
そんなことを考えていると、不意に部屋に入り込んだ夜風が頬を撫でた。視線を向ければ、テラスへ続く部屋の窓が開いていて、薄いカーテンが僅かに揺れている。それに気付いて、俺は眉を顰めた。
鍵も掛けずに眠ってしまうのだから、本当に無用心だと思う。――とはいえ、それは今に始まったことでもない。たまたま鍵を掛け忘れた、という訳でもない。
彼女は元々、こういったことをあまり気に留めない人だった。もし彼女が用心深い人間だったなら放火の前科者がついた男を家に招き、好き勝手に歩かせたりはしなかっただろう。
俺はそれが、彼女にとって良いことだとは思わなかったが。
彼女が身動いで寝返りを打ったので、俺は立ち上がり、煙草を吸うためにテラスへ出た。少し欠けた月が闇を照らす静かな夜だった。
煙草を咥え、ポケットからライターを取り出す。手のひらに伝わる冷たい感触と、銀の蓋を弾く澄んだ音。手元に灯る赤い炎を、ふと眺めた。
――かつて、俺の中の化け物は炎に惹かれていた。火に焦がれる衝動へと身を任せ、燃え上がる情熱のままに絵を描いた。
――それがどういう結果を招いたのかは、今更語るまでもないだろう。
十五年もの長い時間、檻の中に閉じ込められたって罪悪感や反省とは無縁だった。
あの生活は、自らの罪を悔い改めさせるようなものではない。それは俺に限った話ではなく、あの場所に居た誰にとっても同じ事で、ただ長い時間を掛けて自由と尊厳を奪い去られた者達の中に罪を認めようとした者などいなかった。
誰もが心の中では改心だなんて、馬鹿げた話だと思っていた。
こんなものは不条理だとさえ、思っていた。
――だからだろうか?
――だから、俺は赦されなかったのか?
塀の外に出てもなお付き纏う『放火魔』という前科者の烙印。
この街でも既にその噂が広まりつつあるのを俺は知っていた。
放火魔を匿っているらしい、と彼女まで悪く言われていることも知っていた。
火を見つめる――そうして、そのまま蓋を閉めて、火を視界から断ち消した。
見上げた南の空、月明かりの下で微かに息衝く赤い星が静かに燃えている。
彼女はきっと、天国へ行くだろう。
そして、天国の門は罪人には開かれない。
「……」
後悔している。今は、
心の底から罪を犯した日のことを。