カムパネルラの肖像
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「ライター、ライター……あれ無いな、落としたのかな」
作品制作の最中、一服をしようと取り出した煙草を咥えたまま俺はアトリエを歩き回っていた。服を叩きながら、ライターを探し回っているが見つからない。
「――何してるの?」
聞こえた声に煙草を咥えたまま振り向けば、目が合った。思わず、動きを止めた俺を見た彼女はふ、と息を吐くように笑う。
上着のポケットに入れていた手を出し、「使って」と言った。差し出された手が持っていたのは銀のライターだ。差し出されるままに受け取って、俺はそれを繁々と眺めた。
「よく持ってたねえ」
「私も吸うから、持ち歩いてるのよ」
「……それは知らなかったな」
「たまに、ね。意外だった?」
正直、意外だった。彼女が煙草を吸う姿なんて見たことがなかったから。
……まあきっと、本人が言うとおり『たまに吸う』というだけで、愛煙家というわけでもないのだろう。
曖昧な頷きを返しながら、キャンバスの前に置いた丸椅子へと腰を下ろす。
「悪いね――」
そう断って、親指でライターの蓋を弾いた。慣れた仕草で咥えた煙草を火の先端に近付けて息を吸えば、音と共に燃え移る火。
――カチン、と蓋を閉め、深く煙を吸う。
「……? なんだい」
視線を感じて首を傾げれば、穏やかな笑みを湛える彼女が静かに言う。
「代わりに一本分けてくれない?」
「……喜んで」
そう返して、無造作にポケットに突っ込んでいた煙草の箱を取り出す。
彼女はたまにこうやって、まるで伺いでも立てるように聞いてくるところがあった。
そんな風に頼まなくたって、俺が与えられるものなら何だって彼女にあげたいと思っているのに。
「俺のものは全部君のものだ。俺が描いたものも煙草の一本でさえ全て」
潰れた箱の角を叩き、飛び出た煙草を彼女へと差し向ける。
すると彼女は「それは困るわね」と大して困ってもいなさそうな、悪戯っぽい笑みを浮かべて煙草を抜き取る。その姿に思わず見惚れそうになり、
「――ああ、」
そうだ。これを返さなければ、と彼女を見上げながら俺はライターを差し出そうとした。
その手を、押し止めるように彼女の手が重なる。
「――私、アンタの煙草だから欲しいのよ」
そう言って戯れるように触れ合った煙草の先端、至近距離で見上げた彼女の瞳は星のようだった。
それを遮るように睫毛に縁取られた瞼がそっと下りる。
彼女の意図を察して、そのまま呼吸を合わせるように軽く息を吸い込めば、煙草の先が赤く脈打つように光った。
ゆっくりと寄り添うように燃え移り、やがて離れていく赤を、俺はずっと目で追い続けた。
彼女は片手を腰に置き、煙草を挟んだ片手を口元へと運ぶ堂々たる佇まいで、もう一度ゆっくりと息を吸い込んだ。火が移ったのを確かめると口元を緩めて、ふーっと煙を吐き出す。
彼女が身を離してからも、俺は冷静ぶった表情を保つのが精一杯で燃える煙草を咥えたまま、薄く開いた唇の端から細く煙を吐くことしかできないでいた。
――もしこの場に俺と彼女以外の人間がいたならば、俺はさぞや滑稽な男に見えただろう。
横目に俺を見る彼女の笑みとその仕草が、嫌に扇情的で、取り繕ったように手元のライターへと視線を落とした。火種ならここにあるのに――、胸中に浮かんだそんな考えを見抜いたように彼女の声が静かに降ってくる。
「――それ、あげるわ」
「うん?」
「落としたんでしょ」
「これは、……高いだろう。貰えないよ、君のものだ」
「いいのよ。私が吸いたい時はアンタから貰うから」
彼女はそう言って、指先に挟んだ煙草を見せつけるように持ち上げた。
「煙草も、火もね」
手の中に収まったライターは、俺が普段から使っていた安物の使い捨てライターとは明らかに違う上等なものだ。傷もなく、殆ど新品のようにも見える。
これが、俺に相応しいとは思えない。俺が受け取るには、過分な贈り物だ。……そう思ってはいたが、結局その好意を突き放すことも出来ないでいる俺は彼女の意志に沿う形で、受け取ることにした。
「……そうかい。なら、ありがたく貰っておくよ」
そう返して、指の腹でライターの滑らかな表面を一撫でし、ポケットへと収める。
俺の返答を聞いたからか、どこか満足そうに見える笑みを浮かべた彼女はもう一吸い煙草に口を付け、煙をゆっくりと吐き出して言った。
「――じゃあ、私は少し出かけてくるわ」
「どこへ?」
「街に買い物。何か要るものある?」
「いや、……手伝おうか」
「いいわよ。大した量じゃないし」
そんな会話をした。何となく戸口までついて行き、「いってらっしゃい」と見送れば彼女は少し目を丸くした後、「行ってきます」と目を細めて言った。
彼女に貰った物の重みと存在を確かめるように、ポケットを押さえる。それは確かにそこにあった。
下ろした手の指に挟んだ煙草から細く燻る煙がアトリエに漂って、やがて混ざって消えていく。
作品制作の最中、一服をしようと取り出した煙草を咥えたまま俺はアトリエを歩き回っていた。服を叩きながら、ライターを探し回っているが見つからない。
「――何してるの?」
聞こえた声に煙草を咥えたまま振り向けば、目が合った。思わず、動きを止めた俺を見た彼女はふ、と息を吐くように笑う。
上着のポケットに入れていた手を出し、「使って」と言った。差し出された手が持っていたのは銀のライターだ。差し出されるままに受け取って、俺はそれを繁々と眺めた。
「よく持ってたねえ」
「私も吸うから、持ち歩いてるのよ」
「……それは知らなかったな」
「たまに、ね。意外だった?」
正直、意外だった。彼女が煙草を吸う姿なんて見たことがなかったから。
……まあきっと、本人が言うとおり『たまに吸う』というだけで、愛煙家というわけでもないのだろう。
曖昧な頷きを返しながら、キャンバスの前に置いた丸椅子へと腰を下ろす。
「悪いね――」
そう断って、親指でライターの蓋を弾いた。慣れた仕草で咥えた煙草を火の先端に近付けて息を吸えば、音と共に燃え移る火。
――カチン、と蓋を閉め、深く煙を吸う。
「……? なんだい」
視線を感じて首を傾げれば、穏やかな笑みを湛える彼女が静かに言う。
「代わりに一本分けてくれない?」
「……喜んで」
そう返して、無造作にポケットに突っ込んでいた煙草の箱を取り出す。
彼女はたまにこうやって、まるで伺いでも立てるように聞いてくるところがあった。
そんな風に頼まなくたって、俺が与えられるものなら何だって彼女にあげたいと思っているのに。
「俺のものは全部君のものだ。俺が描いたものも煙草の一本でさえ全て」
潰れた箱の角を叩き、飛び出た煙草を彼女へと差し向ける。
すると彼女は「それは困るわね」と大して困ってもいなさそうな、悪戯っぽい笑みを浮かべて煙草を抜き取る。その姿に思わず見惚れそうになり、
「――ああ、」
そうだ。これを返さなければ、と彼女を見上げながら俺はライターを差し出そうとした。
その手を、押し止めるように彼女の手が重なる。
「――私、アンタの煙草だから欲しいのよ」
そう言って戯れるように触れ合った煙草の先端、至近距離で見上げた彼女の瞳は星のようだった。
それを遮るように睫毛に縁取られた瞼がそっと下りる。
彼女の意図を察して、そのまま呼吸を合わせるように軽く息を吸い込めば、煙草の先が赤く脈打つように光った。
ゆっくりと寄り添うように燃え移り、やがて離れていく赤を、俺はずっと目で追い続けた。
彼女は片手を腰に置き、煙草を挟んだ片手を口元へと運ぶ堂々たる佇まいで、もう一度ゆっくりと息を吸い込んだ。火が移ったのを確かめると口元を緩めて、ふーっと煙を吐き出す。
彼女が身を離してからも、俺は冷静ぶった表情を保つのが精一杯で燃える煙草を咥えたまま、薄く開いた唇の端から細く煙を吐くことしかできないでいた。
――もしこの場に俺と彼女以外の人間がいたならば、俺はさぞや滑稽な男に見えただろう。
横目に俺を見る彼女の笑みとその仕草が、嫌に扇情的で、取り繕ったように手元のライターへと視線を落とした。火種ならここにあるのに――、胸中に浮かんだそんな考えを見抜いたように彼女の声が静かに降ってくる。
「――それ、あげるわ」
「うん?」
「落としたんでしょ」
「これは、……高いだろう。貰えないよ、君のものだ」
「いいのよ。私が吸いたい時はアンタから貰うから」
彼女はそう言って、指先に挟んだ煙草を見せつけるように持ち上げた。
「煙草も、火もね」
手の中に収まったライターは、俺が普段から使っていた安物の使い捨てライターとは明らかに違う上等なものだ。傷もなく、殆ど新品のようにも見える。
これが、俺に相応しいとは思えない。俺が受け取るには、過分な贈り物だ。……そう思ってはいたが、結局その好意を突き放すことも出来ないでいる俺は彼女の意志に沿う形で、受け取ることにした。
「……そうかい。なら、ありがたく貰っておくよ」
そう返して、指の腹でライターの滑らかな表面を一撫でし、ポケットへと収める。
俺の返答を聞いたからか、どこか満足そうに見える笑みを浮かべた彼女はもう一吸い煙草に口を付け、煙をゆっくりと吐き出して言った。
「――じゃあ、私は少し出かけてくるわ」
「どこへ?」
「街に買い物。何か要るものある?」
「いや、……手伝おうか」
「いいわよ。大した量じゃないし」
そんな会話をした。何となく戸口までついて行き、「いってらっしゃい」と見送れば彼女は少し目を丸くした後、「行ってきます」と目を細めて言った。
彼女に貰った物の重みと存在を確かめるように、ポケットを押さえる。それは確かにそこにあった。
下ろした手の指に挟んだ煙草から細く燻る煙がアトリエに漂って、やがて混ざって消えていく。