海を目指して
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それは丁度、画面の奥で王女と記者がスクーターでタンデムする有名なシーンでのことだった。
黙々と映画を眺めてはツマミを口に投げ入れて、時折グラスを傾けていた御名がそういえば、と思い出したように言ったのだ。一度でいいからスクーターに乗ってみたかった、というようなことを。適当に相槌をうって話を聞いていたが、恨み言というには軽い調子で、まあ許してもらえるわけなかったんだけど、と続いたそれがまるで、子どもが夢や憧れを語るような声色だったので弓景は無意識に呟いた。
「バイクならあっけど」
「えっ。弓景、バイク乗るの?」
「おう」
「それって、ちゃんと乗れるやつ……?」
「乗れねーバイクってなんだよ。ちゃんと乗れるわ」
「……!」御名が目を輝かせた。
「……。言っとくけど、運転はさせねーからな?」
「……」
「……」
「……。意味ないじゃないの」
ふん、と鼻を上に逸らして不満げに腕を組む。
映画の中では王女様が一人で運転したスクーターが暴走して突っ込み、警察に捕まる場面だ。弓景の脳内でもバイクに跨がった御名が一瞬、連想するように浮かんだ。似合うだろうなとは思いつつ、その想像を追い出して弓景は缶ビールをあおる。
「ていうかできないだろ。原付の免許すらねーだろ、お前」
「……、……ねーわよ」
「ほらな」
「てことはやっぱり私にとっては乗れねーバイクじゃないの。はーあ、ちょっと喜んで損した気分」
御名はぐりぐりと後頭部を背もたれに押し付けながら不平不満を表した。
有栖院家ではどこへ行くにも家の外に出るには専属運転手によるリムジンでの送迎が当然の扱いだった。有栖院家の子ども達は生まれた頃から貴人の扱いが当たり前だったし、運転免許を取る必要がないどころか、免許取得の許可すら貰えなかった。
ぬか喜びして損した、とばかりに長いため息を吐き出した御名を横目に弓景は「あー……」と言葉を詰まらせる。
「二人乗りすりゃ、乗れるだろ」
「ええ? それって弓景が運転して、私を後ろに乗せてくれるってこと?」
「……、お前がいやじゃなければな」
「はあ? いやなわけないじゃない」
投げやりながらも食い気味な即答に弓景は狼狽える。
「そー、かよ」
すると突然、御名がパッと身体を起こした。何となく顔を見るのが気まずくて視線を逸らそうとしたが、御名が目を見開いてまっすぐに見つめてくるせいで言葉に詰まる。
「え。今の本気? 本当に乗せてくれるの!?」
映画を見るために薄暗くした部屋の、モノクロ映画を映すテレビの頼りない光源が照らす中。満月みたいに丸く、零れそうな瞳が不思議なほど輝いて見えた。
「近……! オイ、近い。離れろって!」
相手が相手なのでズイズイと乗り上げるように距離を詰めてくる御名を無遠慮に押しのけることもできず、弓景はぎこちない動きで更にソファーの端まで追いやられる。
「…………あのな、言っとくけどな。今は無理だぞ」
酒飲んでんだから、と付け足して、あまりの喜びように釘を刺しておく。すぐ行こう!今すぐ行こう! とでも言い出しそうな興奮状態に見えたので。
「分かってる! ……でも本当に明日、乗せてくれる? 約束?」
「わーったわーった、もーしょーがねーから、付き合ってやるよ。明日はどうせオフだし」
元々予定もなかったので我が儘に付き合ってやる時間はある。
いいから下がれ! 戻れ!! 座れ!! と弓景は悲鳴に似た叫びと共に降参を示すように缶を持っていない方の片手を上げた。御名は言質は取ったぞ、とばかりに鼻を鳴らすと大人しく言われるままに座り直す。そして、テレビを眺めながらテーブルへと手を伸ばし、皿からナッツをつまみ上げたと思えば、勿体ぶるような口ぶりで「弓景……」と呟いた。
「お休みなのに予定もないなんて、ヒマなのね」
「……あ?!」
何でこんなに一言多いんだよこいつ。
翌朝……より正確にいうと昼前にリビングのソファーの上で目覚めた弓景は足下に転がっていた携帯で時間を確認し、頭を掻きながら起き上がった。何でこんなところで寝てんだ、と寝ぼけ頭で不思議に思ったところで、テーブルの上に真新しい空き缶をいくつかと使用済みのグラスが目につく。それを見つけた瞬間、ふと鼻先に品のある香水の残り香がよぎり、弓景は急速に昨晩の事を思い出した。
確か、酒飲みながら映画見てて、いつの間にか、寝落ちした……。ていうか昨日……。眉間を押さえ、順を追って記憶を掘り返していた弓景は人の気配を感じて咄嗟に振り返る。
「あ。起きたの」
少し驚くように目を丸くした顔のいい女が、ペットボトルを片手に立っていた。
それを見た弓景が声にならない悲鳴を上げたのは言うまでもない。そして、御名からは「人の顔見ておばけを見たみたいな反応やめてくれる?」と侮蔑混じりの視線を向けられる。弓景は腹の奥まで絞り出すようなクソでかため息を吐きながら、頭を抱えるように手で顔を覆った。
「そー、か…… そーだった……」
コイツがいたんだった。寝起きだからとはいえ、完全に記憶から飛んでた。
驚きからか恐怖からか、早鐘のように鳴っている心臓に痛みを覚える。仕事でどれほど窮地の場面でもここまで脈が上がったことは未だ無かっただろう。
「まだ寝ぼけてるの?」
ぺたぺたと素足でフローリングを歩いてくる御名から臆するように距離を取った弓景を、特段気にした様子もなくソファーに腰を下ろす。キャップを開栓する時の乾いた音、ペットボトルを傾けて飲料を飲む喉の音、それらがやたらとよく耳に入ってきた。一挙一動がよく出来た映画のワンシーンのように映えて見える。
固まっている弓景を不審げに見たあとで、御名が思い出したように言った。
「勝手にシャワー借りたわよ。ていうかこの家ろくな食べ物がなさすぎない?」
自由すぎんだろ。
ちなみに温室育ちのお嬢様基準の生活能力でろくな食べ物がなさすぎなだけだったので、普通にトーストと目玉焼きを作って出したら意外にも文句も言わずによく食べた。
余談だが、弓景は自慢じゃないがどんなに酔っ払って醜態さらしても酔ってた時のことを完璧に覚えているタイプだ。飲み会で写真を撮ってた人間を撲殺リストに突っ込んでトンカチ片手に写真を消しに行く事後対応も万全なタイプ。しかし、昨夜はそんなに飲んでいなかった割に寝落ちする直前のことを殆ど覚えていなかった。かろうじて、明日バイクに乗せてやると御名に約束した事だけは、飯を作ってる最中に辛うじて思い出した。
万が一にも何かあるはずはないが、「昨日は別に何もなかったよな」とは聞けなかった。「は? あるわけないでしょ」と想像の中の御名が顎を突き出すように首を傾げて睨んだ。
弓景がコーヒーを淹れてリビングに戻れば、御名は手についたパンくずを指先を摺り合わせるようにして払いながらニュースを眺めていた。視線はどことなくぼんやりとしている。ニュースを聞き流しながら、コーヒーを飲んでいた弓景はふと思いつくように言った。
「そういや、行きたいところとかあんのか」
「え?」
「バイクでドライブしたいんだろ。乗りたいのはいいけど、どこに行くんだっつー話だよ」
ああ、といまいち要領を得ない声で呟きながら、御名は視線を横に流した。
「弓景はどこでもいいの?」
「あー……日帰りで行けるとこなら、どこでも」
そう返せば、少し考えるように間を置いた。何となくテレビに視線を向けて待っていると、じゃあ、と御名が言う。
「じゃあ、海に行きたい」
弓景をまっすぐと見上げて、笑いかけた。
まさか、海に行きたいなんて言われるとは思ってなかった弓景は一瞬考え込んだ。天気予報のキャスターが、秋らしいさわやかな晴天に恵まれる見込みです、過ごしやすい行楽日和になるでしょうとは言っていても、流石に海は冷えるはずだし、いくらなんでも泳ぐつもりではないだろう。というか何で海。この時期に。
「んー、ダメ?」
「ん、まあ……。いいんじゃねえの」
色々と思うところはあったが、どこでもと言ったこともあり特別却下する理由もなかったので弓景は適当に頷いた。御名は喜んだ。それはもう、端から見ても分かりやすい喜色満面の笑みで。調子のいいハミングを聞きながら、だからもう正直なんでもいいかという気分になっていた。
黙々と映画を眺めてはツマミを口に投げ入れて、時折グラスを傾けていた御名がそういえば、と思い出したように言ったのだ。一度でいいからスクーターに乗ってみたかった、というようなことを。適当に相槌をうって話を聞いていたが、恨み言というには軽い調子で、まあ許してもらえるわけなかったんだけど、と続いたそれがまるで、子どもが夢や憧れを語るような声色だったので弓景は無意識に呟いた。
「バイクならあっけど」
「えっ。弓景、バイク乗るの?」
「おう」
「それって、ちゃんと乗れるやつ……?」
「乗れねーバイクってなんだよ。ちゃんと乗れるわ」
「……!」御名が目を輝かせた。
「……。言っとくけど、運転はさせねーからな?」
「……」
「……」
「……。意味ないじゃないの」
ふん、と鼻を上に逸らして不満げに腕を組む。
映画の中では王女様が一人で運転したスクーターが暴走して突っ込み、警察に捕まる場面だ。弓景の脳内でもバイクに跨がった御名が一瞬、連想するように浮かんだ。似合うだろうなとは思いつつ、その想像を追い出して弓景は缶ビールをあおる。
「ていうかできないだろ。原付の免許すらねーだろ、お前」
「……、……ねーわよ」
「ほらな」
「てことはやっぱり私にとっては乗れねーバイクじゃないの。はーあ、ちょっと喜んで損した気分」
御名はぐりぐりと後頭部を背もたれに押し付けながら不平不満を表した。
有栖院家ではどこへ行くにも家の外に出るには専属運転手によるリムジンでの送迎が当然の扱いだった。有栖院家の子ども達は生まれた頃から貴人の扱いが当たり前だったし、運転免許を取る必要がないどころか、免許取得の許可すら貰えなかった。
ぬか喜びして損した、とばかりに長いため息を吐き出した御名を横目に弓景は「あー……」と言葉を詰まらせる。
「二人乗りすりゃ、乗れるだろ」
「ええ? それって弓景が運転して、私を後ろに乗せてくれるってこと?」
「……、お前がいやじゃなければな」
「はあ? いやなわけないじゃない」
投げやりながらも食い気味な即答に弓景は狼狽える。
「そー、かよ」
すると突然、御名がパッと身体を起こした。何となく顔を見るのが気まずくて視線を逸らそうとしたが、御名が目を見開いてまっすぐに見つめてくるせいで言葉に詰まる。
「え。今の本気? 本当に乗せてくれるの!?」
映画を見るために薄暗くした部屋の、モノクロ映画を映すテレビの頼りない光源が照らす中。満月みたいに丸く、零れそうな瞳が不思議なほど輝いて見えた。
「近……! オイ、近い。離れろって!」
相手が相手なのでズイズイと乗り上げるように距離を詰めてくる御名を無遠慮に押しのけることもできず、弓景はぎこちない動きで更にソファーの端まで追いやられる。
「…………あのな、言っとくけどな。今は無理だぞ」
酒飲んでんだから、と付け足して、あまりの喜びように釘を刺しておく。すぐ行こう!今すぐ行こう! とでも言い出しそうな興奮状態に見えたので。
「分かってる! ……でも本当に明日、乗せてくれる? 約束?」
「わーったわーった、もーしょーがねーから、付き合ってやるよ。明日はどうせオフだし」
元々予定もなかったので我が儘に付き合ってやる時間はある。
いいから下がれ! 戻れ!! 座れ!! と弓景は悲鳴に似た叫びと共に降参を示すように缶を持っていない方の片手を上げた。御名は言質は取ったぞ、とばかりに鼻を鳴らすと大人しく言われるままに座り直す。そして、テレビを眺めながらテーブルへと手を伸ばし、皿からナッツをつまみ上げたと思えば、勿体ぶるような口ぶりで「弓景……」と呟いた。
「お休みなのに予定もないなんて、ヒマなのね」
「……あ?!」
何でこんなに一言多いんだよこいつ。
翌朝……より正確にいうと昼前にリビングのソファーの上で目覚めた弓景は足下に転がっていた携帯で時間を確認し、頭を掻きながら起き上がった。何でこんなところで寝てんだ、と寝ぼけ頭で不思議に思ったところで、テーブルの上に真新しい空き缶をいくつかと使用済みのグラスが目につく。それを見つけた瞬間、ふと鼻先に品のある香水の残り香がよぎり、弓景は急速に昨晩の事を思い出した。
確か、酒飲みながら映画見てて、いつの間にか、寝落ちした……。ていうか昨日……。眉間を押さえ、順を追って記憶を掘り返していた弓景は人の気配を感じて咄嗟に振り返る。
「あ。起きたの」
少し驚くように目を丸くした顔のいい女が、ペットボトルを片手に立っていた。
それを見た弓景が声にならない悲鳴を上げたのは言うまでもない。そして、御名からは「人の顔見ておばけを見たみたいな反応やめてくれる?」と侮蔑混じりの視線を向けられる。弓景は腹の奥まで絞り出すようなクソでかため息を吐きながら、頭を抱えるように手で顔を覆った。
「そー、か…… そーだった……」
コイツがいたんだった。寝起きだからとはいえ、完全に記憶から飛んでた。
驚きからか恐怖からか、早鐘のように鳴っている心臓に痛みを覚える。仕事でどれほど窮地の場面でもここまで脈が上がったことは未だ無かっただろう。
「まだ寝ぼけてるの?」
ぺたぺたと素足でフローリングを歩いてくる御名から臆するように距離を取った弓景を、特段気にした様子もなくソファーに腰を下ろす。キャップを開栓する時の乾いた音、ペットボトルを傾けて飲料を飲む喉の音、それらがやたらとよく耳に入ってきた。一挙一動がよく出来た映画のワンシーンのように映えて見える。
固まっている弓景を不審げに見たあとで、御名が思い出したように言った。
「勝手にシャワー借りたわよ。ていうかこの家ろくな食べ物がなさすぎない?」
自由すぎんだろ。
ちなみに温室育ちのお嬢様基準の生活能力でろくな食べ物がなさすぎなだけだったので、普通にトーストと目玉焼きを作って出したら意外にも文句も言わずによく食べた。
余談だが、弓景は自慢じゃないがどんなに酔っ払って醜態さらしても酔ってた時のことを完璧に覚えているタイプだ。飲み会で写真を撮ってた人間を撲殺リストに突っ込んでトンカチ片手に写真を消しに行く事後対応も万全なタイプ。しかし、昨夜はそんなに飲んでいなかった割に寝落ちする直前のことを殆ど覚えていなかった。かろうじて、明日バイクに乗せてやると御名に約束した事だけは、飯を作ってる最中に辛うじて思い出した。
万が一にも何かあるはずはないが、「昨日は別に何もなかったよな」とは聞けなかった。「は? あるわけないでしょ」と想像の中の御名が顎を突き出すように首を傾げて睨んだ。
弓景がコーヒーを淹れてリビングに戻れば、御名は手についたパンくずを指先を摺り合わせるようにして払いながらニュースを眺めていた。視線はどことなくぼんやりとしている。ニュースを聞き流しながら、コーヒーを飲んでいた弓景はふと思いつくように言った。
「そういや、行きたいところとかあんのか」
「え?」
「バイクでドライブしたいんだろ。乗りたいのはいいけど、どこに行くんだっつー話だよ」
ああ、といまいち要領を得ない声で呟きながら、御名は視線を横に流した。
「弓景はどこでもいいの?」
「あー……日帰りで行けるとこなら、どこでも」
そう返せば、少し考えるように間を置いた。何となくテレビに視線を向けて待っていると、じゃあ、と御名が言う。
「じゃあ、海に行きたい」
弓景をまっすぐと見上げて、笑いかけた。
まさか、海に行きたいなんて言われるとは思ってなかった弓景は一瞬考え込んだ。天気予報のキャスターが、秋らしいさわやかな晴天に恵まれる見込みです、過ごしやすい行楽日和になるでしょうとは言っていても、流石に海は冷えるはずだし、いくらなんでも泳ぐつもりではないだろう。というか何で海。この時期に。
「んー、ダメ?」
「ん、まあ……。いいんじゃねえの」
色々と思うところはあったが、どこでもと言ったこともあり特別却下する理由もなかったので弓景は適当に頷いた。御名は喜んだ。それはもう、端から見ても分かりやすい喜色満面の笑みで。調子のいいハミングを聞きながら、だからもう正直なんでもいいかという気分になっていた。