灰色の空
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
11.不確かな約束
教団を包む夜気は、日に日にその鋭さを増していた。
千年伯爵の暗躍に呼応するようにアクマの活動が激化し、エクソシストたちは眠る間も惜しんで世界中を駆け巡っている。
アレン・ウォーカーもまた、その荒波の中にいた。
連日の外征任務。泥にまみれ、アクマの断末魔を浴び続ける過酷な戦場。移動中の馬車に揺られながら、アレンは幾度となく、自身の左手を眺めては無意識に指を食い込ませていた。
(……会いたい。…)
心の奥底で澱のように溜まっていく、どろりとした執着。〇〇と最後に会ってからもう2ヶ月が経とうとしていた。
自分がいない場所で、彼女は今、何をして何を思っているのか。そんな想像をするたびに、アレンの胸のうちは焦燥で焼き尽くされそうになる。彼の中の「聖者」の仮面は、会えない時間の長さに比例して、内側からボロボロと剥がれ落ちそうになっていた。
任務地へ向かう途上の船上で、アレンはラビに声をかけられた。
「アレン、随分とご機嫌ななめじゃん?」
「……ちょっと疲れてるだけです」
「どーせ〇〇ちゃん不足なんだろ? 合間ぬって会いに行っちゃえばいいんさー」
「……別に。彼女も任務なんですから、そうもいかないですよ」
吐き捨てるように返すアレンに、素直じゃないさー、
と笑うラビはさらにニヤリと口角を上げる。
「そういえば〇〇ちゃん、最近周りの連中とも打ち解けてきたみてェでよ、こないだ他の団員と楽しそうに笑って話してんの見てさー、なんかオレ嬉しくなっちゃったさ」
ピキ、アレンの中で、何かが音を立てて鳴った。
そんなアレンをラビは悪びれもなく、むしろ楽しんでいる様子で眺めながら心の中で呟いた。
(…早く自分のものにしちまえばいいのに……)
苛立ちと焦燥感が膨れ上がる。だが、彼はそれ以上の言葉を無理やり飲み込んだ。今はただ、この苛立ちを、目の前のアクマを破壊するためだけのエネルギーに転換するしかない。
アレンはこみ上げる感情を、重いため息とともに無理やり胸の奥へ押し殺した。そして、次の任務地へと向かうべく、重い腰を上げて甲板へと踏み出していった。
………
一方、〇〇もまた、かつてないほど多忙な日々に身を投じていた。
リナリーとの共同任務。不慣れな土地での過酷な移動と、止まることのない仕事。心身ともにすり減り、泥のように疲れ果てる日々を送っていた。
任務の合間、立ち寄った宿屋でのつかの間の休息。リナリーが、湯気の立つカップを手に、隣で小さく息をついた。
「……はぁ…疲れたね……。今回の任務、思っていたより長引いちゃった」
「…そうだね…でも、リナリーがいてくれて良かった」
ふふ、と笑いながらリナリーは〇〇に問いかける。
「そういえば、アレンくんとは最近会えてる?」
唐突な問いに、〇〇は一瞬、言葉を詰まらせた。
「……いや……全然。任務が重なっちゃってて…もうだいぶ会ってないかな」
「…… 〇〇はさ、アレンくんの恋人になりたいとか、思ったりしないの?」
"恋人"
その響きを耳にした瞬間、〇〇の心臓が跳ねた。
「…まさか、そんな…! 私なんて……。今はまだ、そんな風に考えたこともないよ…!いつかは、気持ちを伝えたい…とは思う……けど」
言葉を詰まらせながら答えた。けれど、一度投げ込まれたその言葉は、消えずに胸の奥に居座った。アレンの隣を、胸を張って歩く「恋人」という存在。それは今の自分にはあまりに眩しすぎて、直視することさえ恐ろしい。
「……たまに姿を見られれば、それで幸せなんだよね…」
「…そっか、…無理強いはしないけど……。でも、アレンくん寂しがってるんじゃないかな。」
リナリーの少し心配そうな独り言を、〇〇は「まさか」と笑って受け流した。
………
それから7日後の深夜。
アレンは、遠征任務を終え次の任務に出向く準備のために一時的に教団へ帰還していた。
泥のような疲労。 身体のあちこちが痛む中、ようやくこれまでの報告を終えたアレンは、食堂の椅子に深く腰掛けたまま、眠ってしまっていた。
そこへ、同じく任務から戻ったばかりの〇〇が通りかかった。
(……アレン、さん……?)
息を呑み、足音を殺して近づく。
薄明かりの中で見る、疲れた彼の寝顔。彫刻のように整った輪郭に、長い睫毛が落とす繊細な影。
あまりの美しさに、〇〇の心臓がトクン、と大きく跳ねた。
「……きれい……」
無意識に零れた、感嘆の声。
誘われるように、そっとその頬に手を伸ばした——その時だった。
ガシッ、と。
驚くほど強い力で手首を掴まれ、〇〇は短く悲鳴を上げた。
「……何、しようとしてたんですか。〇〇さん」
開かれたアレンの瞳は、どこか疲れを感じさせるものの真っ直ぐ〇〇を捉えていた。
「あっあっ、あの……っ! お疲れかなって、思って……っ」
すみません…と言いながら慌てふためく〇〇を、アレンは優しく見つめる。
彼はゆっくりと身体を起こすと、掴んだ手首を離さないまま、至近距離で意地悪な、けれど微笑みを浮かべた。
「お疲れ様です。……最近忙しくて、全然会えませんでしたね。」
「そう、ですね……」
視線を外しながら応える〇〇に、アレンは続けて言った。
「…僕に会えなくて寂しかったんじゃないですか? 」
皮肉を混ぜた、余裕たっぷりな言葉。
彼女がまた顔を赤くしてあたふたするのを眺めてやろうと思っていたのだ。
だが。
「……はい。……すごく、会いたかったです、アレンさん…」
予想だにしない、真っ直ぐな、あまりに純粋な瞳。
誤魔化しも、計算も、照れ隠しすらもないその直球の言葉は、アレンが溜め込んできた嫉妬も、イライラも、一瞬で真っ白に浄化してしまった。
「……え、」
完璧だったはずの「紳士の仮面」が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。アレンは面食らって言葉を失い、一気に耳まで真っ赤に染め上げた。
あまりに素直な彼女の肯定。戦いで摩耗し、冷え切っていた心が、その一言で一気に解けていくのを感じた。
「……っ。……ぼ、僕も……会いたかったです…とても…」
たじろぎながら、けれど絞り出すようにそう返すと、アレンはようやく自分を取り戻したように、ふわりと微笑んだ。
「やっと……会えましたね」
その微笑みは、いつもの作り物ではない、安堵が滲み出た本当の笑顔だった。手首を掴んだ手は、いつの間にか優しくその手を包み込む形に変わっていた。
熱を持った掌。それに気づいたアレンが、ハッとして指を離しかける。
「あっ、すみません……っ」
「いえ……っ」
俯いて照れる〇〇。その拍子に、彼女の指先が小さく震えるのが伝わった。
アレンは、離しかけた手を止める。
……もう少しだけ。この温もりに、触れていたい。
「……やっぱ……もう少しだけ、こうしていてもいいですか?」
「え……っ」
驚いて顔を上げる〇〇に、アレンはどこか縋るような、切ない瞳を向けていた。
「……は、はい……」
そう答えるのが精一杯だった。
アレンが、〇〇の手を優しく、包み込むように握り直す。〇〇の脳裏には、先日のリナリーの言葉が不意に蘇った。
(恋人……。恋人同士って、こういう風に、手を繋いで歩いたりするのかな……)
そんな妄想が頭を掠め、心臓が爆発しそうになる。
〇〇がそんな妄想をしているとはつゆ知らず、アレンは名残惜しそうにその手を離して言った。
「……おかげで元気出ました。ありがとうございます」
アレンはそう言うと、今度はいつもの紳士的な、けれど心からの温かさがこもった笑顔を浮かべた。
「私も……ありがとうございました」
〇〇は少し迷った後、決心して口を開いた。
「……実は、アレンさんが前にくれたお花……ジョニーとリーバー班長に相談して枯れないよう加工してもらったんです。自室に戻る度に眺めてて……それを見ると、どんなに大変な任務でも、不思議と元気になれるから」
アレンはその事実を知っていたが、改めて彼女の口から伝えられたその言葉が、愛おしくてたまらなかった。
「……そんなに、大事にしてくれてたんですね」
へへ…と照れたように笑って俯く〇〇を見てアレンは決心したように言った。
「……また、何か。次はもっと、あなたの手元にずっと残るものをプレゼントさせてください」
……
まだしばらく、忙しい日々は続く。
けれど、この夜の不確かな、けれど確かな温もりを宿した約束が、それぞれの戦場を生き抜くための、何よりの糧となった。
11.不確かな約束 fin
教団を包む夜気は、日に日にその鋭さを増していた。
千年伯爵の暗躍に呼応するようにアクマの活動が激化し、エクソシストたちは眠る間も惜しんで世界中を駆け巡っている。
アレン・ウォーカーもまた、その荒波の中にいた。
連日の外征任務。泥にまみれ、アクマの断末魔を浴び続ける過酷な戦場。移動中の馬車に揺られながら、アレンは幾度となく、自身の左手を眺めては無意識に指を食い込ませていた。
(……会いたい。…)
心の奥底で澱のように溜まっていく、どろりとした執着。〇〇と最後に会ってからもう2ヶ月が経とうとしていた。
自分がいない場所で、彼女は今、何をして何を思っているのか。そんな想像をするたびに、アレンの胸のうちは焦燥で焼き尽くされそうになる。彼の中の「聖者」の仮面は、会えない時間の長さに比例して、内側からボロボロと剥がれ落ちそうになっていた。
任務地へ向かう途上の船上で、アレンはラビに声をかけられた。
「アレン、随分とご機嫌ななめじゃん?」
「……ちょっと疲れてるだけです」
「どーせ〇〇ちゃん不足なんだろ? 合間ぬって会いに行っちゃえばいいんさー」
「……別に。彼女も任務なんですから、そうもいかないですよ」
吐き捨てるように返すアレンに、素直じゃないさー、
と笑うラビはさらにニヤリと口角を上げる。
「そういえば〇〇ちゃん、最近周りの連中とも打ち解けてきたみてェでよ、こないだ他の団員と楽しそうに笑って話してんの見てさー、なんかオレ嬉しくなっちゃったさ」
ピキ、アレンの中で、何かが音を立てて鳴った。
そんなアレンをラビは悪びれもなく、むしろ楽しんでいる様子で眺めながら心の中で呟いた。
(…早く自分のものにしちまえばいいのに……)
苛立ちと焦燥感が膨れ上がる。だが、彼はそれ以上の言葉を無理やり飲み込んだ。今はただ、この苛立ちを、目の前のアクマを破壊するためだけのエネルギーに転換するしかない。
アレンはこみ上げる感情を、重いため息とともに無理やり胸の奥へ押し殺した。そして、次の任務地へと向かうべく、重い腰を上げて甲板へと踏み出していった。
………
一方、〇〇もまた、かつてないほど多忙な日々に身を投じていた。
リナリーとの共同任務。不慣れな土地での過酷な移動と、止まることのない仕事。心身ともにすり減り、泥のように疲れ果てる日々を送っていた。
任務の合間、立ち寄った宿屋でのつかの間の休息。リナリーが、湯気の立つカップを手に、隣で小さく息をついた。
「……はぁ…疲れたね……。今回の任務、思っていたより長引いちゃった」
「…そうだね…でも、リナリーがいてくれて良かった」
ふふ、と笑いながらリナリーは〇〇に問いかける。
「そういえば、アレンくんとは最近会えてる?」
唐突な問いに、〇〇は一瞬、言葉を詰まらせた。
「……いや……全然。任務が重なっちゃってて…もうだいぶ会ってないかな」
「…… 〇〇はさ、アレンくんの恋人になりたいとか、思ったりしないの?」
"恋人"
その響きを耳にした瞬間、〇〇の心臓が跳ねた。
「…まさか、そんな…! 私なんて……。今はまだ、そんな風に考えたこともないよ…!いつかは、気持ちを伝えたい…とは思う……けど」
言葉を詰まらせながら答えた。けれど、一度投げ込まれたその言葉は、消えずに胸の奥に居座った。アレンの隣を、胸を張って歩く「恋人」という存在。それは今の自分にはあまりに眩しすぎて、直視することさえ恐ろしい。
「……たまに姿を見られれば、それで幸せなんだよね…」
「…そっか、…無理強いはしないけど……。でも、アレンくん寂しがってるんじゃないかな。」
リナリーの少し心配そうな独り言を、〇〇は「まさか」と笑って受け流した。
………
それから7日後の深夜。
アレンは、遠征任務を終え次の任務に出向く準備のために一時的に教団へ帰還していた。
泥のような疲労。 身体のあちこちが痛む中、ようやくこれまでの報告を終えたアレンは、食堂の椅子に深く腰掛けたまま、眠ってしまっていた。
そこへ、同じく任務から戻ったばかりの〇〇が通りかかった。
(……アレン、さん……?)
息を呑み、足音を殺して近づく。
薄明かりの中で見る、疲れた彼の寝顔。彫刻のように整った輪郭に、長い睫毛が落とす繊細な影。
あまりの美しさに、〇〇の心臓がトクン、と大きく跳ねた。
「……きれい……」
無意識に零れた、感嘆の声。
誘われるように、そっとその頬に手を伸ばした——その時だった。
ガシッ、と。
驚くほど強い力で手首を掴まれ、〇〇は短く悲鳴を上げた。
「……何、しようとしてたんですか。〇〇さん」
開かれたアレンの瞳は、どこか疲れを感じさせるものの真っ直ぐ〇〇を捉えていた。
「あっあっ、あの……っ! お疲れかなって、思って……っ」
すみません…と言いながら慌てふためく〇〇を、アレンは優しく見つめる。
彼はゆっくりと身体を起こすと、掴んだ手首を離さないまま、至近距離で意地悪な、けれど微笑みを浮かべた。
「お疲れ様です。……最近忙しくて、全然会えませんでしたね。」
「そう、ですね……」
視線を外しながら応える〇〇に、アレンは続けて言った。
「…僕に会えなくて寂しかったんじゃないですか? 」
皮肉を混ぜた、余裕たっぷりな言葉。
彼女がまた顔を赤くしてあたふたするのを眺めてやろうと思っていたのだ。
だが。
「……はい。……すごく、会いたかったです、アレンさん…」
予想だにしない、真っ直ぐな、あまりに純粋な瞳。
誤魔化しも、計算も、照れ隠しすらもないその直球の言葉は、アレンが溜め込んできた嫉妬も、イライラも、一瞬で真っ白に浄化してしまった。
「……え、」
完璧だったはずの「紳士の仮面」が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。アレンは面食らって言葉を失い、一気に耳まで真っ赤に染め上げた。
あまりに素直な彼女の肯定。戦いで摩耗し、冷え切っていた心が、その一言で一気に解けていくのを感じた。
「……っ。……ぼ、僕も……会いたかったです…とても…」
たじろぎながら、けれど絞り出すようにそう返すと、アレンはようやく自分を取り戻したように、ふわりと微笑んだ。
「やっと……会えましたね」
その微笑みは、いつもの作り物ではない、安堵が滲み出た本当の笑顔だった。手首を掴んだ手は、いつの間にか優しくその手を包み込む形に変わっていた。
熱を持った掌。それに気づいたアレンが、ハッとして指を離しかける。
「あっ、すみません……っ」
「いえ……っ」
俯いて照れる〇〇。その拍子に、彼女の指先が小さく震えるのが伝わった。
アレンは、離しかけた手を止める。
……もう少しだけ。この温もりに、触れていたい。
「……やっぱ……もう少しだけ、こうしていてもいいですか?」
「え……っ」
驚いて顔を上げる〇〇に、アレンはどこか縋るような、切ない瞳を向けていた。
「……は、はい……」
そう答えるのが精一杯だった。
アレンが、〇〇の手を優しく、包み込むように握り直す。〇〇の脳裏には、先日のリナリーの言葉が不意に蘇った。
(恋人……。恋人同士って、こういう風に、手を繋いで歩いたりするのかな……)
そんな妄想が頭を掠め、心臓が爆発しそうになる。
〇〇がそんな妄想をしているとはつゆ知らず、アレンは名残惜しそうにその手を離して言った。
「……おかげで元気出ました。ありがとうございます」
アレンはそう言うと、今度はいつもの紳士的な、けれど心からの温かさがこもった笑顔を浮かべた。
「私も……ありがとうございました」
〇〇は少し迷った後、決心して口を開いた。
「……実は、アレンさんが前にくれたお花……ジョニーとリーバー班長に相談して枯れないよう加工してもらったんです。自室に戻る度に眺めてて……それを見ると、どんなに大変な任務でも、不思議と元気になれるから」
アレンはその事実を知っていたが、改めて彼女の口から伝えられたその言葉が、愛おしくてたまらなかった。
「……そんなに、大事にしてくれてたんですね」
へへ…と照れたように笑って俯く〇〇を見てアレンは決心したように言った。
「……また、何か。次はもっと、あなたの手元にずっと残るものをプレゼントさせてください」
……
まだしばらく、忙しい日々は続く。
けれど、この夜の不確かな、けれど確かな温もりを宿した約束が、それぞれの戦場を生き抜くための、何よりの糧となった。
11.不確かな約束 fin