灰色の空
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10.ジレンマ
冷たい雨が降る任務地。
エクソシスト、神田ユウの背後で、〇〇は影のように動いていた。
「……南、三体。……私が、足止めを」
「チッ、勝手にしろ。……遅れるなよ」
短い言葉。それだけで十分だった。
神田は〇〇を「守るべき存在」とも「気遣うべき仲間」とも思っていない。ただ、そこに在る「戦力」として、冷徹に、平等に扱っている。
(……楽だ。……本当に、この人といるのは)
アレンの前にいる時のように、心臓がうるさく跳ねることもない。団員たちに囲まれる時のように、愛想笑いを探す必要もない。
神田の放つ剣気は鋭く、冷たい。
けれど、その「色」のない世界こそが、傷ついた〇〇には最高の安息地だった。
神田としても、隣で動くこのファインダーを、他の「群れる連中」よりはマシだと感じていた。
(……少しは、使えるようになったか)
神田は背後を一度も振り返ることなく、最短距離で任務を完遂させたのだった。
…………
数日後の教団本部。
「いやぁ、素晴らしい! 記録的な速さだよ、二人とも! まさかこれほど相性がいいなんて、新しい名コンビ誕生だね!」
コムイが手放しで賞賛する。その傍らで、神田は忌々しそうに鼻を鳴らした。
「……チッ、どうでもいい。……報告は済んだ。行くぞ」
〇〇もまた、感情を押し殺した顔で会釈し、神田の後に続いた。
…
「神田さん、お疲れ様でした」
「…あぁ」
最低限の会話のみで神田と別れそれぞれ次の行先へ向かった。
二人と入れ違いになり、アレンが執務室のドアを開けると、中ではコムイが上機嫌に書類をまとめていた。
「いやぁ、アレンくん! 聞いたかい?神田と〇〇のコンビ、素晴らしい速さで任務を解決してきたよ!アレンくんと〇〇のコンビに次ぐナイスコンビ誕生だねぇ!」
何も知らないコムイの、あまりにも空気の読めない発言に、その場にいたリナリー、リーバーのふたりは慌てた。
「ちょっと、兄さん…!」
「室長…」
アレンの背中から立ち上る、尋常ではない冷気に、リーバーは思わず首筋をさすった。
「はは……それは、よかったですね。神田と〇〇が、そんなに『相性』が良かったなんて。」
アレンの口角は完璧な角度で上がっている。だが、その瞳の奥には、教団の地下室よりも深い闇が渦巻いていた。
「そうだろう! あの神田が文句も言わずに任務を完遂させるなんて、〇〇のサポートがよほど完璧だった証拠だよ。アレンくんもうかうかしてられないねぇ!」
「兄さん、もうそのくらいに……!」
リナリーが必死に袖を引くが、コムイは「おや、アレンくん? どこへ行くんだい?」と、足早に部屋を出ようとする背中に声をかける。
「……少し、体が鈍っているみたいなので。…… 〇〇さんと『相性のいい』神田に、手合わせでもお願いしてきますよ」
バタン、と重々しい音を立ててドアが閉まった。
残されたリーバーは、深く、深くため息をついて、机に突っ伏した。
「……室長。アンタ、あとで絶対に後悔しますよ」
「えぇ? なんでだい?」
「もう…兄さんたら…」
…………
静まり返った鍛錬場に、鋭い風を切る音だけが響いている。神田は上半身裸のまま、六幻を振るっていた。その肌を伝う汗が、冷たい空気の中で白く煙っている。
そこへ、ゆっくりとした足音が近づいた。
「……何の用だ。モヤシ」
「お疲れ様です、神田。……彼女との任務、随分とスムーズに進んだそうですね」
神田は足を止め、忌々しそうにアレンを睨みつけ舌打ちした。
「……チッ」
神田は、アレンの瞳の奥に宿る、どろりとした執着を敏感に察して言った。
「……フン。……他の無能な連中よりは、マシだな」
滅多に人を褒めることがない神田にしてみれば、それは彼なりの最大級の評価だった。けれど、その「信頼」こそが、アレンの心に深い爪を立てた。
アレンは、張り付いた笑顔のまま低く囁いた。
「……そうですか。ですが、あまり彼女を使い潰さないでいただけますか? ……彼女、僕にとっては、とても『特別』な人ですから」
「…どうでもいいが……一丁前に、独占欲出してんじゃねェよ。……反吐が出る」
神田は吐き捨てるように言い残し、去っていった。
……
その日の夜、アレンは自室で、暗い天井を仰いでいた。
食堂の隅で一人、誰とも目を合わせず「死神」と呼ばれていた頃の〇〇なら、自分だけがその懐に入り込む隙を伺えばよかった。
だが、最近の彼女はどうだ。
「…… 〇〇さん。先日の任務、お疲れ様でした。……あ、これ、報告書の予備です」
「……あ、ありがとうございます。……助かります」
廊下の向こうで、にこやかとはいかないものの、団員と穏やかに言葉を交わす〇〇の姿。
以前まで彼女を怖がっていた団員たちは、ここ最近の彼女の人間味あふれる一面を知りつつあり、おそるおそる距離を詰め始めていた。
彼女が明るさを取り戻し、笑顔を見せるようになることは、むしろ望んだはずの変化だ。それなのに、その変化が自分以外の人間との交流にまで及んでいる事実に、胸の奥が焼けるように疼く。
(……不愉快だ。……自分でも驚くほどに)
先日、彼女が「花を枯らしたくない」と泣きそうな顔で訴えたと聞いた時。
あの時、胸の奥を満たしたのは、苦しくなってしまうほどの愛おしい気持ち。
あんなに、僕が贈ったものを大切にしてくれるのか。
僕にしか見せない顔を、また一つ手に入れた。
僕だけが彼女を…。
そう思っていたのに。
かつて抱いていた「まどろっこしさを楽しもう」なんて余裕は、もはや影も形もない。
(……このままでは、彼女は僕の知らないところへ行ってしまう)
誰にも渡したくない。
あの、花を慈しむような優しい瞳も、あたふたと赤くなる愛らしい反応も。
いっそ、彼女を閉じ込めて、自分だけがその色彩を独占することができたら…。
(彼女の凍りついた心を溶かしたのは、僕なのに…)
アレンは、大きなため息を着いて自分の手のひらを虚空に向けて握りしめた。
聖者の皮を剥いだその下で、真っ黒な感情が静かに、けれど確実に、獲物を捕らえるための網を広げ始めていた。
10:ジレンマ fin
冷たい雨が降る任務地。
エクソシスト、神田ユウの背後で、〇〇は影のように動いていた。
「……南、三体。……私が、足止めを」
「チッ、勝手にしろ。……遅れるなよ」
短い言葉。それだけで十分だった。
神田は〇〇を「守るべき存在」とも「気遣うべき仲間」とも思っていない。ただ、そこに在る「戦力」として、冷徹に、平等に扱っている。
(……楽だ。……本当に、この人といるのは)
アレンの前にいる時のように、心臓がうるさく跳ねることもない。団員たちに囲まれる時のように、愛想笑いを探す必要もない。
神田の放つ剣気は鋭く、冷たい。
けれど、その「色」のない世界こそが、傷ついた〇〇には最高の安息地だった。
神田としても、隣で動くこのファインダーを、他の「群れる連中」よりはマシだと感じていた。
(……少しは、使えるようになったか)
神田は背後を一度も振り返ることなく、最短距離で任務を完遂させたのだった。
…………
数日後の教団本部。
「いやぁ、素晴らしい! 記録的な速さだよ、二人とも! まさかこれほど相性がいいなんて、新しい名コンビ誕生だね!」
コムイが手放しで賞賛する。その傍らで、神田は忌々しそうに鼻を鳴らした。
「……チッ、どうでもいい。……報告は済んだ。行くぞ」
〇〇もまた、感情を押し殺した顔で会釈し、神田の後に続いた。
…
「神田さん、お疲れ様でした」
「…あぁ」
最低限の会話のみで神田と別れそれぞれ次の行先へ向かった。
二人と入れ違いになり、アレンが執務室のドアを開けると、中ではコムイが上機嫌に書類をまとめていた。
「いやぁ、アレンくん! 聞いたかい?神田と〇〇のコンビ、素晴らしい速さで任務を解決してきたよ!アレンくんと〇〇のコンビに次ぐナイスコンビ誕生だねぇ!」
何も知らないコムイの、あまりにも空気の読めない発言に、その場にいたリナリー、リーバーのふたりは慌てた。
「ちょっと、兄さん…!」
「室長…」
アレンの背中から立ち上る、尋常ではない冷気に、リーバーは思わず首筋をさすった。
「はは……それは、よかったですね。神田と〇〇が、そんなに『相性』が良かったなんて。」
アレンの口角は完璧な角度で上がっている。だが、その瞳の奥には、教団の地下室よりも深い闇が渦巻いていた。
「そうだろう! あの神田が文句も言わずに任務を完遂させるなんて、〇〇のサポートがよほど完璧だった証拠だよ。アレンくんもうかうかしてられないねぇ!」
「兄さん、もうそのくらいに……!」
リナリーが必死に袖を引くが、コムイは「おや、アレンくん? どこへ行くんだい?」と、足早に部屋を出ようとする背中に声をかける。
「……少し、体が鈍っているみたいなので。…… 〇〇さんと『相性のいい』神田に、手合わせでもお願いしてきますよ」
バタン、と重々しい音を立ててドアが閉まった。
残されたリーバーは、深く、深くため息をついて、机に突っ伏した。
「……室長。アンタ、あとで絶対に後悔しますよ」
「えぇ? なんでだい?」
「もう…兄さんたら…」
…………
静まり返った鍛錬場に、鋭い風を切る音だけが響いている。神田は上半身裸のまま、六幻を振るっていた。その肌を伝う汗が、冷たい空気の中で白く煙っている。
そこへ、ゆっくりとした足音が近づいた。
「……何の用だ。モヤシ」
「お疲れ様です、神田。……彼女との任務、随分とスムーズに進んだそうですね」
神田は足を止め、忌々しそうにアレンを睨みつけ舌打ちした。
「……チッ」
神田は、アレンの瞳の奥に宿る、どろりとした執着を敏感に察して言った。
「……フン。……他の無能な連中よりは、マシだな」
滅多に人を褒めることがない神田にしてみれば、それは彼なりの最大級の評価だった。けれど、その「信頼」こそが、アレンの心に深い爪を立てた。
アレンは、張り付いた笑顔のまま低く囁いた。
「……そうですか。ですが、あまり彼女を使い潰さないでいただけますか? ……彼女、僕にとっては、とても『特別』な人ですから」
「…どうでもいいが……一丁前に、独占欲出してんじゃねェよ。……反吐が出る」
神田は吐き捨てるように言い残し、去っていった。
……
その日の夜、アレンは自室で、暗い天井を仰いでいた。
食堂の隅で一人、誰とも目を合わせず「死神」と呼ばれていた頃の〇〇なら、自分だけがその懐に入り込む隙を伺えばよかった。
だが、最近の彼女はどうだ。
「…… 〇〇さん。先日の任務、お疲れ様でした。……あ、これ、報告書の予備です」
「……あ、ありがとうございます。……助かります」
廊下の向こうで、にこやかとはいかないものの、団員と穏やかに言葉を交わす〇〇の姿。
以前まで彼女を怖がっていた団員たちは、ここ最近の彼女の人間味あふれる一面を知りつつあり、おそるおそる距離を詰め始めていた。
彼女が明るさを取り戻し、笑顔を見せるようになることは、むしろ望んだはずの変化だ。それなのに、その変化が自分以外の人間との交流にまで及んでいる事実に、胸の奥が焼けるように疼く。
(……不愉快だ。……自分でも驚くほどに)
先日、彼女が「花を枯らしたくない」と泣きそうな顔で訴えたと聞いた時。
あの時、胸の奥を満たしたのは、苦しくなってしまうほどの愛おしい気持ち。
あんなに、僕が贈ったものを大切にしてくれるのか。
僕にしか見せない顔を、また一つ手に入れた。
僕だけが彼女を…。
そう思っていたのに。
かつて抱いていた「まどろっこしさを楽しもう」なんて余裕は、もはや影も形もない。
(……このままでは、彼女は僕の知らないところへ行ってしまう)
誰にも渡したくない。
あの、花を慈しむような優しい瞳も、あたふたと赤くなる愛らしい反応も。
いっそ、彼女を閉じ込めて、自分だけがその色彩を独占することができたら…。
(彼女の凍りついた心を溶かしたのは、僕なのに…)
アレンは、大きなため息を着いて自分の手のひらを虚空に向けて握りしめた。
聖者の皮を剥いだその下で、真っ黒な感情が静かに、けれど確実に、獲物を捕らえるための網を広げ始めていた。
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