Chapter Ⅵ 中編
九月も中旬に差し掛かり、依然として温水に身を包まれたような蒸し暑い日が続いている。
朝方の教室には南アジアの列島の如く、一人で黙々と机と向かい合っている者もいれば、姦しい笑い声を上げ、三々五々の集まりも見られた。
クラスにいる生徒の数はまだ本来の半分程度。
交わされる話の内容も十人十色。
よくよく聞いてみれば共通した趣味の話題だったりもするが、方向性や盛り上がり方が異なり、朝礼前のこの短時間で合流することはまずないだろう。
中でもスマホを片手に雑談に興じる生徒の姿が多く、詠の属するグループもその例に漏れなかった。
飾璃はスマホを弄る手を止め、取り立てて何を探すでもなく、目を休めるように廊下側の窓を見遣った。
「来月だっけか、修学旅行」
「おー、もうそんな時期ですかぁ」
飾璃のあくびを噛み殺したような呟きをみことが眠たげに間延びした声音で拾う。彼女たちの会話は、だいたいがこの二人の雑談を皮切りにうつろっていく。
「場所はぁ、どこでしたっけ?」
みことがこてんと首を傾げた。
彼女は朝に弱く、昼間に見られる溌剌さは胡乱な眠気の影に。
登校時のなけなしの気合いが削がれた朝礼前ではいつもこうして、散歩に疲れた猫よろしく目がとろんとしている。
「もう、しっかりしなさいよ」と、舞が微苦笑を浮かべる。
「一学期の学年合同アンケートで決まったよね? たしか、行き先は京都だったと思うけど」
「はい、詠の正解」と舞がパチパチと小さく拍手する。
一学期の六月ごろ。
歴史だ地理だと学習目的に沿った旅行先が生徒の自主性を標語に議題にあげられ、それぞれのクラスでいくつかの候補が上がると、最後には身も蓋もなくアンケートで集計される運びとなったのだ。
手間暇を挟んだいつもの流れである。
おまけに行き先も定番そのものなのだから、早々に形骸化も同然だった。
「京都かぁ。いや渋いね。寺とか神社とかいまさら興味ないぜ、私。つーか、そういうのはウチの実家だけでお腹一杯なんよね」
飾璃は足を組んで窓の縁に凭れた。
彼女は神職の家系の生まれである。年末や例祭の時の手伝いで散々駆り出され、年明けにはよくその事で詠たちが愚痴を聞かされるくらい、伝統ある建築物や地元のしきたりといったいわゆる古臭い物には惓んでいる。
そんな飾璃の文句に、みことが大して知りもしない男子生徒の机に寝そべりながらふにゃりと笑う。
「私は好きですけどね。現代の空気感とは違う落ち着きがあって。たまに触れると心が洗われるといいますか」
「その歳で老け過ぎよ、あんさん。神社仏閣に癒し求め出したら後は隠棲まったなしの末路だって」
もっと荒波に揉まれようぜ、と飾璃があたかも勇ましい事を言うが、内心は都会に行きたいという先進欲に塗れた若者らしい願望のみで成り立っている。彼女の荒んだ心を照らすのはいつだって一見くだらないように見える一過性の切実な娯楽なのだった。
「舞と詠はその辺どうさ?
やっぱ東京に行きたいとか思わん?」
「私は、この四人でならどこでもいいかな」
悩むまでもないと、舞は取り澄ましたように微笑む。
その傍らでは舞の言葉に詠が同調して「私も」と頷いてみせた。
これといって特に意見がない場合、詠はいつも舞の意見についていく。周りからはどう見ても思考放棄でしかないのだが、彼女自身はというと、その悪癖に自覚がない。
「はん、いい子ちゃんめ。そんな女の友情で私の電子マネーからギフトは飛んでいかないんだな。よし、放課後なにか溜まっているポイントで奢ってやろう」
飾璃は手早くスマホの画面を操作 し出す。
「お、スタバの新作出てんじゃん」
と、飾璃が小さくニヤつく後ろの席で、みことがふと思い出したかのようにこう呟いた。
「そういえば、班決めっていつやるんでしょうね?」
声には出さなかったが、それを聞いた他三人の内心もそれぞれ似たような具合に『いつだろう?』と疑問符を浮かべた。
そうして、少しの思案をめぐらす合間に、古ぼけた鐘の音が鳴り出した。本日の始業前の予鈴が校内に響き渡ると、束の間の団欒は予定調和に中断された。
耳馴染みの間延びしたリズム。
そこに椅子が床を軋ませるノイズが何重にも交叉する。
クラス担任の教師がぴしゃりと壇上に立つまでの五分間、バラバラだった喧騒をほどほどに均されていった。
そのさなか──。
「………」
詠は自分の席に着き、斜め前方の席に一瞥を投げた。
視線の先には、暁月冥がいる。麗しく透き通った氷像のように俗人には触れがたい美貌を持つ少女は、すらっと形の良い姿勢を崩さず、感情をどこかに置き忘れたように黒板を見つめていた。
黙っていれば高嶺の花。
彼女の周囲にだけ、絹のように艶やかで透明なヴェールが掛かっているようだ。
教室中の眼差しを一度に浴びる事がありながら、遠目にされている彼女の姿は、孤高と孤独、その両方を細い肩に負っているように見える。
詠があの周囲から隔絶した少女と交友関係を持つようになり、そろそろひと月ほどが経つ。
冥に視線を向けた理由は、先ほど飾璃たちと交わした修学旅行の話題を受けてのことだった。
そういえば、あの子はどうするのだろう、と。
飾璃たちとの会話中、詠は時折その華奢な背中に目が引かれていたのだ。
旅行先は決まっているものの、肝心の班決めはまだ行われていない。
おそらく時期的に、そろそろその話がクラスの担任から持ち上がるだろう。
授業の時間割を鑑みるに水曜日。
つまりは明日。
総合とLHRが連なった辺りが妥当に思われた。
──せっかく、少しは仲良くなれたわけだし。
その時になったら誘ってみよう、と詠はそんな思いつきを浮かべた。
……その前にお膳立てが必要かなとぼんやり考えながら。
詠の高校二年の夏休みは、あれから週に一度のアパートの清掃というしち面倒な習慣を植え付け、他は去年とほぼ同様に、あっさりと暮れていった。
冥とは、その週に一度会う仲だ。
いわゆる無償の善意を志す 仲間。
とあるアパート一階の簡易的な清掃と管理が二人の役割だ。
詠自身はまったく乗り気ではなかったのだが、冥に頼まれて仕方なく手伝う運びとなり、彼女のあまりの手際の拙さに手を焼く羽目になっている。恐る恐る人差し指で本棚に積もった埃を撫でる姿を目にした時は、どんなお嬢様だと詠も呆れたものだ。
「掃除、したことないんですか?」
詠のそんな思わず漏れたであろう呟きに、冥が目を細めながらちらっと一瞥した。
「バカにしてる? あるよ、あるってば。他の子たちがわあわあ遊んでても、一度だってサボったことがないんだから」
「それ当たり前ですから」
ばっさりと切り捨てられたのが気に障ったのか、冥が詠の目には留まらないほど僅かに眉を顰め、吐息ほどに口元が動くも、すぐにきゅっと閉じられた。
「なら、家では?」
冥はそっと視線を本棚に戻す。まさに逃げるようだったが、詠には意味のない素振りとしか見えなかった。
「私の部屋、あんまり物がないから。掃除なんてしなくても、ゴミは溜まらないの」
ようするに、家で掃除する習慣がないのだという。
──幹さんはなんでこの子に頼んでしまったのか。
……と。どのような思惑があったにせよ、明らかな人選ミスに聞かされた日はため息が尽きなかった。これでは仕事が減るばかりか、しんしんと積もっていくばかり。
決まって日曜日の昼下がり、アパートの中庭で落ち合うことになった。示し合わせたわけではなく、自然とそういう形に収まっていた。
作業に取り掛かる間、二人は必要以上に口を利かない。
初めは仲のぎこちなさも手伝っていたのだろうが、もともと二人には、そちらのほうが性に合っていたらしい。
放課後の人が疎らな時間帯など、普段そういった図書委員の役割に没頭している詠にしてみれば、作業中の物音だけが耳に入る沈黙は嫌いではなかった。
むしろ好きな部類と言えた。
それから二学期の始業式を控えた前日。
「───明日から学校でしょ。
詠がよければ、一緒に登校しない?」
その時の冥としては、さりげなさを装ったつもりだったのかもしれない。しかし、作業開始から何度もちらちらと視線を投げかけてきた理由が氷解し、詠もくすくす笑いを抑えられなかった。はじめて、冥が普通のクラスメイトに映った瞬間だった。
夏休みが明けて、二人は登校時も道を共にするようになった。といっても詠も冥もバスを利用しての登校なので、合流は基本バスのなか。その頃にはもう、お互いの距離感は概ね掴めていた。
しかし、学校内となると、依然として距離を置かれがちであった。教室に辿り着くなり、忽然と詠の傍を離れ、自分の席に着く。それこそ偶然すれ違った隣人を装うように。本当にさりげなく。
その拒絶にも似た態度が、詠にはもどかしかった。
ここ二週間ほど、それが悩みの種であった。訳をそれとなく聞いてみても要領を得ず、結局はぐらかされてしまうのだから。
何も全てがあの頼りない少女を慮ってのことではない。
どっちつかず、中途半端。地に足が着かない感覚には早々に嫌気が差しやすい。ようは気分の問題だ。
『……どうして、こんなに頭を悩ましてるんだろ、私』
その事で頭がいっぱいになるあまり、ついつい自ら冷水を被ることもあったが、結局のところ、人間関係でやらない後悔はしたくないのだろうと、詠は漠然と思った。
そのときに脳裏をかすめていたのは、門出幹に友達になってほしいと告白した、あの夕暮れどきであった。
朝方の教室には南アジアの列島の如く、一人で黙々と机と向かい合っている者もいれば、姦しい笑い声を上げ、三々五々の集まりも見られた。
クラスにいる生徒の数はまだ本来の半分程度。
交わされる話の内容も十人十色。
よくよく聞いてみれば共通した趣味の話題だったりもするが、方向性や盛り上がり方が異なり、朝礼前のこの短時間で合流することはまずないだろう。
中でもスマホを片手に雑談に興じる生徒の姿が多く、詠の属するグループもその例に漏れなかった。
飾璃はスマホを弄る手を止め、取り立てて何を探すでもなく、目を休めるように廊下側の窓を見遣った。
「来月だっけか、修学旅行」
「おー、もうそんな時期ですかぁ」
飾璃のあくびを噛み殺したような呟きをみことが眠たげに間延びした声音で拾う。彼女たちの会話は、だいたいがこの二人の雑談を皮切りにうつろっていく。
「場所はぁ、どこでしたっけ?」
みことがこてんと首を傾げた。
彼女は朝に弱く、昼間に見られる溌剌さは胡乱な眠気の影に。
登校時のなけなしの気合いが削がれた朝礼前ではいつもこうして、散歩に疲れた猫よろしく目がとろんとしている。
「もう、しっかりしなさいよ」と、舞が微苦笑を浮かべる。
「一学期の学年合同アンケートで決まったよね? たしか、行き先は京都だったと思うけど」
「はい、詠の正解」と舞がパチパチと小さく拍手する。
一学期の六月ごろ。
歴史だ地理だと学習目的に沿った旅行先が生徒の自主性を標語に議題にあげられ、それぞれのクラスでいくつかの候補が上がると、最後には身も蓋もなくアンケートで集計される運びとなったのだ。
手間暇を挟んだいつもの流れである。
おまけに行き先も定番そのものなのだから、早々に形骸化も同然だった。
「京都かぁ。いや渋いね。寺とか神社とかいまさら興味ないぜ、私。つーか、そういうのはウチの実家だけでお腹一杯なんよね」
飾璃は足を組んで窓の縁に凭れた。
彼女は神職の家系の生まれである。年末や例祭の時の手伝いで散々駆り出され、年明けにはよくその事で詠たちが愚痴を聞かされるくらい、伝統ある建築物や地元のしきたりといったいわゆる古臭い物には惓んでいる。
そんな飾璃の文句に、みことが大して知りもしない男子生徒の机に寝そべりながらふにゃりと笑う。
「私は好きですけどね。現代の空気感とは違う落ち着きがあって。たまに触れると心が洗われるといいますか」
「その歳で老け過ぎよ、あんさん。神社仏閣に癒し求め出したら後は隠棲まったなしの末路だって」
もっと荒波に揉まれようぜ、と飾璃があたかも勇ましい事を言うが、内心は都会に行きたいという先進欲に塗れた若者らしい願望のみで成り立っている。彼女の荒んだ心を照らすのはいつだって一見くだらないように見える一過性の切実な娯楽なのだった。
「舞と詠はその辺どうさ?
やっぱ東京に行きたいとか思わん?」
「私は、この四人でならどこでもいいかな」
悩むまでもないと、舞は取り澄ましたように微笑む。
その傍らでは舞の言葉に詠が同調して「私も」と頷いてみせた。
これといって特に意見がない場合、詠はいつも舞の意見についていく。周りからはどう見ても思考放棄でしかないのだが、彼女自身はというと、その悪癖に自覚がない。
「はん、いい子ちゃんめ。そんな女の友情で私の電子マネーからギフトは飛んでいかないんだな。よし、放課後なにか溜まっているポイントで奢ってやろう」
飾璃は手早くスマホの画面を
「お、スタバの新作出てんじゃん」
と、飾璃が小さくニヤつく後ろの席で、みことがふと思い出したかのようにこう呟いた。
「そういえば、班決めっていつやるんでしょうね?」
声には出さなかったが、それを聞いた他三人の内心もそれぞれ似たような具合に『いつだろう?』と疑問符を浮かべた。
そうして、少しの思案をめぐらす合間に、古ぼけた鐘の音が鳴り出した。本日の始業前の予鈴が校内に響き渡ると、束の間の団欒は予定調和に中断された。
耳馴染みの間延びしたリズム。
そこに椅子が床を軋ませるノイズが何重にも交叉する。
クラス担任の教師がぴしゃりと壇上に立つまでの五分間、バラバラだった喧騒をほどほどに均されていった。
そのさなか──。
「………」
詠は自分の席に着き、斜め前方の席に一瞥を投げた。
視線の先には、暁月冥がいる。麗しく透き通った氷像のように俗人には触れがたい美貌を持つ少女は、すらっと形の良い姿勢を崩さず、感情をどこかに置き忘れたように黒板を見つめていた。
黙っていれば高嶺の花。
彼女の周囲にだけ、絹のように艶やかで透明なヴェールが掛かっているようだ。
教室中の眼差しを一度に浴びる事がありながら、遠目にされている彼女の姿は、孤高と孤独、その両方を細い肩に負っているように見える。
詠があの周囲から隔絶した少女と交友関係を持つようになり、そろそろひと月ほどが経つ。
冥に視線を向けた理由は、先ほど飾璃たちと交わした修学旅行の話題を受けてのことだった。
そういえば、あの子はどうするのだろう、と。
飾璃たちとの会話中、詠は時折その華奢な背中に目が引かれていたのだ。
旅行先は決まっているものの、肝心の班決めはまだ行われていない。
おそらく時期的に、そろそろその話がクラスの担任から持ち上がるだろう。
授業の時間割を鑑みるに水曜日。
つまりは明日。
総合とLHRが連なった辺りが妥当に思われた。
──せっかく、少しは仲良くなれたわけだし。
その時になったら誘ってみよう、と詠はそんな思いつきを浮かべた。
……その前にお膳立てが必要かなとぼんやり考えながら。
詠の高校二年の夏休みは、あれから週に一度のアパートの清掃というしち面倒な習慣を植え付け、他は去年とほぼ同様に、あっさりと暮れていった。
冥とは、その週に一度会う仲だ。
いわゆる
とあるアパート一階の簡易的な清掃と管理が二人の役割だ。
詠自身はまったく乗り気ではなかったのだが、冥に頼まれて仕方なく手伝う運びとなり、彼女のあまりの手際の拙さに手を焼く羽目になっている。恐る恐る人差し指で本棚に積もった埃を撫でる姿を目にした時は、どんなお嬢様だと詠も呆れたものだ。
「掃除、したことないんですか?」
詠のそんな思わず漏れたであろう呟きに、冥が目を細めながらちらっと一瞥した。
「バカにしてる? あるよ、あるってば。他の子たちがわあわあ遊んでても、一度だってサボったことがないんだから」
「それ当たり前ですから」
ばっさりと切り捨てられたのが気に障ったのか、冥が詠の目には留まらないほど僅かに眉を顰め、吐息ほどに口元が動くも、すぐにきゅっと閉じられた。
「なら、家では?」
冥はそっと視線を本棚に戻す。まさに逃げるようだったが、詠には意味のない素振りとしか見えなかった。
「私の部屋、あんまり物がないから。掃除なんてしなくても、ゴミは溜まらないの」
ようするに、家で掃除する習慣がないのだという。
──幹さんはなんでこの子に頼んでしまったのか。
……と。どのような思惑があったにせよ、明らかな人選ミスに聞かされた日はため息が尽きなかった。これでは仕事が減るばかりか、しんしんと積もっていくばかり。
決まって日曜日の昼下がり、アパートの中庭で落ち合うことになった。示し合わせたわけではなく、自然とそういう形に収まっていた。
作業に取り掛かる間、二人は必要以上に口を利かない。
初めは仲のぎこちなさも手伝っていたのだろうが、もともと二人には、そちらのほうが性に合っていたらしい。
放課後の人が疎らな時間帯など、普段そういった図書委員の役割に没頭している詠にしてみれば、作業中の物音だけが耳に入る沈黙は嫌いではなかった。
むしろ好きな部類と言えた。
それから二学期の始業式を控えた前日。
「───明日から学校でしょ。
詠がよければ、一緒に登校しない?」
その時の冥としては、さりげなさを装ったつもりだったのかもしれない。しかし、作業開始から何度もちらちらと視線を投げかけてきた理由が氷解し、詠もくすくす笑いを抑えられなかった。はじめて、冥が普通のクラスメイトに映った瞬間だった。
夏休みが明けて、二人は登校時も道を共にするようになった。といっても詠も冥もバスを利用しての登校なので、合流は基本バスのなか。その頃にはもう、お互いの距離感は概ね掴めていた。
しかし、学校内となると、依然として距離を置かれがちであった。教室に辿り着くなり、忽然と詠の傍を離れ、自分の席に着く。それこそ偶然すれ違った隣人を装うように。本当にさりげなく。
その拒絶にも似た態度が、詠にはもどかしかった。
ここ二週間ほど、それが悩みの種であった。訳をそれとなく聞いてみても要領を得ず、結局はぐらかされてしまうのだから。
何も全てがあの頼りない少女を慮ってのことではない。
どっちつかず、中途半端。地に足が着かない感覚には早々に嫌気が差しやすい。ようは気分の問題だ。
『……どうして、こんなに頭を悩ましてるんだろ、私』
その事で頭がいっぱいになるあまり、ついつい自ら冷水を被ることもあったが、結局のところ、人間関係でやらない後悔はしたくないのだろうと、詠は漠然と思った。
そのときに脳裏をかすめていたのは、門出幹に友達になってほしいと告白した、あの夕暮れどきであった。
