掌編

 今宵は散り柳の奥に月が窺えた。
 曇天をすっかり晴らした晩秋の夜風は肌を刺し、欠け月の霜がなけなしの熱を攫うようだった。
 居待月の今宵、待ち人来たらず。
 ざり、と土の踏む感触が骨身に沁みた。
 
 己が身はこの場にひとりきり。
 冴え冴えとした遊歩道をゆく。
 澄み渡る湖面と五曜の星が視界一面に収まる。
 彼岸の山岳には霧状雲が掛かり、月の光に濡れている。
 霜降を控える時流において、一足早い玲瓏たる反照が一層映えていた。
 
 二足の草鞋もそろそろ替え時だった。
 逢瀬の時を愉しむ余り、そのことを失念していた。
 浮ついた心根にも霜が生え、ふと茂みの陰より耳にこだまするのは、清流にも重なる女の朧げな笑みだった。
 しみじみと胸の裡に聴く。
 深い森の闇夜に東雲は射さない。
 松の合間に再び欠け月の霜を仰ぐ。
 白い息が、木陰の細い窓に解けていった。
 
 来た道を引き返す。
 夜が白み、道草の面に円らな露が降り始めている。
 草葉の陰の根っこには白々とした霜の柱。
 柳の木にぽっかりと透き徹した孔が一つ。
 冷えた明け方に声も忘れ、向かい風にふと、君の声が過った。
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