1章 人間界の片隅で
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
人間界に夜が来る。
人の振りをしたイリコではなく、ミズヒトナキのイリコとして役目を果たす時間。
耳を澄ます。
目をこらす。
深夜の中の さらなる闇は、至る所でうごめいている。
(一番 濃い闇は……)
イリコは ひとつの民家に目をとめた。
(あそこだ……)
*
民家の一室。
思い詰めた表情の少年が一人、明かりもつけず うなだれてベッドに腰掛けていた。
その手には――鋭いサバイバルナイフ。
(殺してやればいい……そうだ、全部消してやるよ……!)
月の光に刃を照らせば、醜い自分と無機質な部屋が映る。
いつもと同じ、つまらない世界。
自分を抑圧している両親……馬鹿にする教師……見下す同級生……
耐え難い存在達が次々と浮かぶ。
再びナイフを反射させると――そこには見知らぬ少女が映っていた。
「……っ!?」
「こんばんは」
突然現れた少女は、笑顔を浮かべて少年の隣りに座った。
少年は慌てて立ち上がり、謎の訪問者にナイフを向ける。
「誰だっ!誰の許可を得てここに入った!クソッ、また母さんの仕業だな!あの人はいつだって……!」
「いいえ。許可を出したのは、あなた。強いて言えば……ね。私はイリコ。あなたが、私を呼んだのよ」
「俺が……?」
「こんな深夜に、眠れずに心を尖らせて……あなた、今 苦しんでる」
「な……何を……!」
少年はさらにナイフを振り上げようとするが、その瞬間、ふわりと甘い香りが漂った。
いつの間にか、イリコと名乗った少女が目の前――少し動けば唇が触れてしまいそうなほど近くにいる。
「あ……」
イリコの肌が月明かりに照らされている。
光る唇。長い睫毛。
ひとたび目が合えば、もう戻れないほど深く、吸い込まれていく。
青白い光の中で、イリコは囁いた。
「一緒に、夢を見ましょう……」
額をそっと、熱を測るように少年の額に当てる。
「苦しみを癒すために必要なのは『分け合うこと』。あなたの中の痛みと熱を、私に分けて……」
少年の体に じわりとぬくもりが伝わった。額を付けたまま、彼を抱きしめてイリコは呟く。
「苦しかったね。周りの目が怖くて、こんな所まで来ちゃったんだ……」
少年は困ったような、複雑な表情でイリコを見る。
「今……全部、見てきたよ。あなたの中を。ご両親の言い争う姿も、友達に裏切られた涙も、同級生たちに囲まれて殴られた痛みも、大切だった人を嫉んで疎ましく思った時の事も……全部見てきた。いっぱい、大変だったね」
イリコに頭を撫でられると、少年の目から涙が溢れてきた。
「大丈夫。一緒に、いっぱい泣こ?」
「……ひっぐ……う……うぅっ……!」
長い鳴咽の後、少年は絞り出すように話し始めた。
「俺は、怖かったんだ……。自分では優れてる気でいた……でもどこかで違うとわかってた。それでも、駄目なヤツだと思われるのが怖かった……隠しても隠しても見下されてる気がして……全てが上手くいかないのを他人のせいにしているって事ですら、とっくに気付いてたんだよ……」
少年は消え入りそうな声で呟く。
「本当に消えたらいいのは……俺なんだ……」
イリコは再び少年の頭を撫でた。
「そんな事ないよ……明日になれば、今日までの事は夢みたいに泡になって消える……」
そして再び少年と額を合わせる。
「あなたに、良い夢を」
その瞬間、少年の体から力が抜け、ガクリとベッドに くずおれた。
イリコは少年をしばらく眺め、完全に眠りに落ちたのを確認すると、そっと窓から外へと抜け出した。
______
少年の家を後にしてから十数分後。
イリコは夜の公園のベンチでぐったりしていた。
「んん……気持ち悪い……」
『仕事』の後は いつもこうだ。他人の負のエネルギーを吸い取り、その者の苦しみの体験を一気に味わうのは かなり堪える。
「はぁ……」
溜息混じりに夜空を見上げれば、満月になりきれない いびつな月が浮かんでいた。
なんだか、気が滅入ってくる。
「あ~ぁ……気持ち悪い」
誰に告げるわけでもなく、イリコはブツブツと呟いていた。
人の振りをしたイリコではなく、ミズヒトナキのイリコとして役目を果たす時間。
耳を澄ます。
目をこらす。
深夜の中の さらなる闇は、至る所でうごめいている。
(一番 濃い闇は……)
イリコは ひとつの民家に目をとめた。
(あそこだ……)
*
民家の一室。
思い詰めた表情の少年が一人、明かりもつけず うなだれてベッドに腰掛けていた。
その手には――鋭いサバイバルナイフ。
(殺してやればいい……そうだ、全部消してやるよ……!)
月の光に刃を照らせば、醜い自分と無機質な部屋が映る。
いつもと同じ、つまらない世界。
自分を抑圧している両親……馬鹿にする教師……見下す同級生……
耐え難い存在達が次々と浮かぶ。
再びナイフを反射させると――そこには見知らぬ少女が映っていた。
「……っ!?」
「こんばんは」
突然現れた少女は、笑顔を浮かべて少年の隣りに座った。
少年は慌てて立ち上がり、謎の訪問者にナイフを向ける。
「誰だっ!誰の許可を得てここに入った!クソッ、また母さんの仕業だな!あの人はいつだって……!」
「いいえ。許可を出したのは、あなた。強いて言えば……ね。私はイリコ。あなたが、私を呼んだのよ」
「俺が……?」
「こんな深夜に、眠れずに心を尖らせて……あなた、今 苦しんでる」
「な……何を……!」
少年はさらにナイフを振り上げようとするが、その瞬間、ふわりと甘い香りが漂った。
いつの間にか、イリコと名乗った少女が目の前――少し動けば唇が触れてしまいそうなほど近くにいる。
「あ……」
イリコの肌が月明かりに照らされている。
光る唇。長い睫毛。
ひとたび目が合えば、もう戻れないほど深く、吸い込まれていく。
青白い光の中で、イリコは囁いた。
「一緒に、夢を見ましょう……」
額をそっと、熱を測るように少年の額に当てる。
「苦しみを癒すために必要なのは『分け合うこと』。あなたの中の痛みと熱を、私に分けて……」
少年の体に じわりとぬくもりが伝わった。額を付けたまま、彼を抱きしめてイリコは呟く。
「苦しかったね。周りの目が怖くて、こんな所まで来ちゃったんだ……」
少年は困ったような、複雑な表情でイリコを見る。
「今……全部、見てきたよ。あなたの中を。ご両親の言い争う姿も、友達に裏切られた涙も、同級生たちに囲まれて殴られた痛みも、大切だった人を嫉んで疎ましく思った時の事も……全部見てきた。いっぱい、大変だったね」
イリコに頭を撫でられると、少年の目から涙が溢れてきた。
「大丈夫。一緒に、いっぱい泣こ?」
「……ひっぐ……う……うぅっ……!」
長い鳴咽の後、少年は絞り出すように話し始めた。
「俺は、怖かったんだ……。自分では優れてる気でいた……でもどこかで違うとわかってた。それでも、駄目なヤツだと思われるのが怖かった……隠しても隠しても見下されてる気がして……全てが上手くいかないのを他人のせいにしているって事ですら、とっくに気付いてたんだよ……」
少年は消え入りそうな声で呟く。
「本当に消えたらいいのは……俺なんだ……」
イリコは再び少年の頭を撫でた。
「そんな事ないよ……明日になれば、今日までの事は夢みたいに泡になって消える……」
そして再び少年と額を合わせる。
「あなたに、良い夢を」
その瞬間、少年の体から力が抜け、ガクリとベッドに くずおれた。
イリコは少年をしばらく眺め、完全に眠りに落ちたのを確認すると、そっと窓から外へと抜け出した。
______
少年の家を後にしてから十数分後。
イリコは夜の公園のベンチでぐったりしていた。
「んん……気持ち悪い……」
『仕事』の後は いつもこうだ。他人の負のエネルギーを吸い取り、その者の苦しみの体験を一気に味わうのは かなり堪える。
「はぁ……」
溜息混じりに夜空を見上げれば、満月になりきれない いびつな月が浮かんでいた。
なんだか、気が滅入ってくる。
「あ~ぁ……気持ち悪い」
誰に告げるわけでもなく、イリコはブツブツと呟いていた。