「あ゛ぁ……。くそっ……気分悪っ……」

　朝練終わりに木陰で身体を休めようと麻美は足を立てて木に凭れる。どうやら未だに女子と男子の両方の練習メニューをこなしているようだ。
　寝る時間を削ってまで練習に打ち込む彼女の身体は動いただけでも気分が悪くなるほど限界を迎えていた。

「まったく。本当に両方の練習メニューをこなすなんて大した奴だよ」
「……何の用だ」

　気分が悪いため自然と機嫌も悪くなる麻美の前に乾が現れた。どこか呆れる表情を見せる乾に彼女はきつく睨みつける。

「不二と菊丸から話を聞いてたけど、寝る間を惜しんでるそうじゃないか。このままじゃ身体を壊すぞ」
「女テニの練習メニューもこなせっつっただろうが」
「横暴な割りに結構真面目なようだね。まだ慣れないんだから一度に全部はやらなくていいんだよ。身体がついてくるようになれば少しずつメニューを追加するべきだ」
「そんなの意味ない。不二との差が埋まらないだろ」
「その前に身体を壊してしまったら元も子もないぞ。不二との再戦すら出来なくなってもいいのか？」
「……」

　返す言葉もなかった。麻美は黙ったまま俯く。どうやら言葉にする気力もないのかもしれない。

「両方の練習メニューをこなすのは構わないが時間内に終わらないのは無理してする必要はない。継続するのが大事なんだから寝る時間にはちゃんと寝ろ」

　ほら、と言うように乾は麻美にノートを渡した。
　そこには今週分の練習メニューが記入されているので麻美は力なく受け取る。
　昨日の部活終わりに麻美は乾に来週分の練習メニューを頼むと言ってノートを手渡していたのでそのノートが返却されたのだ。

「うちの後輩にもがむしゃらに練習メニューをこなす奴がいるけどお前と違って睡眠は取っているぞ」
「ねちねちうるさい奴だな。寝たらいいんだろ、寝たら」

　はぁ、と何かに諦めるように溜め息を吐いた麻美は乾の言葉に従うことにした。
　彼女の目的は不二と再戦して勝つことなので試合すら出来ないことになってしまうのは一番困ることである。

「分かればそれでいい」
「偉そうだな、ムカつく」
「体調を考慮して言ってるのに酷い言いぐさだな」

　眼鏡のブリッジを上げながら乾はノートを開いて我儘娘のデータを書き留めていた。
　麻美は目元にタオルを乗せて睡眠を取っていたため乾のその行動には気づいてはいない様子。

（まったく、女テニのエースは問題が多いな……）