ヴィリバルト・ケーニッヒ生誕祭

 嫌だったら拒んで下さいと首に指を掛けた男はそう言った。拒否権なんか用意してない癖に、と言うと男はそうですね、と冷めた視線で此方を見遣る。
 他愛もない会話の一端で、何か欲しいものは、と尋ねた時、一時間で良いから、貴女の時間を小官に下さりませんか、と答えた男の目がどうも寂しい色をしていたので、三十分だけならくれてやらなくもないが、と言うと、男は是若しくは非と言った言葉はどちらも口にせずに、無言のままターニャの手を取り、すいっと引いて窓際に連れていく。窓越しに望む街灯の明かりがターニャの瞳に届いた時、男は強引にカーテンを引いて外界の景色を遮断した。重厚なカーテンを背にする形で身体を反転させると、床に捨てられたカーテンタッセルに目が留まり、そしてすぐ視線を男に戻す。此方を見下ろす男の表情は室内照明の逆光効果のせいか余りにも暗く映り、その瞳には危うさを孕んだ光が宿っていることに気付いて、ターニャはこれから起きるだろう碌でもない行為の意味を問うてみたい気持ちに駆られた。

 「望むものは与えられそうにないな」
 「それは早計なご判断かと。まだ何も申し上げておりませんのに」
 「いや、与えられんよ」

 肩に降りてきた指が鎖骨を這い首筋に触れると、『ああ、やはり碌でもないことじゃないか』とターニャは何処か他人事のような心持ちで静かに目を閉じた。
 
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