怪獣8号
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「よりによって第1を選ぶとは彼方も随分と気が強うなったもんやな」
「…相変わらず耳が早いですね」
「まあ仮にも隊長やからな。それに西方師団内にも東方師団と同じような話は出とんのや」
形式的な挨拶もそこそこに急な話題振りをされても動じていない様子の妹弟子に、宗一郎は気を良くして思わず口角が上がる。電話越しではあるがこうして会話をするのは久方振りのことで、近頃自分に対する
「緒方隊長も驚かれておりました。『何故第3ではないのか』、と。…私としては特に第3部隊を第一希望にする理由がなかったので」
「宗四郎がおった方が何かとやり易いのとちゃうか」
「宗四郎君は理由にならないですよ。寧ろ近頃妙な噂が立っているらしいので第3を避ける理由にはなりますけれど」
彼方が発した『避ける』の一言に宗一郎は眉を潜める。
事の次第は緒方隊長経由で宗一郎の耳にも届いてはいた。幾年も燻っていた宗四郎が亜白ミナの下で頭角を現し近接戦闘面において刀伐術が再評価され始め自然と保科門下自体の注目が高まっていく中、同門である彼方も否が応でもその流れに身を置かなくてはならなかった。保科門下に女性が珍しいこともあってか時期を同じくして妙な噂が流布され始め、恰かも事実のように宗四郎と彼方を
(宗四郎に迷惑が掛からんように第3は避けた訳か)
これはあくまでも現状に即した話ではあるが、保科の跡目を継ぐ自分と比べ宗四郎は様々な制約を負わされていない立場である分交際については自由にすべきであると宗一郎は考えている。仮に其の相手が彼方だとして、幼少期からの家門ぐるみの付き合いがある分障害になり得るものは少ないだろうという現実的な考えがあることは否定しないが、当人達が想い合っているのなら心から祝福する気持ちは持ち合わせていた。
───まあ、彼方の話し振りからするに噂は噂に過ぎなかったようだが。
「とは言え第1は無いやろ。そりゃ緒方隊長も驚かれるわな」
宗四郎とのあらぬ噂が流布されていたことを抜きにしても、緒方隊長が彼方のことを気に掛けていたことは想像に難くない。内々定とは言え異動の一枠を既に確保している展開速度からして、東方師団基地間で若手隊員の人事異動の話が上がる以前から彼方を第4部隊から出す腹積もりはあったのであろう。
だからこそ『最大限希望は汲む』とは第3ないし第2を想定したものであって、第1部隊への異動希望を出されるのは流石に予想外だった筈だ。
第1部隊の管轄は国家の重要基盤の防衛が含まれており、言わずもがな霞ヶ関もその対象である。高遠家地盤の長野から遠ざける目的で彼方を推挙したのに、中央省庁───殊に組織の運用面においても討伐庁本部の直下とも呼べる第1部隊に転属させるのは緒方隊長が思量した趣旨と反していただろう。中央省庁並びに討伐庁には彼方の祖父を筆頭に近しい高遠家筋の人間が多数従事している。
「求められる水準とは別に『第1で結果を出すこと』は相当キツいと覚悟しとけ。お前の立場からして第4よりも心理的な負荷が軽くなることはないと断言出来る」
「ご忠告痛み入ります。ですが私としては熟慮した上で前向きな選択をした結果なのでそこはご理解下されば」
「───そうか。俺個人としては応援したる。…にしても、根は頑固なんはどっかの誰かさんによう似とるわ」
携帯端末越しに届く長い溜め息を聞いて、彼方は一呼吸空けた後、ふ、と息を漏らしてくすくす笑った。
「───もしかして未だ宗四郎君と連絡ついてなかったりします?」
「あいつ俺の連絡に返して来んのや。もし彼方が第3に行くんやったら取り次いで貰うことも出来たと思うと残念で仕方無いわ」
「はい、お力になれずにすみません」
「もうちょい心込めて言ってくれんと慰めにもならんなあ」
彼方に向けて態とらしく嘆いてみせると、手で口元を抑え笑いを堪えているような息遣いが宗一郎の耳に届く。
片や隊長、片や一般隊員である階級差と、彼女が幼少期に入門してから見知った仲ではあるにせよ年齢差のことを思うともう少し他人行儀な態度を取られることも覚悟はしていたけれど、今回私用の携帯端末へ連絡を寄越したことが反って良かったのか彼方も気を楽に話せているように思えて、宗一郎はほっと胸を撫で下ろした。
あくまで兄弟子の立場から適切な距離感を保った上での感情であるが、宗一郎からしてみれば宗四郎以上に歳の離れている妹弟子を可愛く思わぬ筈がなかった。小さい頃から真摯に稽古に打ち込む姿を知ってはいたし、宗四郎にそうしていたように雑魚雑魚煽り散らかしたことがないせいか捻くれることもなく、宗一郎と彼方の関係性は至って良好である。だからこそ此度の話を聞かされた時は、もし彼方が本意でないようならば機を見て西方師団に引き抜くことも手段の一つとして思案する程には心を砕いていた。
宗一郎は自身が身内贔屓だという自覚がある。
此度の異動に関して横槍を入れることは十分可能であった。宗四郎と彼方の仲を疑う噂が収まっていない以上、高遠家の影響下から離すことを優先して第6部隊へ迎え入れることで更に妙な憶測を呼ぶだろうことが予見出来ていても尚、高遠家の重圧に潰されてしまうよりはマシと考えている。────自身の権限を振りかざした結果、彼方に距離を置かれるようなことになったとしても、だ。
正直『前向きな選択』だなんて言葉通りに受け入れられる筈がない。彼方の境遇を知る者からすれば、自ら進んで第一部隊を希望する理由は皆目見当が付かなかった。
真意を誰にも明かす気がないのであればせめて見抜かれない程度の嘘を吐く工夫をしろ────喉まで出かかった苦言を噛み殺しながら、宗一郎は電話の向こうには届かない声量で、「……無理はすんなよ」と静かに呟いた。
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