怪獣8号
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「高遠君って第3の保科副隊長と懇意だったよね」
演習上がりに隊長室まで呼び出されたかと思えば突然俗な聴取を始めようとした上司を前に、彼方は無言で耳の無線機に手を伸ばす。
「ごめんごめん!僕の言い方が悪かった!だから通信をオープンにするのはやめて」
「内部通報が機能しない危惧もありますためオープン回線が妥当と判断致しますが」
「…なんだか君もトーコちゃんに似てきたよねえ」
入隊時の初々しさは何処にいったのやら、と嘘泣きで嘆く上司の姿に脱力して、彼方は無線機から手を離した。此の場に
「私が保科門下ということと、比べるなら第6の保科隊長よりは年齢が近いくらいなもので、懇意と称するには些か語弊があるかと」
「僕の言い回しが悪かったことは改めて詫びるとして、…本題は別にあるのだけれどこのまま話を続けてもいいかい?」
緒方は執務デスクに両肘を立て手を組み顎を載せた。先程とは異なり上司の醸す空気に場がヒリついたのを感じ取って、彼方は緩んでいた身と心を引き締め直して姿勢を正した。
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高遠彼方が隊長室を後にして、見送った其の後ろ姿を緒方は脳内でずっと反芻していた。
(異動なんて思いもしなかっただろうね)
日本国の防衛隊員の採用は各基地毎に行われ、試験を突破=募集元の基地に所属となるのが通例である。その後基地責任者───各基地隊長格が他部隊の有望な隊員を引き抜くこともまた珍しくはないことであった。ただ、直近の年間評価シートを見るに自己評価を低く見積りがちの彼女からすれば、自身が引き抜かれるような隊員ではない認識でいたに違いなく、まさか松本基地を出るようなことになるとは今まで考えもしなかったのだろう。
今回、東方師団の基地間で若手隊員の人事異動が実施されることになり、その一人に彼方が選出されたと事の概要を説明する傍らで、緒方は彼方の反応をじっと観察する。
正式な辞令はまだ先の話にはなるが異動命令に従う姿勢はみられるし、今後の諸手続きに関しても特に問題は無さそうだと事務的に話を進めていると、不意にかち合った萌黄色の瞳が揺らいでいたように感じて、緒方は息が詰まる思いがした。
瞬間重なったように思えた同期の姿は直ぐに消え失せて、目の前には姿勢も表情も正して応える部下が一名其処に居るだけである。今は亡き嘗ての同期と共通点と呼べるものは瞳の色くらいで、何故其のような錯覚を起こしたのか分からないまま置き場の無い感情を奥底に仕舞い込む。すると今度はある種の親心とも呼べる感情が音を立てて芽吹くのを感じ取って、異動は取り止めだと人事部に乗り込んで遣りたい気持ちが湧きそうになっていた。
───そもそも彼方を推挙したのは緒方ジュウゴ其の人であったので、今更撤回出来る程現実的ではないのだが。
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(『最大限希望は汲む』と伝えたけれど、果たして意味があったかどうか)
緒方が宗四郎と彼方の仲を言及するような言い方をしたのは、異動先について配慮が必要か否かを確認する為だった。亜白ミナに引き抜かれた宗四郎は第3部隊で頭角を現し、転属後短期間で副隊長にまで上り詰めている。『保科』と言えば第6の保科宗一郎が名を馳せていた中、次いで保科宗四郎の名が上がるようになり、併せて防衛隊内で保科門下の注目されるようになると根も葉もない噂が流布され始めた。『同門』で『歳の近い男女』の『幼馴染み』が今日まで交流があるとなると、そういう話題に飢えている者が野暮な解釈を拡めていたようで、其れが緒方の耳にも届いていたのが事の次第である。もし噂が事実であったならば
弁明を受けた上で『最初から他に言い様もあっただろうに』と彼女の顔に書いてあるのを見て、緒方は苦笑を漏らさずにはいられなかった。不満を口にしても話が拗れてしまうと面倒なのでただ聞くに徹しようとする彼女の意向だけを汲み取って、本来の目的に沿った『東方師団基地間の若手隊員の異動』について話を進める。
高遠彼方の人物評価からして、自己評価が低いところはあるにせよ幹部候補生を他基地に出すのは正直痛手ではある。しかし彼方の境遇を思えば松本基地に縛り続けるのは酷だろうという思いから此度の異動に彼女を推さずにはいられなかった。
高遠家は今でこそ中央省庁内で存在感を発揮するようになったが、旧くは信濃国から現代に至るまで強固な地盤と本家を長野の地に持つ。家門自体の討伐技術の継承は途絶えてこそいるが旧家の影響力とは侮れないもので、高遠本家目線で言えば防衛隊員として現場職を志した彼方の存在は家門の銘に傷が付きかねない不安要素であるらしかった。彼方の場合、市井に地元出身者として認識・応援されるというよりも功績を見張られているような息苦しさを感じていることも他の第4部隊の隊員を通じて伝わってきている。此度の異動に彼方を推挙したのは第一に其の影響力から遠ざける為であった。そして第二の理由は───、
(第3だったら高遠家もあれこれ強く言えんでしょう)
亜白隊長のところなら
とは言え、彼方に対して無遠慮な発言をしたのは事実なので反省すべきなのは変わらない。普段は諌め役を担ってくれる優秀な副官をプライベートに関わるかもしれないからと同伴させなかったことが裏目に出て、立場を危うくするところであったと自身の行動を改める必要性を感じていた。一方で無意識に開けた執務デスクの引き出しから流れるような手付きで酒瓶を取り出し、ぐい呑みに口を付けるまでものの十秒も掛けずに行われる一連の動作を止めようとする者は居ない。緒方は一口、二口と滑らかな液体が喉を通るのを感じてからぐい呑みを置き、ふぅと息を吐く。
(おじさんのお節介が良い方へ転じてくれれば良いんだけれど)
今回は選択肢を与えたに過ぎないけれど、叶うならば往く道に結果を伴うようにと願わずにはいられなかった。
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