怪獣8号
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「僕はてっきり親父さんと同じところを目指すもんやと思ってたけど」
数年振りに顔を合わせた昔馴染みは開口一番に浴びせられた無遠慮な言葉に特に気を悪くした風もなく、困ったような愛想笑いを浮かべた。
「大学に進んでいたなら或いはそうしていたかもしれないですね」
「よう親父さんが許したな」
「許したといいますか…高専への入学を許可したのも高専本科から学部編入を想定していたと後から聞かされたくらいですし」
宗四郎の視線を切るようにして彼方は目を伏せた。松本討伐高専卒業と同時にストレートで二つの選別試験を突破し晴れて防衛隊員の一員になれたというのに、彼女の表情は何処か鬱屈とした色を滲ませている。彼女の話しぶりからして入隊に関して相当揉めたのだろうと見当が付いて、宗四郎はこれ以上詮索になり得る言葉を掛けるのを止めた。
(正直なところ僕かて未だに信じらねんけど)
自分と同じく怪獣討伐家系の高遠家とは数百年に亘る家門ぐるみの付き合いがある。それ故に互いの家事情は直感的に察せられるものがあった。高遠家は国内の討伐庁発足以降は裏方に回り、中央省庁───殊に討伐庁においては
「現場に向いてないと身内からはさんざ言われて」
「…その話題を僕に振るんは意地が悪いなあ」
彼方の言葉にじくり、と棘が心臓を刺したような感覚に陥る。父から防衛隊員になるのは諦めろと言われたあの日の記憶を振り切るように研鑽を積み、兄に対する劣等感に苛まれるたび腑に火が点く日々を思い出さずにはいられなかった。今日だって若年の隊員ながら松本基地との剣道交流試合の打ち合わせを任される程度には評価されていることを感ずる反面、幾ら剣技を極めたとしても所詮中型怪獣以上には有用ではないこと、年々増加する災害規模に応ずる防衛技術の発展により刀剣の存在感が益々薄まっている現実に遣る瀬無さを感じている。
「…他人にどうこう言われて今ここで簡単に諦めがつくのならそもそも悩むのが遅いわ」
彼方に応えた言葉が自身が想定していた以上に冷たく響いたことに宗四郎は内心酷く驚いた。ただ、するりと口から出た言葉は本心そのものであって、各々抱える事情は違えど似通う境遇だからこそ上部だけの気遣いは意味が無いのだと身を持って理解していたから、突き放す物言いも抑揚のない声色も今更フォローする気になれず宗四郎は口を閉じる。
「───変わってないですね」
ぽつり、と独り言のように小さく漏らした彼方の言葉に宗四郎は思わず耳を疑う。昔を懐かしむように溢した言葉も穏やかな声色も冷えてしまったこの場にそぐわないことに、宗四郎は自身が聞き違えをしたのではないかと思い彼女の顔をじっと正面から窺い見たのだが、眉を下げ何処か遠慮がちに破顔する表情は声色と一致して柔らかいものであった。どうやら聞き違えではなかったらしいが、彼女が何故そのような反応をするに至ったのか理解出来ず、宗四郎は苦々しく口を開く。
「それは嫌味と受け取ったらええか?」
「…いいえ。でも、卑屈な捉え方をすることだけは昔と違うかもしれませんが」
益々言葉の意味が分からず宗四郎は眉間に皺を寄せる。
彼方の言う『昔』とは彼女が保科の門弟だった頃の話だ。高遠家は自門の技術承継を後裔に繋がない道を選択した頃おいから子息・息女を他流派の門下に入れ伐討術を学ばせている。現代まで続く怪獣討伐家門は数える程しかないけれど、新幹線を利用すれば通える程度の範囲で他流派との交流は維持出来ており、末妹である彼方は長兄が義務教育を終える時期に入れ替わるようにして保科家に師事している。
高遠家の出自の者は防衛隊員にはならずとも、討伐術を学び旧い怪獣討伐家系同士の繋がりを維持し続けることで、中央省庁において内情に通じた『元怪獣討伐名門』として発言力を保ち、政策形成の軸を担うに至っている。第一党や大臣が挿げ替わろうとも、国内防衛予算の立案や編成において高遠家の存在は無視出来ず、また、予算の拡大は防衛技術の発展に不可欠であり日本防衛隊の防衛実績は結果左派勢力を削ぐことに繋がる為、中央省庁の中枢に絶えず『良き理解者』が居ることは現場としても都合が良い。
とは言え、現場目線の立場から見れば防衛隊員を目指す訳では無い人間が体裁の為に討伐術を学ぶという行為は何処か釈然とはしない訳で、過去の自分は二つ離れた妹弟子が懸命に稽古に打ち込む姿を知っていながらも、彼方も彼女の歳の離れた兄達と同じく
「…思い当たる節がないわ。うちの兄貴みたいなことを彼方にした覚えはないねんけど」
「意地悪をされたとかそういう類いのものではないです」
「遠回しな言い方は止めや。はっきり言え」
「……宗四郎君の生き方は勇気づけられるなあ、と思いまして」
彼方は少し逡巡をしてから『私だけではきっと貫き通せなかったと思いますから』と付け加え、宗四郎から視線を逸らし外の景色を望む。視線の先を追って見た窓硝子に反射する彼方の表情は言葉と反して何処か頼りなげに思えてならない。同時に、外に向けられた瞳は窓硝子に映る宗四郎を捉えてはおらず、其の先の何処か遠くを見つめていることに気付いた宗四郎は、自身の胸の奥が重く疼いたのを感じた。
(…言葉選びが下手やなあ)
こちらから無理に聞き出すつもりは毛頭ないが、彼方の防衛隊への入隊は宗四郎が
防衛隊入隊に関して家長に反対を受けたと言う点では宗四郎も彼方も同じではあるが、身近に宗四郎という前例があったからこそ、彼方は自分の意見を押し通せたのかもしれない。彼方自身は宗四郎を肯定的に捉えていたとしても、拠り所にするのも引き合いにするのもどちらにせよ後ろめたさは拭えない、そんな表情をしているように思えた。
「これは独り言やけど…、別に僕は気にしてへんよ」
宗四郎の言葉に彼方は弾かれたように顔をあげた。仔細を語らずとも其の一言で胸中を見透かされていたと理解した彼方は、散瞳した萌黄色の瞳で宗四郎を見つめる。
「まあ正直言うと入隊の報せくらいはあっても良いと思っとったけどな」
「───私は、手前勝手な理由で宗四郎君を利用したのですよ」
「互いに家の事情も理解しとるつもりやけど僕個人としては歓迎しとるわ。…それに仲間は多い方が良い」
宗四郎の言葉に彼方の表情から少しだけ強張りが取れたように思えた。抱える罪悪感を『歓迎』の一言で打ち消せる程軽くはないと思っていたから、防衛隊の仲間として必要と後から付け加えたけれど、表情をみるにどうやら彼方には後者の方がより響いたらしい。
───正直なところ釈然としないが、宗四郎は懐いた不満をそのまま胸に仕舞い込み、気付かぬ振りをした。
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