忍たま乱太郎
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指令書の文面通りの時刻に正門に向かうと、正門の屋根で翳る其の下で一人の生徒が此方を見留めて小さく手を上げた。此度の校外任務の相手が昨日に自身が予想した通りの人物であったので特に驚くことも無かったが、見慣れた中紅色の忍装束では無く灰桜と裏葉色の小袖姿は遠目にもやけに眩しく映り、伊作はどきりと高鳴った心臓を静ませようと無意識に左胸辺りを手で押さえる。
「…他の人に交代出来るか掛け合ってみようか?」
「いえ大丈夫です」
一目見て体調が優れないと察した沙夜の善意を伊作は食い気味に断った。腹を括るのに一夜を徹する程度には思い悩んで今日此の時を迎えた伊作は今更相手が自分ではなく『誰か』に取って代わられるのは自身が想像していた以上に耐え難いことなのだと自覚して、行き場の無い嫉妬が表情を強張らせる。『でも』と言葉を続ける沙夜の表情は心配の色が滲んでいて、何時もであれば其の気遣いに甘えたくもなったのだろうが、今日だけは役目を代わられたくない、譲りたくないと独占欲に近い感情が自身の中に渦巻いていた。
(今の僕はきっと酷い顔をしている)
夜ならば暗がりに暈すことも出来ただろう。しかし、仲秋に足を踏み入れた時節の明け六つ刻の明るさの前では誤魔化しも利かず、かといって咄嗟に都合の良い言い訳も浮かんで来ず、此方を覗き込む沙夜の視線を振り切るように顔を反らして俯いた。
先輩を困らせている自覚はある。自覚はあるけれど、自らがそうしてしまった場の空気に居たたまれなくなって、早く何処へなりと連れ出して欲しいと身勝手な思いが
「善法寺君」
名を呼ばれて反射的に上がった視界には此方に差し出された沙夜の両の手が映り、其れが衿の合わせに伸ばされかと思うと抵抗する間もなく強い力で彼女の方へ引き寄せられた。
二学年離れているとはいえ此の年頃になると既に背丈は彼女を追い越しており外見以上に男女の性差は拡がっているものだが、くの一の最終学年に籍を置いているだけあって男相手だろうと鍛えた体幹を崩す術など心得ているのだろう、容易に軸足を払われて重心が傾くと同時に傍の石積土塀に背から放られる。
伊作は打ち付けられた背を塀に摺りながら其の場で尻餅を付き、そして退路を絶つように覆い被さって顔を近付ける沙夜に思わず声をあげた。
「っ先輩!、なにを…」
「体調に不安があるなら連れてはいけないの」
それにこうでもしないと大人しく言うこときいてくれそうにないから、と言いながら前髪を
伊作は自身の鼓膜の傍に心臓があるのではないかと錯覚する程にばくばくと激しく鳴る心音を自覚して、もうどうにでもなれとぎゅっと目蓋を閉じた。
+++++
「はい、もう大丈夫だよ」
伊作が
「僕に薬が必要だと思いますか」
「必要」
端的に、其れも即座に肯定され、彼女の口から欲しかった言葉も引き出せなかったことに伊作は内心で酷く落胆した。先輩相手に駆け引きを仕掛けるのは流石に無謀だったかと、自身の無策加減に悪態を吐きたくなる。一方、沙夜は伊作の表情をじっと見た後、溜息混じりに口を開く。
「まさか寝ずに来るとは思わなくて」
「…どういう意味ですか」
時間が惜しいから向かいがてら話すつもりでいたけれど、と切り出した沙夜は此度の任務概要を口にし始めた。
『■■村並びに隣接地域の調査』───題目通り受け取るのであれば単なる実地調査に上級生が態々出張る内容では無いように思える。■■村と言えば比較的豊かな、地盤が安定した扇状地帯と記憶していたが、数日前まで降り続いた長雨で村へ通ずる道が土砂により分断され村の被害状況が外部へ伝わってこないのだと彼女は言った。生存者がどの程度いるかは定かではないが、秋めいてきたとは言え土砂に飲まれ土中で傷み始めている村民の遺体をどうこう出来る程、復旧は進んでいないだろう。曰く、疫病の恐れがあることから下級生では荷が重いと上級生に───丁度手隙の沙夜に話が回ってきたのだという。同行者を決めるにあたり沙夜が伊作を推したのだときかされて一瞬気分が浮上しそうになったけれど、伊作は自身がとんでもない思い違いをしていたことに気付き、駆けるように恥ずかしさが込み上げてきて反射的に顔を利き腕で覆った。
情けない表情を見られたくなくて顔を隠したは良いが、顔どころか耳までも紅潮しているだろうと思うと汗が吹き出し余計に身体が熱くなるのを感じた。何か弁明をしなくてはと言葉を探している内に『すみません、僕、勘違いをしていて』と焦りからつい溢れてしまった言葉は自身に追い討ちを掛ける。
───嗚呼、此れはもう隠し通せない。そう観念して伊作は胸中を吐露した。
「房事指南、のことかと…」
口にした言葉は次第に小さくなっていき、言い切る前に息が続かなくなる。
自身の顔を覗かれる以上に沙夜の表情を見るのが怖かった。失望か侮蔑か、将又その両方か。只のありふれた任務の一つを勝手に色事だと期待して、
「…ごめん。事前に話をしておくべきだった」
沙夜は伊作の強張る左手を取り其のまま両手で包むように手を握った。伊作は驚いて手を引こうとしたが、肩から指先までまるで冬の寒さに凍えたかように動かすことが出来ず、沙夜の手のひらに収まり続けている。
沙夜は伊作の手のひらの経穴を圧しながらの悴んだ指を時折
「先輩は悪くないです。僕が勝手に勘違いをしてただけで」
「座学が終わったこの時期に意識してしまうのは責められることではないよ」
座学後に実技までの猶予期間が設けられていることを無視してまで実技を早める理由と其の説明をされていない状況で、此度の指令を房事指南と勘違いするには余りにも冷静を欠いていたと伊作は猛省する。変に緊張させてごめん、と何度も謝罪を口にする沙夜に申し訳なさを感じる一方で、彼女の反応を見るに
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