忍たま乱太郎

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「俺らの相手はどうなるのだろうな」
 
 布団も敷き終わり、後は燭台の灯りを消して寝るだけだと考えを行動に移そうとした時、衝立の向こうで先に布団に寝転ぶ同室の男がぽつりと呟く。
 
 「…先輩達がおっしゃっていた『例年のように』にはならないかもしれないね」
 
 声から動揺が悟られないよう努めて伊作は慎重に言葉を返す。留三郎は一言『そうだな』と短く相槌を打ってそのまま口を閉ざした。彼は自ら話を切り出しておいてこれ以上拡げるつもりはないらしい。伊作自身も言葉の真意を訊ねる気など湧かず、衝立の向こうで此方に背を向けたであろう身動ぎする音を聴いて、静かに息を吐いた。
 
 未だ何処か休日の余韻を引き摺っていた思考に殴り込みを掛けるように行われた休み明け最初の教科題目を思い出して、衝立の影に身を引っ込めた伊作は苦々しく表情を歪める。年頃ともなればある程度知識としての蓄えもあったことと、更に言えば保健委員会に属している以上同学年よりもそういう事情に詳しく為らざるを得なかったことを踏まえれば、教本通りの授業内容は今更衝撃を覚えるようなものではない。ただ、座学を終えれば───実技の時期が迫っているという事実を嫌でも強く意識させられて、夜を迎えても尚伊作の胸中は酷く乱れていた。


 ───『房中術』

 忍者における房中術は単なる快楽の技法ではなく、対象若しくはその近しい者に深く取り入り、情報を引き出す為の手段の一つである。
 実技の実施時期は個々によって異なり、前日に担任より相手・場所等を告げられる。座学からある程度間を空けて実技が行われる理由は、教育課程の一つとはいえ、教師に決められた相手との夜伽を強いられることになるのだから、事前に『予習』を済ませておけと暗に促されているのだと深く考えずとも誰もが理解わかる。
 あくまでも授業の一貫であるから指南役の上級生は評価者の一人として、同時に教師には屋根裏や梁の上から営みの一部始終を査定される羽目になる。
 恋人同士の甘やかな一夜とは違い、第三者に覗き見られながら義務的な手解きを受け入れなければならないので拒否反応を示す者も多く、『習うより慣れよ』と予習・・の意を汲み取り、きたる日までにある程度の羞恥心や自尊心を捨て置かねばならなかった。
 当然、これは個人の自由に委ねられているので、実技指南を受ける相手を『初めて』にすることも勿論可能ではあるれど。
 
 (僕に想いを告げる勇気は、ない)
 
 数年間の内に憧憬から恋へと抱く感情の変化はあったにせよ、四年間も想いを募らせる相手を思い浮かべて、伊作の口からは自然と溜息が漏れる。
 男子生徒であれば心・体の充実する十三、四歳頃に、女子生徒はそれよりも一年程早く、初潮を迎えた者を対象に四年次に上がる前の、春休み直前に実技が実施される。女子生徒の教科・実技の実施時期が男子生徒と異なるのは二次性徴も理由の一つではあるが、殊に行儀見習い目的で入学した生徒の自主退学を促す側面を果たしていた。高学年に進級した者は必修科目である房中術の履修を完了したことと同義であり、何れかの方法で童貞・処女を卒業・喪失していることになる。
 房中術指南を受けるにあたり、今更、男女双方の貞操観念を気に掛けるのは無意味なことだった。だが、留三郎が暗に言わんとしていることを理解して、彼に気付かれぬよう伊作はぎゅっと拳を握る。
 近年のくの一教室は行儀見習い目的の入学者が多く、上級生に進級する女子生徒はかなり数が限られている。ここで問題なのは、現在くの一教室には四年次が三名、五年次が零名、六年次が一名という在籍数にあった。
 例年通り上級生が下級生に実技の手解きをするのであれば、六年生の唯一のくのたまが四年生伊作達の忍たまの房中術指南に当たることになるということだ。その指南役というのが懸想する相手となれば尚のこと。
 
  (僕の指南役が雨森先輩に決まった訳ではないけれど)
 
 彼女に触れたいと思う気持ちがない訳ではない。一歩踏み出す勇気が出ない自分にとって、今回実技の件は良い機会になるかもしれないと前向きに捉えたい一方で、同学年の他生徒の相手も彼女が務めることになるのだと考えると、割り切れない感情が存在するのも確かであった。誰かに打ち明けたことはないけれど特に気心の知れた者───同室の彼には恐らく気付かれているのだろう。彼なりに思うところがあっての先程の発言を、どう受け止めれば良いか答えが出せずにいる。

 燭台の蝋の芯がジリと爆ぜて室内に伸びる影がぐらりと揺らいだ。








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