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「毎回同じ女というのも厭きがきませんか」
自身の身の上を省みない言葉を発する遊女に文霖は言葉が出なかった。左手を弦に滑らせながら『贔屓にして下さるのは大変有難いお話ですが』と然して弁明にも成らぬ言葉を彼女が後から付け加えた理由も今更保身に走ろうという訳でもなく、単に客を不快にさせたかもしれないという謝罪の感情から来るものだろう。
遊女というものが客に愛想を尽かされればその後どうなるかを良く理解しているだろうに、例え其れが本心であろうと胸の内に留めて置くべき言葉を目の前の女は憚りもなく口にする。宵の帳が下りた後にも煌々とした明かりを灯す遊郭に、一夜の夢を求めて蛾の如く群がる男共を相手にする事に、拒む理由と身分を持たない自覚が無い程愚かな女蝶でも無いだろうに。
「女を変えれば毎度質問を受ける事になる」
「あら、厭わしい事が理由にございましたか」
唐人街の客用に用意された定型文を其の都度交わすことの滑稽さに苛立ちを覚えるのは目に見えていた。此の国の言葉を不自由なく話せるというのもその後の遣り取りが反って煩わしいのだと態々口にする前に、彼女は両手の平をぱちんと音を立てて合わせ『得心がいきました』と微笑む。
「実はあね様方が劉様とお話ししたいと色めいておりますが、妾 としては御贔屓様を取られてしまうのではないかという思いもございまして」
「この期に及んで他の者を相手にする気など起きん」
「では妾 はとても運が良かったのでしょうね」
彼女は艶を帯びる遊女の其れではなく花街に似つかわしくない何処か稚 い表情を浮かべ、清掻 を独り三弦で愉しそうに弾く。
「箏も一節切 も呼ばぬというのも、座敷で見世清掻の曲を好む殿方というのも実は大層珍しいものですが、劉様が望まれるなら以後も其のように致しましょう」
鉄面皮と称される文霖に対して夜を重ねてからも臆することなく柔和な態度で接し続ける彼女は、已然として感情の内を晒け出していない。相手が相手ならさぞかし聞き上手で居られただろうが話題を振ることのない文霖相手に戸惑うこともなく、所謂肌を重ねる前の余興に過ぎない一時に居心地の良さを感じさせる程には相手に応じた振る舞いが出来て当たり前の世界なのだろう。此れが水揚げされて間もないという話なのだから、夢現 の境界が曖昧になり遊女に溺れて往く者が多いというのもまるで頷ける。
("贔屓"の言葉に他意は込められていないのだろうが)
特命を受け派遣されたと謂えど一辺倒に職務に邁進するだけでは生理現象を抑えられる道理もなく、発散の捌け口が必要だからという理由で利用し始めた娼館の、異国の地で最初に閨を共にした女との遣り取りに不快に感ずるところが無かったという理由で彼女を選んでいるに他ならない。ただ、初めて部屋に通された時に聴かされた三弦の音色が違和感なく耳に馴染んだことと、端から性に媚びるような特有の甘ったるい声で持て成されなかったことで己が内の何処かで感じていた抵抗感が薄らいだことも事実であった。
───立場上、特定の女に入れ込むのは好ましくない事だと理解していない訳ではない。寧ろ此方の動向を探る連中が情報を得る為に下世話な勘繰りをして遠回りでもすれば良いと割り切ってしまえば、幾分かは気が楽になれるのだろう。酷な事にならねば良いが、と願わずにはいられずに居る感情と木格子の籠に囚われた女一人に魅せられている事実を文霖は否定し続けねばならなかった。
自身の身の上を省みない言葉を発する遊女に文霖は言葉が出なかった。左手を弦に滑らせながら『贔屓にして下さるのは大変有難いお話ですが』と然して弁明にも成らぬ言葉を彼女が後から付け加えた理由も今更保身に走ろうという訳でもなく、単に客を不快にさせたかもしれないという謝罪の感情から来るものだろう。
遊女というものが客に愛想を尽かされればその後どうなるかを良く理解しているだろうに、例え其れが本心であろうと胸の内に留めて置くべき言葉を目の前の女は憚りもなく口にする。宵の帳が下りた後にも煌々とした明かりを灯す遊郭に、一夜の夢を求めて蛾の如く群がる男共を相手にする事に、拒む理由と身分を持たない自覚が無い程愚かな女蝶でも無いだろうに。
「女を変えれば毎度質問を受ける事になる」
「あら、厭わしい事が理由にございましたか」
唐人街の客用に用意された定型文を其の都度交わすことの滑稽さに苛立ちを覚えるのは目に見えていた。此の国の言葉を不自由なく話せるというのもその後の遣り取りが反って煩わしいのだと態々口にする前に、彼女は両手の平をぱちんと音を立てて合わせ『得心がいきました』と微笑む。
「実はあね様方が劉様とお話ししたいと色めいておりますが、
「この期に及んで他の者を相手にする気など起きん」
「では
彼女は艶を帯びる遊女の其れではなく花街に似つかわしくない何処か
「箏も
鉄面皮と称される文霖に対して夜を重ねてからも臆することなく柔和な態度で接し続ける彼女は、已然として感情の内を晒け出していない。相手が相手ならさぞかし聞き上手で居られただろうが話題を振ることのない文霖相手に戸惑うこともなく、所謂肌を重ねる前の余興に過ぎない一時に居心地の良さを感じさせる程には相手に応じた振る舞いが出来て当たり前の世界なのだろう。此れが水揚げされて間もないという話なのだから、
("贔屓"の言葉に他意は込められていないのだろうが)
特命を受け派遣されたと謂えど一辺倒に職務に邁進するだけでは生理現象を抑えられる道理もなく、発散の捌け口が必要だからという理由で利用し始めた娼館の、異国の地で最初に閨を共にした女との遣り取りに不快に感ずるところが無かったという理由で彼女を選んでいるに他ならない。ただ、初めて部屋に通された時に聴かされた三弦の音色が違和感なく耳に馴染んだことと、端から性に媚びるような特有の甘ったるい声で持て成されなかったことで己が内の何処かで感じていた抵抗感が薄らいだことも事実であった。
───立場上、特定の女に入れ込むのは好ましくない事だと理解していない訳ではない。寧ろ此方の動向を探る連中が情報を得る為に下世話な勘繰りをして遠回りでもすれば良いと割り切ってしまえば、幾分かは気が楽になれるのだろう。酷な事にならねば良いが、と願わずにはいられずに居る感情と木格子の籠に囚われた女一人に魅せられている事実を文霖は否定し続けねばならなかった。
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