ワールドトリガー(名前変換)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
学内の喫煙所から出てきたところに偶然目の前を通り掛かったみことを捕まえて、ぽつりぽつりと他愛ない会話をしながらキャンパスを出た。話題を振るのはどちらかといえば俺の方で、それに相槌を打ちながら隣を歩く彼女の視線はいつも真っ直ぐ前方というよりもやや下方へと向けられている。首にぐるぐると巻いた千鳥柄のマフラーに顔下半分を埋めて発する声は小さく、相槌すら時折聞き取れずにその顔を覗き込むと、みことが一瞬硬直したのちに表情を歪めるのも、またいつものことであった。
「今日は特に薫りが強いね」
「悪りぃな」
口元を覆うマフラーの裾をぐいと更に引き上げる様子に思わず微苦笑を漏らす。何せ今日は喫煙所から出てきたばかりのところで遭遇してしまったのだから匂いに関してはどうしようもない。気を遣ってくれるなら声を掛けず放っておいて欲しかったと言外に聞き取れる発言は聞こえない振りをした。
「当日休講だと時間の調整難しいわ」
「四限休講になったのは、えっと……『なんとか教育論』?」
「『教育方法学』、な」
「そうそれ」
とりとめも無い会話をしながら並び歩いているけれど、こうして二人で時間を共有するというのはかなり久し振りのことだったりする。(先日みことがボーダー本部内でダウンしていた時に遭遇したことを除けば、だが)
同キャンパスと云えど専攻学科や互いの授業編成の違いから構内で彼女の姿を見掛けること自体が稀なことになりつつあった。それに加えある時期を境に、遠くからその姿を視認して声を掛けようにも彼女はその場から足早に去ってしまうことが複数回あって、一時は嫌われているんじゃないかと本気で落ち込みもしていた。実はそんな時期があったなんてこと目の前の彼女は知る由もないのだろう。暫くしてからボーダー内ではそこまで避けられていないと気が付き、トリオン体なら煙草の匂いが染み付いていないからだと腑に落ちて、ああ、なんだ、俺が嫌われている訳ではなかったのか、と胸を撫で下ろした時、みことに対する感情の存在に漸く気付かされることになる。
(ただ当たり前のように俺の視界にいて欲しいだなんて、そんな小恥ずかしいこと言える訳ねえけど)
今日は偶々四限が当日休講になったので図書館で作成途中のレポート課題に時間を割いた後、講堂近くの喫煙所で小休憩を取ってから正門へ向かおうとしたところでみことを見付けたから声を掛けた。どうせその足でボーダーに向かうんだから別々で歩くのも何か可笑しいだろ───と、『お前を待ってた』の一言も吐けず遠回しなアリバイを一通り話す俺に、『学科違うからよく分からないけど相変わらず忙しそうだね』とみことは聞き流しているかのように適当な相槌の言葉を溢す。口元を覆ったマフラーの向こう側でゴホゴホと咳をした彼女は再び其の表情を歪めた。
「やっぱり煙草の匂いは苦手…」
「お前いつもそう言うけどよ、俺らが声掛けると飲み屋には来るよな。たまにしか来ねえけど」
「だって、お酒は飲みたいから」
「そんなもんなんかよ」
「『そんなもん』です。家で独り飲む気分になれないって理由もあるけれど」
そう言ってみことは地面から視線を上げて遠くを見つめた。色素の薄い髪色に透けた暗色調の瞳は何処か寂しい色をしていて、過去に思いを馳せているのだろうかと推測をしたのと同時に、容易に踏み込んではならない彼女の事情を思い出して、俺は返す言葉が見付からなかった。
学内で友人らしい友人を作らない彼女の交友関係は今や殆どがボーダー関係者に限られていると言う。彼女の持つ副作用のせいで新たに普通の交友関係を築くのは大分しんどいらしく、大学進学前───三門市立第一高校にはボーダーと提携を結んだ直後にわざわざ転校までしてきて、そして三門市立大学入学を機に以前の交友関係諸とも完全に絶ったと聞いた。ボーダーには近界民への復讐心に突き動かされて入隊する者も少なくは無いが、みことの場合はプライベートを排してまで組織に献身している節がある。彼女は城戸司令派閥であるが、駒としての働きはどちらかと言えば迅に近い。そんな生き方を選択したのは紛れもなくみこと自身なだけに、今更俺がどうこう言える資格はないけれど。
「───辛かったらちゃんと言えよ」
「煙草は苦手だけど諏訪君といるのは気が楽だよ」
飾らない、さらりとしたみことの物言いに意表を突かれて一瞬言葉を失う。思わずその場に立ち止まってしまった俺に気付いたみことはくるりと身体を反転して、ぽかんと口を開けたままの俺を真っ直ぐ射貫く。少し前までは遠くに向けられていた視線が今度は自分ただ一人に向けられていることにドキリと心臓が高鳴ったが、同時に、ある種の居心地の悪さを感じずには居られなかった。彼女の目は遮蔽物関係なく遠くまで見透すことが出来るというもので、心を読んだりする訳ではないと知っていながらも、深い暗色の瞳には機微に触れるようなことまで捉えられているかのような錯覚に陥らされる。彼女の副作用が明らかになる以前から、彼女と過ごす日常の中で少しずつ積み重なったこうした違和が原因で彼女から離れていった者も少なからず居たのだろう。だからみことは事情を知らない相手に神経を擦り減らしてまで付き合い続けるのを辞めた。特にここ一・二年はボーダーの益になるか否かで線引きをしているようにも思えてならない。彼女は自身のトリオンが緩やかに減少していくように強化視覚の副作用の影響が少しずつ消滅に向かうことを願っているけれど、正隊員を辞した後も然程変化していない数値を考えるに、そういう極端な割り切り方を取らなければとても耐えられないのだろう。彼女の口から『気が楽』でいられる相手だと告げられたことを素直に受け止められれば良いのだが、己が内に秘めた感情の所為で何処か後ろめたさを感じずにいられない。
みことは、ただ立ち尽くした状態の俺から視線を外して地面を見つめた。西日を背にした彼女の表情は翳っていて、そして何でも無かったように破顔した。
「ごめん、何も
「そうやって自分から離れて行こうとすんの止めろ。まだ何も言ってないだろうが」
「…でも、諏訪君変な顔してたから」
『無理して私に構うことは無いんだよ』と言ってみことは俺に背を向けて先に歩き出した。彼女を追い掛けて遅すぎる弁明の言葉を口にすると、諏訪君は相変わらず面倒見が良いね、と本心かどうか分からない言葉を口にして微苦笑を溢す。
そうしてボーダー本部に着くまでの間、みこととは一度も視線が交わることはなかった。
4/4ページ