幼女戦記(二次創作)

 随分と前から正確に時を刻まなくなった腕時計を傍らに、男は窓越しの空を見上げた。
 煌々とした朝陽の目映さも感じなくなった盲いた目で、世話人が開けていったカーテンの向こう側の穏やかな喧騒に、じっと思いを馳せるというのも案外悪くない。通りに面したパブでは午前中からアルコールを煽る陽気な声が、すぐ傍の路地裏では近所の子供達が駆け回ってはしゃぐ声と其れに遅れて母親らしき女性の怒声が石壁に反響してこの部屋まで届くことも、最早男の生活の一部となっている。

 『チッチッチッ……』

 窓硝子を通して部屋に降り注ぐ陽射しがとても暖かだ。半日以上もこうして寝台で過ごすようになって久しいけれど、疲れていようといまいと外の陽気がこんなにも感じられる日はどうも眠気に抗えなくなってしまう。
 嗚呼、窓の外に広がる平和な営みをもう少しだけ覗かせて欲しい。思いとは反して男の身体はここ最近滅法言うことを訊いてくれない。壊れていても尚軽快に時を刻む秒針の音が、背中を優しく叩いて眠りへ誘う母のようで大層心地が良い。

 (少々、歳を取り過ぎてしまったな)

 男はゆっくりと瞼を閉じた。瞼に感じる陽射しの温もりと記憶に残る青空を思い起こすと、どうしたものか、『彼女』の姿が浮かび上がった。棚引く金糸の髪と青く美しい碧眼。『陽射しのように暖か』と形容するには程遠いけれど。
 
 光を感じなくなった瞼の裏で今も尚あの輝きが忘れられずにいる。
 
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