幼女戦記(名前変換)
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4. 当直番の話
サガ・ベルイマン少尉は人目を惹く人物である。
二〇三大隊に所属する女性士官はターニャ・フォン・デグレチャフ少佐を筆頭に粒揃いばかりなので、『人目を惹く』とはいえ一個人レベル程度のことは然程問題にもならない。そうは言ったものの彼女の存在は何かと浮きやすく、少佐殿とは違った意味で話の種になり易いことには変わらなかった。
ベルイマン少尉が浮きやすい理由の一つに外見が挙げられる。
金髪碧眼で陶磁器のような白い肌といった美しいパーツを備えているターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、大人しくしていれば天使と形容しても過言ではない容姿をしている。あの少佐殿が軍人などではなく年齢相応の振る舞いと生活を送っていたならば、周囲の人間は彼女を好意的に受け入れてくれるのだろう。それだけ器量の良い幼女だ。
比べてサガ・ベルイマン少尉は先天性色素欠乏症───所謂アルビノで、薄色の長い銀髪に緋色の瞳と透けるような白い肌をしている。彼女も端正な顔立ちをしているのだが、一目で遺伝子疾患を抱えているということがわかる彼女の外見は相当なハンディキャップになっていた。アルビノは只でさえ物珍しいのだ。彼女がそこに存在するだけで奇異の目に晒される事態は避けられようもなかった。
二つ目の理由は彼女の経歴。
彼女は帝国内の数少ない女性士官と比較すると、軍人寄りではない穏やかなもの性格をしている。話し方も丁寧で柔らかいし、血と砲弾が飛び交う戦場とは縁が遠い存在だと未だに思う。そんな彼女が軍へ志願して入隊したことも驚きであったし、ましてや航空魔導師になる為に既に衛生魔導師として従軍していた実績も捨てて航空魔導兵科に転科してきたというのではないか。一括りに魔導師といえども畑違いの兵科に編入したという例はきいたことがない(転科といっても流石に促成教育の波は回避出来なかったようで、士官学校へは中途編入となった訳だが)
これは俺の推測でしかないが彼女の存在は上層部から目をかけられているのだろう。はたまた、彼女の実家が軍部に相当なコネクションを持っているか、だ。そういった経緯から航空魔導兵科卒業後配属された東方面軍でもサガ・ベルイマン少尉は周りから浮いた存在として扱われていた。彼女も最低限の関わりしか周囲と持とうとしなかったし、俺自身も彼女とまともに話すようになったのはこの二〇三大隊に所属するようになってからだ。話すといっても彼女はヴァイス中尉指揮下の隊員であるから特別親しい間柄になった訳でもないのだが。
(そういえば今日は彼女の姿をみていない気がする)
訓練中にふとあの長い銀髪が映えた後姿を思い出す。今は部隊毎の訓練───第二中隊と入れ替わる様に開始をしたのだが、その一団にも彼女は居なかったような気がする。俺が見落としてした可能性も否定しないが、あれだけ目立つ彼女だ。あの印象的な白さを見落とすなんてことはあるだろうか。
今日一日の記憶の中で彼女を探す。
声は聴いていない。もしかしたら視界の端にも映っていたかもしれない。でも思い起こす限りは彼女の存在を確認出来ずに今日の記憶は途切れてしまった。
( 彼女は一体何処へ? )
その後も印象的な彼女の後ろ姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。
+++++++
夕刻、訓練を終え夕食を摂る為に士官食堂に足を踏み入れると、入口から少し離れた席で数人の士官が食事を終えたままに何やら話し込んでいる。その輪の中でグランツ少尉が不服そうに声をあげていた。
「騒がしいな。何かあったのか」
糧食のトレーを持ちその一団に話し掛ける。
「…!ケーニッヒ中尉殿!ちょっと小官の話聞いて下さりますか?」
グランツ少尉が不満そうな表情そのままに相談を持ち掛けてくる。『こいつら俺の話全然信じてくれないんっすよ!酷いんですよ!!』と声高に訴えてくる。…上官に対する言葉遣いも態度も何も崩れているが、部下の話を聞いてやるからにはそこに水を差すのもどうかと思い、今回は目を瞑ってやることにした。
「聞いてやるから少し落ち着け少尉」
興奮気味のグランツ少尉を制して向かいの席に腰をかける。上官に窘められて少しだけ落ち着きを取り戻した彼は、すっと息を吸ってそれを吐く動作と共に言葉を発する。
「───ベルイマン少尉のことなんですけど」
グランツ少尉の話の焦点はベルイマン少尉にあるようだった。この場でベルイマン少尉の名前があがったことで先程偶然にも彼女のことを考えてた俺は少なからず動揺した。それを表情や態度に出して部下に悟られるようなことはしないけれど。
「───小官とベルイマン少尉は同じ第二中隊所属じゃないですか。それに小隊規模でも一緒だし、必然と行動を共にすることが多い訳でして、ヴァイス中尉の使いで出掛けることとかあるんですよ。その時のことなんですけど…」
ここまでのグランツ少尉の話をきくと極普通の世間話だ。
彼は一体何をそんなに不満に思っていたのか、と疑問を挟むことはせずにそのまま話を続けるように促す。
「ベルイマン少尉に屋外で1人で待って貰っていた時に見たんです。───彼女が大量の鳩に集られているのを」
「は…?集られ…?」
グランツ少尉の話すその状況が理解できず彼の言葉をそのまま反芻する。
「そうです。遠目でみたんですけどそりゃもう凄かったんですよ。ベルイマン少尉の周りに沢山の鳩が舞い降りてきてて。……ああ『集られていた』というよりひたすらもみくちゃにされてたんですけど」
真面目な表情で状況を説明するグランツ少尉。
彼の語彙力が乏しい所為か若しくは表現力の問題か。
いまいち想像力が働かない。
グランツ少尉は言葉を続ける。
「傍からみたら驚くような状況ですよ。遠目でみた俺ですら少し引きましたもん。でも、ベルイマン少尉はそんな状況で穏やかに笑ってたんですよ。───その時の少尉がまたすげー綺麗で………」
「俺、思わず声をかけるのを忘れちゃって、暫しその場立ち尽くしてしまったのですが、目があって気付いたベルイマン少尉が俺の名前を呼んだ時、そこに大量にいた鳩はあっという間に飛び去ってしまったんですけど」
「あれはまるで無音映画のワンシーンのようでした」
そう語るグランツ少尉は熱に浮かされたような表情。今まさにその情景を思い出しているのであろう。
彼の言葉を鵜呑みにすればわからなくもない。わからなくもないのだが、
「それが幾らか事実だとしても誇張表現がすぎるぞ」
「なっ、嘘じゃないっすよ!」
「お前の話の全てを否定する訳つもりはないが白昼夢でもみていたんじゃないか」
「ケーニッヒ中尉もこいつらと同じこというんですね、誰も俺のいうこと信じてくれない」
グランツの奴、自分の話を否定され続けたからって大分拗ねているな。
面倒な奴だな。そう、まるで絡み酒のような…、……酒?
「まさかとは思うがグランツ、お前相当酔っているだろう」
本日は待機日であるしそれを咎めるつもりはない。アルコールの摂取も飛行前の十二時間前規制には引っ掛からない程度であるならば許可されている。勿論それを承知の上で各隊員も酒や賭け事、趣味に興じている。
グランツ少尉もその一人。
そんな酒が入った彼本人がいくら真面目にきいて貰いたいと願っても状況が状況だ。グランツ少尉には可哀想だがこの場でまともに取り合う奴がいるとも思えない。アルコールの影響を考えなかった彼が悪い。
「酔ってない!全然酔ってないですよ!!」
駄目だこれは。もう話にならない。絡んでくる部下を引き離し、食事を終えてそそくさと士官食堂を後にする。面倒な酔っ払いに絡まれたものだ。相談に乗ってやるつもりで話をきいていただけにあんな作り話に付き合わされるとは。グランツ少尉に悪気はないだろうが、こちらとしてはとんだ肩透かしにあったのだ。おかげで余計な疲れが襲ってきた。このまま宿舎に戻って休みをとりたいところだが、夕食前まで訓練をしていたから本日はまだ事務仕事に手をつけていない。ああいうものは自分の与り知らぬところで溜まってしまっているものだ。明日以降の自分の首を絞めないよう状況だけは確認しておこうと思い執務用天幕に足を向ける。
+++++++
「あ」
前方に見覚えのある長い銀髪をみとめて思わず声が漏れる。
その声に反応した彼女──サガ・ベルイマン少尉が振り返る。
「ケーニッヒ中尉ではありませんか。お疲れ様です」
彼女はこちらへ駆け寄り略式の敬礼をとった。
「今から書類仕事でいらっしゃいますか」
「ああ、とりあえずは確認だけはしておこうと思ってな。少尉はどうしたんだ」
「小官は先程まで救護所におりまして…、この後は不夜───当直番がありますのでそれを兼ねてヴァイス中尉に報告にあがってきたところであります」
「当直は今からか。食事はちゃんと摂ったのか?」
「今日の予定は朝の時点で凡そ把握しておりましたから、レーションを拝借して来てそれを頂きましたので問題ありません」
今日一日彼女の姿がみえなかった理由は治療に駆り出されていたからか。少し考えればわかることだったのにそこに思考が働かなかった自分はどうかしてる。
「そうか、多忙のところ引き留めて悪かったな」
「はい、いいえ。では小官はこれにて失礼します」
再び略式の敬礼をして当直場所に向かう為踵を返すベルイマン少尉。
振り返った反動で長い髪が揺れる。その際にふわっと綿帽子のようなものがひとつ、彼女の髪から零れた。思わずその綿帽子を目で追う。それが空を舞って地に落ちる頃には彼女の姿はみえなくなった後だった。彼女が先程まで立っていた場所に白くふわふわとしたものだけが残った。
(これは 鳥の羽毛か…?)
落ちた羽毛を拾い上げて思い起こすのは先程のグランツ少尉との会話。あれは単なる酔っ払いの戯言。それも誇張表現の過ぎた作り話。
そう思うことにしたのに。
(これで気にならないと言ったら嘘だろ)
再び脳裏に彼女の姿が浮かぶ。
+++++++
当直番は従兵を除けば当直士官は基本一人体制である。裏を返せば誰にも邪魔をされない。
それに当直とは暇と緊張が最大の敵である。彼女もきっと時間を持て余しているだろう。だからそう邪険にはされないはずだと彼女の性格に付け込んだ打算的な考えも働かせて今に至る。
珈琲を携えて「部下を気遣う上官の図」という建前も用意して彼女が詰めている屋外の当直場所を訪れる。
野営照明の淡くぼんやりとした灯りが彼女を照らし、地に影を落としている。
それとそこにあるのはもう一つの小さな影。
時折小さく揺れるそれに目を凝らす。
(───あれは烏だ)
少尉の傍らにある一脚の椅子の背もたれに一羽の小柄な烏が留まっている。
+++++++
[ #dn=2#]少尉が烏の留まる隣の椅子に腰かけながら、指の腹で烏の首元や嘴を撫でている。烏は時折くすぐったそうに身を捩りながら、気持ちよさそうに目を細め更に撫でることを要求しているようにも見えた。
「随分と好かれているんだな」
「ケーニッヒ中尉...?」
二つのカップを左手の人差し指に引っ掛けて当直番につくベルイマン少尉に声をかける。烏は俺を警戒して羽根を広げて威嚇したかと思うとそのまま踵を返して彼女の元から飛び去って行った。
「悪い、邪魔をしたな」
「いいえ、そんなことはありませんよ。私の相手をして貰っていただけですから」
ちらりと烏が飛び去っていった方に視線を送り、すぐに戻して平然を装う。
「当直ご苦労様。珈琲をいれてきたんだが良かったらどうだ」
「わ、ありがとうございます」
片手でカップを手渡し、自分は少尉の隣に腰をかける。彼女は両手でカップを受け取り一口だけ珈琲を口をつけると、カップを下げてそのまま膝元に置いて抱えている。
その目線は遠くをみるように前に向いたまま。
カップから薄い湯気が緩やかに立ち昇り消えていく。
都市部の夜の静寂とは掛け離れた喧噪がそこかしこからきこえてくる駐屯地にいるはずなのに、今はいつもの騒がしさがやけに遠くにきこえるようだ。
妙な沈黙が二人を包んでいた。
彼女は俺がここに姿を現した理由を聞いてこなかった。
軍務でないことだけは察しているようで、それも急用ではないと判断したからか沈黙を守ったままだった。こちらが話を切り出すのを待っているのかもしれない。俺の本意が分からない以上、彼女の方から不用意な発言はしないつもりのようだ。
「───そんなに身構えてくれるな少尉。単なる世間話をしにきただけだよ。貴官の噂話を耳にしたものでな」
「はぁ…噂話でありますか」
沈黙を破って切り出された話題が本当に単なる世間話に過ぎないものであったので何とも彼女らしくない気の抜けた返事をした。
そしてその話題の渦中の人物が彼女自身に関わることだとは露にも思わなかったようで、彼女は心当たりを探すように視線を落とし口元に手を当て思案する仕草をする。
そして暫し考え込んだ後、小さく唸り声をあげた。
「…最近は妙な目立つ行動をとったつもりはないのですが」
結局自分で答えを導き出すことは出来なかったらしい。カップを持っていない手を軽くあげて降参の意を表す。
「なんだわからないのか」
「小官、自分が注目されるのはあまり慣れていないのですよ。出来ることなら噂になるなんてことはご遠慮したいのですが」
「俺は周りに埋もれているようなベルイマン少尉は想像が出来ないのだが」
「それはもしかして嫌味と受け取って良いのでしょうか?…中尉殿って意外と意地悪ですのね」
「あー…褒めたつもりなんだが。…それにベルイマン少尉は自分の容姿を卑下し過ぎだ」
「…いつまで経ってもそれは治りませんわ」
そう言う少尉は苦笑いをした。外見にコンプレックスを抱えているらしい彼女は周りがいくら彼女の容姿を褒めようと頑なに受け入れようとしない。『らしい』というのはあくまで伝聞で、それを彼女本人の口から直接聞いた訳ではない。しかし、彼女と仲が良いセレブリャコーフ少尉がそう溢しているのを耳にしたからコンプレックスに関しては事実なのだろう。自分の先天性の容姿に対して人一倍の偏見を持っているのは彼女自身であった。
これ以上外見に触れる話題はは彼女を傷つけ兼ねない。それに今日この場に来た理由はこんな話をしたかった訳ではないからだ。
「それはそうとして…グランツ少尉から興味深い話をきいたんだ。貴官はこの前外出した際に鳩に集られてたそうじゃないか」
「はと…? 」
呟くように反芻する。そして言葉の意味するところを理解したのか困ったような表情で照れ笑いをした。
「...昔からなんですよ。嫌われてはいないようなんですが数が多いと『そう』なってしまうこともあって…」
「しょっちゅうあることなのか」
「グランツ少尉と出掛けた時の規模のは滅多にないですけど1人でいる時に単体若しくは2・3羽やってくることはまあそれなりに…」
確かめるように「中尉殿も先程ご覧になったのでしょう?」と首を傾けて訊ねる。
「少尉の前世は鳥か何かか?」
「さあ、どうなんでしょうかね」
彼女にしては珍しくはぐらかすような口調。何か心当たりがあるような節だ。そんな俺の心情を感じ取ってか彼女は言葉を続ける。
「心当たりというかただの思い出話になるんですけど…。昔、怪我をした鷹を保護したことがありまして、怪我が治るまで一緒に暮らしていたんです」
「それはまた珍しい体験をしているな」
「はい。それでその鷹の怪我が治って飛び立っていってしまった後暫くは変わったことは無かったのですが、気が付くと1人でいる時に鳥類とか猛禽類が寄ってくることが多くなって…」
「それから時々思うのです。あの時助けたのは、鷹の神様だったのではないのかと…。……なんて、少しメルヘンチックでしたか?」
そういう彼女は照れ笑いをしてその恥ずかしさを誤魔化すように温くなってしまった珈琲を一口含んだ。
「まあなんだ。少尉がそういうことを言うと本当かと思えるな」
「あら、信じておりませんね中尉殿。───別に構いませんよ。小官も自分でよくわかっていないことですから。それに自分の意思でどうにか出来るものでもないようですし」
「どうにかしたいなら今度餌でもやってみたらどうだ。意外と言うことをきいて貰えるかもしれないぞ」
「そうですね…餌はパン屑で良いのでしょうか。あ、K-パンはまずいですかね」
「それは辞めといた方が良いな。殺す気か」
「あー…やはり中尉殿もそう思います?」
「ふ、」「はは」とどちらともなく思わず笑いが零れる。
「少尉も冗談とか言うんだな。なんだか意外だ」
「それは中尉殿が誘導されたからですよ、もう」
口元に手をあて抑え気味に笑っているが、それは彼女の笑いのツボを突いてしまったらしい。目の端には薄ら涙を浮かべ必死に堪えていた。
「あー…可笑しかった。…久しぶりにこんな笑い方しました」
涙を指で拭いながら『小官は軍務中ですのに。デグレチャフ少佐に知られたらお叱りを受けてしまいますわ』と、さして困ったような物言いではなく寧ろ楽しそうに言った。
「それは少尉の当直を邪魔してしまった俺にも原因があるな。果たして『お叱り』だけで済めば良いが…選抜訓練のような扱かれ方をされるのは勘弁願いたいな」
「そうですね。ですから中尉殿、」
ベルイマン少尉の言葉が妙なところで途切れたので思わず彼女の顔をみる。すぐ隣にいる彼女の唇は薄く笑みを浮かべ、その前に人差し指を立て
「今夜のことは内緒にして下さいますね?」
上目遣いで首を傾けた。
そしていつものように困ったような照れ笑いをする。
( その言い方と仕草は狡いだろ )
サガ・ベルイマン少尉は人目を惹く人物である。
二〇三大隊に所属する女性士官はターニャ・フォン・デグレチャフ少佐を筆頭に粒揃いばかりなので、『人目を惹く』とはいえ一個人レベル程度のことは然程問題にもならない。そうは言ったものの彼女の存在は何かと浮きやすく、少佐殿とは違った意味で話の種になり易いことには変わらなかった。
ベルイマン少尉が浮きやすい理由の一つに外見が挙げられる。
金髪碧眼で陶磁器のような白い肌といった美しいパーツを備えているターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、大人しくしていれば天使と形容しても過言ではない容姿をしている。あの少佐殿が軍人などではなく年齢相応の振る舞いと生活を送っていたならば、周囲の人間は彼女を好意的に受け入れてくれるのだろう。それだけ器量の良い幼女だ。
比べてサガ・ベルイマン少尉は先天性色素欠乏症───所謂アルビノで、薄色の長い銀髪に緋色の瞳と透けるような白い肌をしている。彼女も端正な顔立ちをしているのだが、一目で遺伝子疾患を抱えているということがわかる彼女の外見は相当なハンディキャップになっていた。アルビノは只でさえ物珍しいのだ。彼女がそこに存在するだけで奇異の目に晒される事態は避けられようもなかった。
二つ目の理由は彼女の経歴。
彼女は帝国内の数少ない女性士官と比較すると、軍人寄りではない穏やかなもの性格をしている。話し方も丁寧で柔らかいし、血と砲弾が飛び交う戦場とは縁が遠い存在だと未だに思う。そんな彼女が軍へ志願して入隊したことも驚きであったし、ましてや航空魔導師になる為に既に衛生魔導師として従軍していた実績も捨てて航空魔導兵科に転科してきたというのではないか。一括りに魔導師といえども畑違いの兵科に編入したという例はきいたことがない(転科といっても流石に促成教育の波は回避出来なかったようで、士官学校へは中途編入となった訳だが)
これは俺の推測でしかないが彼女の存在は上層部から目をかけられているのだろう。はたまた、彼女の実家が軍部に相当なコネクションを持っているか、だ。そういった経緯から航空魔導兵科卒業後配属された東方面軍でもサガ・ベルイマン少尉は周りから浮いた存在として扱われていた。彼女も最低限の関わりしか周囲と持とうとしなかったし、俺自身も彼女とまともに話すようになったのはこの二〇三大隊に所属するようになってからだ。話すといっても彼女はヴァイス中尉指揮下の隊員であるから特別親しい間柄になった訳でもないのだが。
(そういえば今日は彼女の姿をみていない気がする)
訓練中にふとあの長い銀髪が映えた後姿を思い出す。今は部隊毎の訓練───第二中隊と入れ替わる様に開始をしたのだが、その一団にも彼女は居なかったような気がする。俺が見落としてした可能性も否定しないが、あれだけ目立つ彼女だ。あの印象的な白さを見落とすなんてことはあるだろうか。
今日一日の記憶の中で彼女を探す。
声は聴いていない。もしかしたら視界の端にも映っていたかもしれない。でも思い起こす限りは彼女の存在を確認出来ずに今日の記憶は途切れてしまった。
( 彼女は一体何処へ? )
その後も印象的な彼女の後ろ姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。
+++++++
夕刻、訓練を終え夕食を摂る為に士官食堂に足を踏み入れると、入口から少し離れた席で数人の士官が食事を終えたままに何やら話し込んでいる。その輪の中でグランツ少尉が不服そうに声をあげていた。
「騒がしいな。何かあったのか」
糧食のトレーを持ちその一団に話し掛ける。
「…!ケーニッヒ中尉殿!ちょっと小官の話聞いて下さりますか?」
グランツ少尉が不満そうな表情そのままに相談を持ち掛けてくる。『こいつら俺の話全然信じてくれないんっすよ!酷いんですよ!!』と声高に訴えてくる。…上官に対する言葉遣いも態度も何も崩れているが、部下の話を聞いてやるからにはそこに水を差すのもどうかと思い、今回は目を瞑ってやることにした。
「聞いてやるから少し落ち着け少尉」
興奮気味のグランツ少尉を制して向かいの席に腰をかける。上官に窘められて少しだけ落ち着きを取り戻した彼は、すっと息を吸ってそれを吐く動作と共に言葉を発する。
「───ベルイマン少尉のことなんですけど」
グランツ少尉の話の焦点はベルイマン少尉にあるようだった。この場でベルイマン少尉の名前があがったことで先程偶然にも彼女のことを考えてた俺は少なからず動揺した。それを表情や態度に出して部下に悟られるようなことはしないけれど。
「───小官とベルイマン少尉は同じ第二中隊所属じゃないですか。それに小隊規模でも一緒だし、必然と行動を共にすることが多い訳でして、ヴァイス中尉の使いで出掛けることとかあるんですよ。その時のことなんですけど…」
ここまでのグランツ少尉の話をきくと極普通の世間話だ。
彼は一体何をそんなに不満に思っていたのか、と疑問を挟むことはせずにそのまま話を続けるように促す。
「ベルイマン少尉に屋外で1人で待って貰っていた時に見たんです。───彼女が大量の鳩に集られているのを」
「は…?集られ…?」
グランツ少尉の話すその状況が理解できず彼の言葉をそのまま反芻する。
「そうです。遠目でみたんですけどそりゃもう凄かったんですよ。ベルイマン少尉の周りに沢山の鳩が舞い降りてきてて。……ああ『集られていた』というよりひたすらもみくちゃにされてたんですけど」
真面目な表情で状況を説明するグランツ少尉。
彼の語彙力が乏しい所為か若しくは表現力の問題か。
いまいち想像力が働かない。
グランツ少尉は言葉を続ける。
「傍からみたら驚くような状況ですよ。遠目でみた俺ですら少し引きましたもん。でも、ベルイマン少尉はそんな状況で穏やかに笑ってたんですよ。───その時の少尉がまたすげー綺麗で………」
「俺、思わず声をかけるのを忘れちゃって、暫しその場立ち尽くしてしまったのですが、目があって気付いたベルイマン少尉が俺の名前を呼んだ時、そこに大量にいた鳩はあっという間に飛び去ってしまったんですけど」
「あれはまるで無音映画のワンシーンのようでした」
そう語るグランツ少尉は熱に浮かされたような表情。今まさにその情景を思い出しているのであろう。
彼の言葉を鵜呑みにすればわからなくもない。わからなくもないのだが、
「それが幾らか事実だとしても誇張表現がすぎるぞ」
「なっ、嘘じゃないっすよ!」
「お前の話の全てを否定する訳つもりはないが白昼夢でもみていたんじゃないか」
「ケーニッヒ中尉もこいつらと同じこというんですね、誰も俺のいうこと信じてくれない」
グランツの奴、自分の話を否定され続けたからって大分拗ねているな。
面倒な奴だな。そう、まるで絡み酒のような…、……酒?
「まさかとは思うがグランツ、お前相当酔っているだろう」
本日は待機日であるしそれを咎めるつもりはない。アルコールの摂取も飛行前の十二時間前規制には引っ掛からない程度であるならば許可されている。勿論それを承知の上で各隊員も酒や賭け事、趣味に興じている。
グランツ少尉もその一人。
そんな酒が入った彼本人がいくら真面目にきいて貰いたいと願っても状況が状況だ。グランツ少尉には可哀想だがこの場でまともに取り合う奴がいるとも思えない。アルコールの影響を考えなかった彼が悪い。
「酔ってない!全然酔ってないですよ!!」
駄目だこれは。もう話にならない。絡んでくる部下を引き離し、食事を終えてそそくさと士官食堂を後にする。面倒な酔っ払いに絡まれたものだ。相談に乗ってやるつもりで話をきいていただけにあんな作り話に付き合わされるとは。グランツ少尉に悪気はないだろうが、こちらとしてはとんだ肩透かしにあったのだ。おかげで余計な疲れが襲ってきた。このまま宿舎に戻って休みをとりたいところだが、夕食前まで訓練をしていたから本日はまだ事務仕事に手をつけていない。ああいうものは自分の与り知らぬところで溜まってしまっているものだ。明日以降の自分の首を絞めないよう状況だけは確認しておこうと思い執務用天幕に足を向ける。
+++++++
「あ」
前方に見覚えのある長い銀髪をみとめて思わず声が漏れる。
その声に反応した彼女──サガ・ベルイマン少尉が振り返る。
「ケーニッヒ中尉ではありませんか。お疲れ様です」
彼女はこちらへ駆け寄り略式の敬礼をとった。
「今から書類仕事でいらっしゃいますか」
「ああ、とりあえずは確認だけはしておこうと思ってな。少尉はどうしたんだ」
「小官は先程まで救護所におりまして…、この後は不夜───当直番がありますのでそれを兼ねてヴァイス中尉に報告にあがってきたところであります」
「当直は今からか。食事はちゃんと摂ったのか?」
「今日の予定は朝の時点で凡そ把握しておりましたから、レーションを拝借して来てそれを頂きましたので問題ありません」
今日一日彼女の姿がみえなかった理由は治療に駆り出されていたからか。少し考えればわかることだったのにそこに思考が働かなかった自分はどうかしてる。
「そうか、多忙のところ引き留めて悪かったな」
「はい、いいえ。では小官はこれにて失礼します」
再び略式の敬礼をして当直場所に向かう為踵を返すベルイマン少尉。
振り返った反動で長い髪が揺れる。その際にふわっと綿帽子のようなものがひとつ、彼女の髪から零れた。思わずその綿帽子を目で追う。それが空を舞って地に落ちる頃には彼女の姿はみえなくなった後だった。彼女が先程まで立っていた場所に白くふわふわとしたものだけが残った。
(これは 鳥の羽毛か…?)
落ちた羽毛を拾い上げて思い起こすのは先程のグランツ少尉との会話。あれは単なる酔っ払いの戯言。それも誇張表現の過ぎた作り話。
そう思うことにしたのに。
(これで気にならないと言ったら嘘だろ)
再び脳裏に彼女の姿が浮かぶ。
+++++++
当直番は従兵を除けば当直士官は基本一人体制である。裏を返せば誰にも邪魔をされない。
それに当直とは暇と緊張が最大の敵である。彼女もきっと時間を持て余しているだろう。だからそう邪険にはされないはずだと彼女の性格に付け込んだ打算的な考えも働かせて今に至る。
珈琲を携えて「部下を気遣う上官の図」という建前も用意して彼女が詰めている屋外の当直場所を訪れる。
野営照明の淡くぼんやりとした灯りが彼女を照らし、地に影を落としている。
それとそこにあるのはもう一つの小さな影。
時折小さく揺れるそれに目を凝らす。
(───あれは烏だ)
少尉の傍らにある一脚の椅子の背もたれに一羽の小柄な烏が留まっている。
+++++++
[ #dn=2#]少尉が烏の留まる隣の椅子に腰かけながら、指の腹で烏の首元や嘴を撫でている。烏は時折くすぐったそうに身を捩りながら、気持ちよさそうに目を細め更に撫でることを要求しているようにも見えた。
「随分と好かれているんだな」
「ケーニッヒ中尉...?」
二つのカップを左手の人差し指に引っ掛けて当直番につくベルイマン少尉に声をかける。烏は俺を警戒して羽根を広げて威嚇したかと思うとそのまま踵を返して彼女の元から飛び去って行った。
「悪い、邪魔をしたな」
「いいえ、そんなことはありませんよ。私の相手をして貰っていただけですから」
ちらりと烏が飛び去っていった方に視線を送り、すぐに戻して平然を装う。
「当直ご苦労様。珈琲をいれてきたんだが良かったらどうだ」
「わ、ありがとうございます」
片手でカップを手渡し、自分は少尉の隣に腰をかける。彼女は両手でカップを受け取り一口だけ珈琲を口をつけると、カップを下げてそのまま膝元に置いて抱えている。
その目線は遠くをみるように前に向いたまま。
カップから薄い湯気が緩やかに立ち昇り消えていく。
都市部の夜の静寂とは掛け離れた喧噪がそこかしこからきこえてくる駐屯地にいるはずなのに、今はいつもの騒がしさがやけに遠くにきこえるようだ。
妙な沈黙が二人を包んでいた。
彼女は俺がここに姿を現した理由を聞いてこなかった。
軍務でないことだけは察しているようで、それも急用ではないと判断したからか沈黙を守ったままだった。こちらが話を切り出すのを待っているのかもしれない。俺の本意が分からない以上、彼女の方から不用意な発言はしないつもりのようだ。
「───そんなに身構えてくれるな少尉。単なる世間話をしにきただけだよ。貴官の噂話を耳にしたものでな」
「はぁ…噂話でありますか」
沈黙を破って切り出された話題が本当に単なる世間話に過ぎないものであったので何とも彼女らしくない気の抜けた返事をした。
そしてその話題の渦中の人物が彼女自身に関わることだとは露にも思わなかったようで、彼女は心当たりを探すように視線を落とし口元に手を当て思案する仕草をする。
そして暫し考え込んだ後、小さく唸り声をあげた。
「…最近は妙な目立つ行動をとったつもりはないのですが」
結局自分で答えを導き出すことは出来なかったらしい。カップを持っていない手を軽くあげて降参の意を表す。
「なんだわからないのか」
「小官、自分が注目されるのはあまり慣れていないのですよ。出来ることなら噂になるなんてことはご遠慮したいのですが」
「俺は周りに埋もれているようなベルイマン少尉は想像が出来ないのだが」
「それはもしかして嫌味と受け取って良いのでしょうか?…中尉殿って意外と意地悪ですのね」
「あー…褒めたつもりなんだが。…それにベルイマン少尉は自分の容姿を卑下し過ぎだ」
「…いつまで経ってもそれは治りませんわ」
そう言う少尉は苦笑いをした。外見にコンプレックスを抱えているらしい彼女は周りがいくら彼女の容姿を褒めようと頑なに受け入れようとしない。『らしい』というのはあくまで伝聞で、それを彼女本人の口から直接聞いた訳ではない。しかし、彼女と仲が良いセレブリャコーフ少尉がそう溢しているのを耳にしたからコンプレックスに関しては事実なのだろう。自分の先天性の容姿に対して人一倍の偏見を持っているのは彼女自身であった。
これ以上外見に触れる話題はは彼女を傷つけ兼ねない。それに今日この場に来た理由はこんな話をしたかった訳ではないからだ。
「それはそうとして…グランツ少尉から興味深い話をきいたんだ。貴官はこの前外出した際に鳩に集られてたそうじゃないか」
「はと…? 」
呟くように反芻する。そして言葉の意味するところを理解したのか困ったような表情で照れ笑いをした。
「...昔からなんですよ。嫌われてはいないようなんですが数が多いと『そう』なってしまうこともあって…」
「しょっちゅうあることなのか」
「グランツ少尉と出掛けた時の規模のは滅多にないですけど1人でいる時に単体若しくは2・3羽やってくることはまあそれなりに…」
確かめるように「中尉殿も先程ご覧になったのでしょう?」と首を傾けて訊ねる。
「少尉の前世は鳥か何かか?」
「さあ、どうなんでしょうかね」
彼女にしては珍しくはぐらかすような口調。何か心当たりがあるような節だ。そんな俺の心情を感じ取ってか彼女は言葉を続ける。
「心当たりというかただの思い出話になるんですけど…。昔、怪我をした鷹を保護したことがありまして、怪我が治るまで一緒に暮らしていたんです」
「それはまた珍しい体験をしているな」
「はい。それでその鷹の怪我が治って飛び立っていってしまった後暫くは変わったことは無かったのですが、気が付くと1人でいる時に鳥類とか猛禽類が寄ってくることが多くなって…」
「それから時々思うのです。あの時助けたのは、鷹の神様だったのではないのかと…。……なんて、少しメルヘンチックでしたか?」
そういう彼女は照れ笑いをしてその恥ずかしさを誤魔化すように温くなってしまった珈琲を一口含んだ。
「まあなんだ。少尉がそういうことを言うと本当かと思えるな」
「あら、信じておりませんね中尉殿。───別に構いませんよ。小官も自分でよくわかっていないことですから。それに自分の意思でどうにか出来るものでもないようですし」
「どうにかしたいなら今度餌でもやってみたらどうだ。意外と言うことをきいて貰えるかもしれないぞ」
「そうですね…餌はパン屑で良いのでしょうか。あ、K-パンはまずいですかね」
「それは辞めといた方が良いな。殺す気か」
「あー…やはり中尉殿もそう思います?」
「ふ、」「はは」とどちらともなく思わず笑いが零れる。
「少尉も冗談とか言うんだな。なんだか意外だ」
「それは中尉殿が誘導されたからですよ、もう」
口元に手をあて抑え気味に笑っているが、それは彼女の笑いのツボを突いてしまったらしい。目の端には薄ら涙を浮かべ必死に堪えていた。
「あー…可笑しかった。…久しぶりにこんな笑い方しました」
涙を指で拭いながら『小官は軍務中ですのに。デグレチャフ少佐に知られたらお叱りを受けてしまいますわ』と、さして困ったような物言いではなく寧ろ楽しそうに言った。
「それは少尉の当直を邪魔してしまった俺にも原因があるな。果たして『お叱り』だけで済めば良いが…選抜訓練のような扱かれ方をされるのは勘弁願いたいな」
「そうですね。ですから中尉殿、」
ベルイマン少尉の言葉が妙なところで途切れたので思わず彼女の顔をみる。すぐ隣にいる彼女の唇は薄く笑みを浮かべ、その前に人差し指を立て
「今夜のことは内緒にして下さいますね?」
上目遣いで首を傾けた。
そしていつものように困ったような照れ笑いをする。
( その言い方と仕草は狡いだろ )
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