幼女戦記(名前変換)
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未だに検閲と輸送の影響で遅れは生じるものの、各員の個人的な私物やら手紙が本人の元へ届く程度には流通市場は回っており、拠点に野戦郵便局を擁する現地駐屯軍所属であれば原隊と故郷双方の遣り取りは比較的容易であった。とはいえ我らは転戦を常とする遊撃航空魔導大隊。帝国内外を東奔西走する戦力単位は何処か一つの戦線に専任するような部隊特性とはかけ離れ過ぎているのである。拠点らしい拠点と言えば首都ベルンにある第ニ○三航空魔導大隊に割り当てられた駐屯宿舎を指すのだろうが、実際のところ其の場所で特別休暇を享受出来る期間はあまりにも短く、そして頻度も少ない。だからこそ、今回のような帝都での待機ともあれば郵便のやり取りを消化するに絶好の機会なのだ。今朝届いたばかりの大隊各員宛に届いた郵便物を振り分けていると、自分の宛てられた書簡の裏面に見知った差出人の名前を見付けて思わず頬が綻ぶ。
「家族からか?」
「いいえ、そうでは無いのですけれど」
「…成程。これはあまり他言しない方が良いやつだな」
「何か勘違いをされておりませんかヴァイス中尉」
彼は隊員個人に対して不用意な詮索をしない方だけれど、どうやら其れが不粋な方向へ考え至った気配を感じ取ったので即座に否定の言葉を投げてみたのだが、『俺は口が堅いから安心しろ』と言われて一方的に会話を打ち切られてしまった。口が軽いとは決して思っていないけれど論点は其処では無かった。彼は少しズレているというか天然の気があるような気がする。
でも、彼にそんな誤解を受けるのも致し方ない。心待ちにしていた書簡がこうして無事届いて、舞い上がる気持ちと早く開封したいという欲求をひた隠しに出来るほど自分は器用ではないのだから。
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「ベルイマン少尉が優しいんです」
「サガがグランツ少尉に甘いのは今に始まったことじゃ無いと思う」
「あまっ……やかされているかは兎も角として、今日は常にふわふわしているというか、怪我を治して貰った時何も咎められなかったのが気になって」
同僚将校に神妙な面持ちで相談を持ち掛けられたと思えば、後方待機中らしいとりとめも無い何とも平和な話題。訓練中に負傷をしたともあらば例え相手が上官だろうと治療中に小言の一つお見舞いするサガに(根が親切なのは周知の通りなので、不器用な棘のある言い方を選んでもあまりクスリになっていないことを彼女は知っているのだろうか)、今日に限っては何時もより大分派手な創傷をこさえて診て貰ったというのに、『あまり無茶はしないで下さいね』と小言を言われるどころか治療終わりに頭を優しく一撫でされた…だという。同性相手ならいざ知らず、例え年下だろうと異性相手にはこういったスキンシップをしない彼女がグランツ少尉相手にここまで気が緩んでしまっているなんて余程機嫌が良い事があったに違いない。そして彼女の『良い事』に凡その見当もついていた。
「手紙が届いていたからじゃないかなあ……」
「はい?手紙?」
「うん、そう」
サガは手紙を送る際決まって二通を故郷に宛てていた。一つは実家分と、もう一つはベルイマン姓では無い男性名の宛名。そして返信が届くのは決まって後者からであった。そして丁寧に保管した其れ等を、時折宿舎でこそこそと読み返しては嬉しそうに笑みを溢しているのである。勿論気にならない訳が無かったので『もしかして恋人からの手紙?』と過去に一度問い掛けてみるも、否定はするものの曖昧に表情を崩してそれ以上を語ろうとはしないし、追及するのも悪い気がして相手がどんな人なのか訊けていないのだけれど。
「セレブリャコーフ少尉ですら知らないベルイマン少尉の文通相手かー。……気になりますね」
グランツ少尉が何かを企んでいるような含みのある表情に変わったようにみえたがヴィーシャは其のまま気付かない振りをした。
++++++
執務室の一角で四つ折りの紙一枚を見返しながらペンを走らせているサガに背後から近付く。端からみれば絶賛事務処理中にみえるのだが、ダブルクリップで纏められた明日提出期限の報告書の傍らに、書き損じらしき便箋が3枚程重なっていて、よくよく観察してみれば今日のノルマ分は既に終了していたのだと分かる。幸い彼女は目の前のことに夢中になるばかりで此方の気配には全く気が付いていないようだった。
「ベルイマン少尉」
「───っグランツ少尉!?……驚かせないで下さい」
彼女は書き進めていた一枚に大きく斜線を引いて手で覆い隠した。没にさせる気は更々無かったのだけれど、彼女としてはその内容を見られてしまう方が嫌だったらしい。
「邪魔しちゃってすみません。この書類のダブルチェックをお願いしたいのですが」
話し掛ける口実に持参した備品発注書を一枚差し出すと、彼女は机上の一枚を裏返してから『…確認するので暫し此のままお待ち頂けますか』と言って受け取り、その場で確認作業に取り掛かった。
「───さっき反応、もしかして恋人宛ですか?」
『ぐしゃ』手に持つ発注書に皺が寄る。
「…グランツ少尉、楽しんでません?」
曖昧に崩した表情を悟らせまいと書類で顔を覆いどうにかして回答を濁そうとしているが、明らかに動揺を隠せていない声色に後もう一押しで口を割らせることが出来ると踏んで、『中尉達も気になりませんか?』と事務処理中の上官等を巻き込んでみる。ノイマン辺りが乗ってくれるだろうと思っていたけれど、意外にも彼は沈黙を保っていた。その代わりに意味ありげな表情をしているヴァイスと、その隣で何も言わずただ眉間に皺を寄せたケーニッヒの横顔を彼は見逃さなかった。
暫しの沈黙に耐えかねたのか観念したと言わんばかりに彼女は机に伏せていた両手を空に上げた。───セレブリャコーフ少尉の指摘通りだ、彼女は俺に対して少々甘いのかもしれない。
「……実家宛とお世話になっている弁護士の先生です」
「恋人のご職業が弁護士だと?」
「グランツ少尉、一先ず『恋人』というワードから離れて頂けますか…」
ぐったりと力無く答えるベルイマン少尉は机に伏せた。
「小官の実家は開業医で…父と懇意にしている顧問弁護士がおりまして。その方に父の近況を手紙で御伺いしているのです」
「父君に直接訊けば良いじゃないか」
ケーニッヒの問いに彼女はぐっと言葉を詰まらせた。
「……お恥ずかしながら絶賛親子喧嘩中です」
『衝突を好まない性分のベルイマン少尉が?嘘だろう?』そう思ったグランツは彼女をみると其の表情はどんよりと曇っている。何処までも正直な反応をする彼女に、今更ながら安易に踏み込んではいけない話題だったのだと気付いた時には既に遅かったが、このままでは引き下がれない。
「………という訳なので、あまり触れないでやってくれますか。面白いエピソードもありませんし」
「では恋人ではいらっしゃらないと?」
「諄いです。例え気になる殿方がいたとしてもグランツ少尉には教えません」
サガはグランツから外方向いてこれ以上の詮索は受け付けないと身体全体で意を示し、再鑑を終えた発注書をグランツに戻して会話は打ち切られた。
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