幼女戦記(名前変換)
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青い空、白い雲、光る汗、
───沸き立つ筋肉。
照り付ける日射しを避けて逃れた先のパラソルの下でサガ・ベルイマン航空魔導少尉は、大の大人が子供のようにビーチではしゃぐ様を眺めて一息を吐いた。男女平等を謳う帝国軍人である以上性差について今更あれこれ言うつもりはないけれど、筋骨隆々の男共の中にポツンと一人だけ置かれているこの状況は正直居心地が悪い以外の何物でもない。
折角の休暇だと言うのに何故このような状況に置かれているのかと言うと、
折角の休暇であるし男連中も羽を伸ばせる良い機会など中々ないことを考えると上官の心遣いに感謝する一方で、彼等に交ざって強い日差しの中ビーチを満喫する気も起きず、サガは独りパラソルの下で一冊の積読本をパラパラと捲っていた。手元の文字三行を目でなぞってから思うように集中出来ない事実を認め、諦めて紙面から顔を上げる。
(あの程度の傷なら直ぐに治せるのですが…)
パラソルの外の景色に向けて伸ばした右手越しにビーチではしゃぐ彼らを視界に入れると、本日二度目の溜息が自然と漏れて、サガは伸ばした右手を力なく下ろした。傷痕を残さず綺麗に治すことなど造作も無いのだが、どうしたことか其れをさせてくれない彼等には正直不満を抱いている。患部が適切に処置されていることは透視術式で視ているから分かっているけれど、
「悪いな付き合わせて」
「そうおっしゃるなら連れ出す前にヴァイス中尉が一言止めて下されば良かったのですよ?」
「気晴らしに、と思ったんだがな」
「建前や口実を作るのでしたら帰還後ならいざ知らず
帝都帰投後は重傷組とは直ぐに離されたことと、残る選抜中隊の者で事後対応の一時的な忙しさはあったことは否定しないが、衛生魔導術式を行使するならそれこそサガによる治療に拘らなくても良い。絶対数が少ない航空魔導師よりも更に数が絞られているにせよ中央にも専任の衛生魔導師は配置されている筈で、此度の戦争において功労者たる部隊士官の治療ともあれば優先度を高くして貰うことは容易だろうに、彼らが其れを望んで受けない理由がサガには到底理解が出来なかった。
「貴官の場合、帝都に留まっていては何かと駆り出されることの方が多いだろう。折角の休暇で英気を養うどころか疲労を溜められては叶わんからな」
痛いところを突かれて彼の言葉に思わず口を噤む。航空魔導兵科への転科前の繋がりというものは中央にも残っているので、帝都滞在中だろうと治療要請があれば当然のように応えるつもりであった。また彼の指摘の通り日頃の疲労が蓄積されていることも確かな事実ではある。魔力量に余裕があるとしても一つの治癒術式の精度を高めようとすればそれなりに消耗することは副長に限らず他隊員も周知の事実であった。表面上の再生治療に加えて一人一人に神経系への蓄積負荷を取り除くともなれば、衛生魔導師視点で言えば消費魔力に対してコストパフォーマンスは悪い。前線拠点ではトリアージしても尚治癒精度の使い分けをしなければとても捌ききれない負傷者の対応がある為に、神経系へ治療は後方送りになって初めて開始されるのである。───そもそもあの三名については神経系以前に肉芽組織と表皮の治癒ですら不完全な状態であるのだが。
「あいつらなりの気遣いなんだ。汲み取ってやってくれないか」
「…そういう気遣いをして下さるならもう少し分かりやすくして下さると助かります。感染症のリスクを抱えた三名を海で野放しにしているこの状況が、いちばん、精神衛生上良くないです…」
「ははっ、それもそうだな」
項垂れながら深い息と共に吐露したサガの言葉に同意して、ヴァイスは当の三名をパラソルの方へ呼び寄せた。
+++++
「次はないですよ」
自分と同じく副長に呼び出された面子同士顔を見合わせた後、何やら困り顔の副長とは対照的に彼の背後でにっこりと笑みを浮かべるサガの表情はとても冷たかった。三人に対して同時に同一の言葉を向けている筈なのだが、どうしたことかグランツだけは彼女の簡素な言葉がより深く刺さったようで、だらだらと尋常ではない冷や汗を流している。この二人の場合、先任と後任という立場関係からくるものではなく、グランツは自身の
「別に逃げていた訳じゃないんだが」
「そうでありますか。では、そういうことにしておきましょう」
何時しか彼女の口から聴いた同じフレーズであるのに、こうも受ける印象が違うのだな、とケーニッヒは悟られないよう苦笑を漏らす。首筋に巻かれた包帯を外して患部を外気に晒すと同時にサガの視線が傷口に落ち、一呼吸置いて患部に手を伸ばされると、傷痕を一撫でするような動作の間に幾重かの柔らかい帯状の光の中に術式列が流れ肌の内に消えていった。つい先程まで感じていた疼痛が消え失せた違和感に思わず手で患部を押さえると、傷痕もなくさらりとした肌の感触に感動を覚えたのも束の間、感情を隠そうともせず哀に満ちた瞳から目を離せなくなる。
「…小官はそんなに頼りないでしょうか」
三名分の使用済みの包帯をくるくると巻き取り医療廃棄物として回収する手際の良さに反して、言葉に籠る感情は陰鬱としている。
「誤解だ。俺もあいつらもそういった意図は微塵も無かったんだ。…要らぬ心配を掛けてしまって悪かったな」
「小官はこの位しかお力になれませんから」
「…貴官はもう少し自分を認めて遣ることを覚えた方が良い」
ケーニッヒの言葉の後にサガは沈黙した。戦闘能力に不安材料があるというのならそもそも
「幾多の戦火を潜り抜けて今日まで生き延びていることこそ褒めてしかるべきだろうよ。我等以外に中央司令部と大隊長の無茶振りに応えられる駒が帝国にどれだけいることか」
「それは…そう、かもしれませんね」
「それに慢心をして怪我をした
「ふふ、ご心配されなくても彼はもう大丈夫ですよ」
『誰か』が直ぐにグランツ少尉を指していると気付いた彼女はふわりと表情が和らぐ。ここのところずっと張り詰めていた彼女の雰囲気が柔らかく解かれたのを感じ取って、男は安堵と同時に自身の胸の奥がじわりと温かくなった心地がした。そして胸の内から湧いて自然と溢れそうなった言葉を右手で口元を覆って、音になって彼女に届いてしまう前に空咳を一つして自身を誤魔化す。
(流石にここで言うのは違うだろうよ)
感情の赴く儘に一方的な想いを打ち明ける程空気が読めない男にはなりたくないという思いが打ち勝って何とか押さえ込みには成功したが、空咳をしたことが気になったのであろう彼女の見上げるように此方を覗く表情に、ケーニッヒは自身の中の見えない堰が決壊しそうになる感覚を覚えた。
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