幼女戦記(名前変換)
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「本来であれば祝福の言葉を掛けるべきなのだろうな」
西方にて与えられた二ヶ月という後方勤務期間。長いようで僅かなこの期間に、
(男女が同じ職場にいる以上起こり得ることではあるが)
いつからかそんな予感はあった。しかし、其れを実行に移したとてこうも思い通りに事が運ぶとは俄に信じ難いが、目の前の部下と手元の書面の記述は其れが事実なのだと現実を突き付けてくる。いや、避けられなかった現実に直面して酷く傷付いているのは彼女の方だ、とターニャは同情した。そして、この場に不在の、そもそもこのような事態を招く原因となった男を思い浮かべて、表情を変えないまま人知れず奥歯を噛んだ。
奴め、本当にやってくれたな、と。
「従来であれば現時点で退役、療養名目で安静にして貰わねばならないのだが…、貴官の希望に沿えるよう此方も善処しよう」
「ありがとうございます。デグレチャフ中佐殿にはご迷惑をお掛けしてばかりで申し訳ございません」
「とは言え、安静第一は変わらないからな。
「心得ております」
「宜しい」
部隊内の混乱と士気低下を避ける為、サガの脱退に関しては『長期療養の必要性』とし、副長と副官を除き詳細は伏せる方向で大隊には周知すると了承も得られた。近頃のサガは体調を崩しがちで目に見えて顔色も悪い。現在は後方待機であるから勤務自体は何とかなっているものの、早くも初期症状の兆候が顕著に出始めている中で、いつ次の出撃命令が下されてもおかしくない部隊にこれ以上留め置くことは不可能であった。それに加えて『奴』との関係については一向に修復の兆しがみえぬ以上、彼女の精神衛生上も望ましくない。
とは言え、失うのは余りにも惜しい人材だ。だがしかし送り出して遣らねばならぬ。
「人事局に報告を上げてからになるが、配属先については凡そ以前話した通りになるだろう。正式な辞令は明日下る。今日中に荷物を纏めて置くように」
「承知致しました」
「再度確認をするが、───本当に良いのだな?」
「はい中佐殿。以前お話した通りであります」
視線を落とした先の、ターニャの執務デスクに置かれた届出書の下部に記された診断医師サインがサガの目に飛び込んでくる。インクの滲みも感じられずさらりとした医師の流暢なサインは、サガの心中とはまるで正反対の整然としたもので、どこか逃避したいという気持ちが芽生え掛けたとしても、ただこの現実を受け止めなければならないと語りかけているように思えた。医師の手で書かれた自分の名前と、其の直ぐ下に位置する一部不自然なまでの空欄が目に刺さって、耐えられなくなったサガはそこから目を背けた。
(あの空欄を埋めるつもりは、ない)
堕胎するという選択肢は端から無かった。合意の無い行為によるものであるが、現実から目を背けることは出来なかった。過ちだろうがなんだろうが生命が宿った事実を認めた以上、愛する祖国の民となる罪無き命を自らの手で奪う行為はサガの信条に反している。無事に生まれてくる保障はどこにもなく、無事に生まれてきてくれたとしても頼れる家族も居ない。唯一の肉親である実父からも絶縁されている以上帰る場所なんて何処にも無い状況で、女手ひとりで育て切れるかと問われれば不安しかないがそれでも遣らなければならない。高給取りである魔導師であったのは幸いだった。使い途も無いまま徒に溜め込むこととなっていた貯蓄だけはあるから当面の間は何とかやっていけるだろう。自分一人でも大丈夫、大丈夫だと何度も言い聞かせないと自分自身もお腹の子もきっと駄目になってしまう気がしたから、無理矢理にでも前向きな思考でいようと努めた。されども其の行いは祖国の領土が脅かされている状況から目を背けることと同義である為に、余計にサガを苦しめている。
(早ければ明日、私はこの部隊を離れる)
皆と離れたくない。でも彼には会いたくなかった。諦めなければならない事が多過ぎるばかりに、此れ以上思い残す事が増えるようであれば、きっと決心が揺らいでしまうだろうから。
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