幼女戦記(名前変換)
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「───こういうのは都度文言を考えるのではなくて、ある程度テンプレートを蓄えておいて、適宜当て嵌めるように書くのが楽ですね。この文章だと反って煩雑になって要点が分かりにくいです」
「ヴァイス大尉のものを倣ったつもりなのですが、中々上手くいきませんね」
「それはこの後述が活きてこないからでしょう。ヴァイス大尉の報告書は明瞭で参考には最適ですし、複数名のものを流用するよりかは……、暫くは大尉殿に倣って作成をすれば手直しされることはないと思います」
「いやでも流石に7割方写し状態は」
「現段階でグランツ中尉に個人のイロを出すのは早いですし、そもそも報告書に個人色は必要としません」
「手厳しい…」
ソファに頭をもたれて音を上げたヴォーレン・グランツ魔導中尉を一瞥してからサガも書類の束から視線を外して一息吐く。
談話室で頭を突き合わせてかれこれ一時間半は経過しただろうか。まだ手を付けていない書類の束を見遣ってからまたもう一度息を吐いた。想定よりも進捗状況は思わしくないが彼の飲み込みが決して悪い訳ではない。今まで上官から免除されていた階級本来の職務量が此度に一気にのし掛かってきて、一時的にキャパシティを超えているだけだと思われる。座学の成績で及第点は取れているのだから、日常的にこなしていけばそれなりの形になる見込みはある…筈だ。
「士官教育の差を感じる。ベルイマン少尉の時も促成の煽りが無かった訳ではないでしょうに」
「小官はそれ以前に衛生魔導兵科の教育課程を出ておりますから、まあ、このくらいは」
士官育成にまだゆとりがあった頃の話と比較するのは些か酷かもしれないが、同時期に促成課程を修了したセレブリャコーフ中尉も条件は同じであるので彼だけを甘やかす訳にはいかなかった。彼は"中尉"として部下を率いる立場になるのだから今後は実務以外の職務を果たして貰わねば困る。
「副長がベルイマン少尉を重用する理由が分かった気がします。これはとても独りでこなせる量じゃない」
「あら、褒めても何も出ませんよ」
サガは眉を下げて笑った。彼はサガの事務処理能力をまるで突出する特技であるように褒めるけれど、それは衛生魔導師時代の土台があったからこそこういう作業に馴らされていただけのことだった。あの頃は治療以外にも同等に書き物が山積みで、術後記録や経過報告、負傷者上官への報告や後送時の人事局への根回し等々、机上の書類に睡眠時間を吸われていったなあ、と独りで記憶を辿る。衛生魔導兵科から転科してこの状況に至るまで遠回りをした気は否めないけれど持ち得る力はこうして今も注ぎ込めているのだから無駄と思ったことは無い。
「指導するのであれば本当は小官よりもヴァイス大尉が適任なのでしょうけど、あの方も忙しくされておいでですから」
東部軍所属時代は今のように近しいポジションには就いていなかったが、魔導師の本分を発揮出来ずに他方面軍からも閑職扱いされていた東部軍においても既に頭角を顕していた上官を慕う者は多かったと記憶している。当時であれば部下指導に割く時間も確保出来ただろうに、今は後方待機中といえども時間の遣り繰りですらも困難な現状だった。暫くは出撃命令と無縁の日々であるというのに、幹部級の面々は妙にバタついている気がして心理的距離が以前よりも少しだけ遠くに感じられる。彼らの役職からして本来はこの程度の距離感が当然なのだろうが、以前は日に何度も訪れていた執務室からはここ数日足が遠退いているせいもあり、幹部級の動向についてはいつものようにアンテナを張れていない。───が、かといって無関心でもいられない。
「今もこの量以上をこなしていると思うと頭痛がしますね。……あ、ケーニッヒ中尉」
グランツが不意に発したその名に心臓が跳ねた。対面する彼の視線はサガを通り過ぎて談話室の入口方面に向けられている。コツコツと静かに軍靴を鳴らして此方に近付く音が止み、側で感じる息遣いとソファ越しに感じる気配にどくどくと身体中に血液が送り出されて波打つ脈が気を昂らせた。
震える指先を悟られないように拳をきゅっと握る。
「───談話室にいらっしゃるとは珍しいですね。休憩でありますか」
彼を前に上手く喋れているだろうか。こうして彼と面と向かうのは一昨日振りだ。昨日は何とか避けてこれたけれど、業務・生活空間が同じなのだからこれ以上躱すことはほぼ不可能であった。
「ああ、一息いれようかと……」
大方戦況新聞のバックナンバーでも読み漁る目的で訪れたであろう彼が談話室にサガの存在を見留めても尚踵を返すことなく此方に向かって来た事実に、彼と己の温度差を感じてサガの心臓はずきりと痛む。平静を装おうとして表情筋の維持に努めようとする一方で、サガの右手は痛んだ胸を撫で付けるように
サガの心配を他所にケーニッヒの視線は彼女ではなくテーブル上の書類に向けられていた。確かに談話室の利用には似つかわしくない書類の量とその内容に、彼の眉間に皺が寄せられる。
「………デグレチャフ中佐殿からグランツ中尉へ書類関係の指導を行うようにと、仰せつかりまして」
「なんというか、引き継ぎみたいなもんですよ」
説明を求められていると察したサガの言葉に続いてグランツの何気なく発せられた一言で、一瞬その場の空気が凍る。決して言葉の誤用をした訳ではないけれど、ケーニッヒにとってはグランツの言葉に含意があるものとして受け取らざるを得なかった。
「……訂正を入れさせて頂きますと、グランツ中尉は促成課程の出でありますので、こういう細々とした事務作業の知識経験が乏しく、『
「ベルイマン少尉、……言葉に刺がありません?」
「中佐殿のお言葉を借りたまででありますよ?」
ターニャの考えではグランツへの指導の必要性を以前から感じていたようで、その話が昨日今日で纏まって今この状況に至る。端から見れば特に気に留める必要ないことあるが、それはサガの、───『
「少しの間、ベルイマン少尉を借りたい」
ケーニッヒの言葉に驚いて思わず彼の顔を凝視してしまった。グランツに向けた視線の奥にはサガの意思を受け付けない鋭さが含まれていて、此方を見られている訳ではないのに、息が詰まって言葉が出ない。
「それは構いませんけど」
「悪いな」
「………グランツ中尉はちゃんと進めておいて下さいね。戻ったら確認しますから」
ソファ席から腰を上げると、『ズキリ』と下腹部周辺の内蔵が悲鳴を上げたような気がした。
+++++
人目を避ける意味で連れ込まれた小会議室は、晴天であれば開け放たれていた窓も数日続く雨のせいで空気の入れ換えもされず固く閉めきられていた。ケーニッヒが後ろ手で扉に錠を掛けた音を背中越しに聞いて、逃げ道が残されていないことを悟ると、窓を背にして彼と向き合う。
ケーニッヒは無言で此方に頭を下げた。その所作に誠意を込めて謝罪をしていることがありありと伝わってきて、サガの心臓はぐしゃりと潰れそうな程に締め付けられる。
『頭を上げて下さい』───その声が自分でも思っていた以上に冷たく響いて驚いたけれど、突き放すなら中途半端は良く無いと思い、極力抑揚を付けないように言葉を続ける。
「今更謝って欲しい訳ではありません。もう過ぎたことですから」
「君にとっては『過ぎたこと』、なのか」
「はい。それに本当に引き継ぎになってしまうかはまだ分かりませんよ」
彼のこんな表情を見るのは初めてかもしれない。一昨日にあの部屋から逃げるように去った時、彼を振り向く余裕も無かったけれど、もし、今のような表情をしていたとしたらそれをみた自分の、その感情に変化は生じたのであろうか。違えた約束を許せていただろうか。
すっと伸ばされた腕を払い除けて彼の顔から視線を外した。一歩後ろに下がって窓に背を預けてから窓枠の縁に右手を置く。
「一昨日晩から体調が優れないと聞いている」
「ご心配下さってありがとうございます。でも中尉殿にとっては想定済みの事態でしょうけれど」
強い内臓圧迫で体調不良を起こすことは実のところ珍しいものでも何でもない。裂傷も初めてのことではないからそこまで深刻に考えずとも問題は無かった。彼が言いたいことは其れではないと理解しつつも言葉が止まらない。
「自分勝手な行いをしたと悔いておいでですか。それとも、満足、でしょうか」
ああ、嫌だ。頭で考えずともすらすらと勝手に口に出るのは彼に対する恨みばかりだ。今更そんなこと言ったって仕方がないというのに。サガは今も尚自身の内に渦巻く己の感情に呆れて深く息を吐いた。
男性主体の組織に女性が加われば、『そういった』ケースは
室外から響く雨音が暫し沈黙する二人の鼓膜に纏わり付く。居心地の悪さからサガが視線を窓の外に逸らした瞬間、ケーニッヒは距離を詰めてサガの身体に覆い被さるように抱き締めた。
「離っ…して」
窓に背を預ける彼女にはもう何処にも逃げ道は残されていないこの状況で懸命に抵抗するけれど、そんな抵抗する彼女を黙らせる行為すら男にとっては最早手慣れたもので、無意味なのだと彼女の身体が理解するまでただ只管に抱き竦める。ケーニッヒの胸板を押すことを諦めたサガの華奢な手が力無く下ろされた時、ケーニッヒもまた彼女を抱く力を弱め、尚も抱き竦めた状態でどちらともなくずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
耳元で『サガ』と名前を呼ぶと彼女は俯いたまま肩を震わせる。胸に預けられて覗き込むことが出来ない表情にどんな感情が込められているかだなんて分からなくて良い。決して自分に都合の良い思い違いをしないようにと、男は一縷の望みにすら蓋をして口を開く。
「何を言っても全てが今更かと思うかも知れない。───けれど、俺は、君を」
「まって」
続きの言葉を制する声に男は静かに従った。彼女の意思を汲むべきラインは疾うに超えてしまっていて、其の事実はもうどうにもすることは出来ないけれど、彼女がこんな自分に望む何かがまだ在るのだとしたら其れを最大限叶えて遣りたいと思えた。その思いに反して、腕の中に大人しく身を預けてくれているサガが口を開くのをじっと待ちながら、此の儘時間が止まって欲しいとも願わずにはいられずにいる。
「───それ以上は、……っ其れ以上は言わないで下さい」
『後生ですから』と小さく呟いた彼女は声だけで涙で震えているのが十分に伝わってきて、ケーニッヒは彼女が痛がらない程度に抱き締める力をぐっと込める。
拒絶の哀願が本心からの言葉なのか分からない。一度身体を離して彼女の表情を見れば先程の言葉が本心によるものかそうではないものなのか分かることではあるけれど、彼女の言葉通りに受け止めるべきだとそう悟った。
サガが泣き止むまでの間、腕の中に収まり続ける離れ難い温もりを感じながらケーニッヒはゆっくりと目蓋を閉じた。
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