幼女戦記(名前変換)
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「───ッグランツ!!」
目の前に現れた灰混じりの黒煙がサガの進路を遮った。
間を置かずして防殻術式が破られた時に生ずる大型硝子が砕け散った音と肉声と通信が混在した副長の音声が耳に届いた時、サガは漸く目の前の状況を把握した。
(索敵探知外の距離からの狙撃…!!)
魔導障壁を貫き防殻術式を一撃で破壊・突破する程の術式弾。威嚇ではなく此方を屠る意図で放たれた強撃に
「…生体反応は、ある」
其の一言だけを告げてヴァイスは口を閉ざした。此方へ接近するバンディットに意識を集中させる以外の選択が残されていないことを察し、前のライン戦線で執った霧と太陽戦術のように後退が許される陣形・戦力の厚みがあれば、と思わずにはいられなかった。基幹要員のバディを務める隊員というものは、通常のツーマンセルのように必ずしも撤退のフォローをバディ相手に求められる立場では無い。相手が副長なら尚更、だ。無傷の現場指揮官級を後退にさせる判断を下せば前線が苦しくなるのは自明であるのと同時に、厚みを欠いた戦力単位はその機能を維持出来ずに容易く突破される。今次作戦における選抜中隊は衝撃力に比重を置いた最小規模の戦力単位であって、負傷撤退のフォロー行為というものは端から作戦に含まれていない以上、隊列から外れたグランツについては彼の意識が自力で戻ることを祈る他無い。
何より、この場で選抜中隊の誰よりもグランツの元に向かいたい気持ちを圧し殺しているのはヴァイスに違いなかった。中隊編成の最右翼側を担っていたグランツの代わりに繰り上がったサガがそのポジションにつくと、その左前方を飛行する副長の何時に無く固い右横顔が視界に入った途端、ぶわりと鳥肌が立つ。
(───そんな表情で)
戦場で優先すべきは感情ではなく戦況を見据えた判断を取れるかどうかである。彼は私情を排して臨戦態勢の維持に努めているが、その表情にはこれ以上の犠牲を受け止められる程の余裕は微塵も感じられなかった。バンディットとの距離を詰める中でサガの脳裏にアレーヌ市の一件がチラつき、嗚呼、彼はまだ人間性を捨て切れずにいるのだと思うと、ぎゅうと心臓が掴まれた心地がした。
───兵士も『人』なのだ。しかし『駒』である以上誰かを喪ったとしても其のまま捨て置く覚悟を決めなければならない。大事な仲間をただの駒として割り切らねばならない決断を目の前で迫られた時簡単に諦められるのだろうか、と軋む心臓の音と薄暗い感情がサガを満たしていく。ひとつ、瞬きをしたその僅かな刹那に、脳裏に浮かんだ一人の後ろ姿を想い、胸元の宝珠を強く握り締める。
+++++
「……っ!」
トレンチガンの衝撃音と爆風に掻き消され乱れる通信に、視認せずとも何が起きたのか通信音で
(ああ嫌だ嫌だ嫌だ)
今すぐにでも両中尉が墜とされたポイントに駆け付けたいと願う衝動に逆らい続けなくてはならない身体は今まさに悲鳴を上げていて、脳からの警鐘はぷつりぷつりと断線を繰り返し、既に然るべき伝達の機能を有していない。頭の中には警鐘が常に鳴り響き、戦況判断どころか僅かな思考すら遮ろうとしている。引き鉄に掛けた指先の感覚が次第に鈍麻になっていくことを恐れて、サガは構えたライフル銃の照準から目を外せずにいた。
「ケーニッヒ!ノイマン!」
副長の声が強く反響して耳に届いた。次の瞬間、彼はスリーマンセルから飛び出しグランツを
「馬鹿が!落ち着け!」
叫声に近い大隊長の通信すら彼の耳には届いていなかった。ライフル銃を構え直し17を伴って追上昇するもとても追い付けない速度で突撃していく副長の背を追いながらサガは彼の背に向かい手を伸ばした。声すら届かぬヴァイスを引き留めることは出来なくとも他者に防護膜を張ることの出来る距離に指先のほんの一部でも入り込めば術式で守れるかもしれない。
「ヴァイス!!」
耳を劈くような声で入る大隊長の通信に彼が踏み留まることを強く祈った。副長の向かう方向に届け、届けと強く念じながら防護術式の行使を繰り返すが、側面攻撃の衝撃を処理しながらでは彼に追い付ける筈もなく、単機で突出したヴァイスに向かって銃先が集中する様子をまるでスローモーションであるかのように目に映していた。そこにケーニッヒ・ノイマン両中尉が墜とされた光景が重なっていく。
(嗚呼、間に合わな───)
目一杯伸ばした指先の向こうの曇空を裂くようにして現れた一筋の閃光に、サガの手は文字通り空を切った。
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