幼女戦記(名前変換)
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然して強い訳ではないアルコールを『海軍のご厚意で戴いたのだから』と、少しずつ大事そうに飲んでいたサガが早々に眠りに落ちたことについて、半年以上寝食を共にして来た同部隊の者にとっては想定内の出来事、最早予定調和とさえ言えた。ものの数分前までビアジョッキを両手で抱えてふわふわと楽しげに談笑していたかと思えば、今は寝所として誂えた倉庫の下段スペースに頭を預けてすうすうと寝息を立てている。
「気のせいか日を追う毎に弱くなってません?」
飲み始めてから十五分と経ってないですよねぇ、と呟いたグランツの言葉にノイマンが続いた。
「『いつもの』をやり始めたらそりゃあなあ」
「私は止めたんですけどねぇ…」
彼女の両隣に座り込むヴィーシャとノイマンはその間で眠り続けている彼女の顔を見合せてから同時に苦笑を溢した。
「今に始まったことじゃないけどな」
「『サガらしい』、ですよね」
ヴィーシャの忠告は有り難く頂戴して、それでも『いつもよりは人が少ないから』と、へらりと気の抜ける笑みを浮かべて言葉を躱すサガは相変わらずの対応だった。前線向きじゃないといくら揶揄されようとも彼女の性根がそういう人間であることと部隊の損耗を抑制し得る有用性が明らかであるので、任務に支障が出ない範疇という制約下で大隊長並びに副長の裁量で自由にさせて貰っている。基本的には出撃前のアルコール摂取制限と同じく時間遵守で…ということになっている為に今回も問題にはならないらしいが。大隊長に対しては今日は特に念の入れようで、連絡事項を終えて早々にこの魚雷発射管室を離れようとする大隊長を捕まえては、『全部診せて頂かないと困ります』とにこやかな笑みを浮かべて食い下がらず、あの大隊長相手に押し問答を続けること五分。上官相手に怯むどころか譲歩の姿勢は微塵もなく、次第に瞳孔が開いてきた緋色の双眼に気圧されて先に折れたのは大隊長の方であった。自己献身もここまでくると挺身行為だと謂わざるを得ないな、と呆れ果てた大隊長は自身の診察が終わるや否や、『働き者の貴官のことだ。まだまだ治し足りないのだろう?』と、何処かで聞いたことのあるような台詞を吐き、空かさずヴィーシャに押し付けて去っていった。───後は誰一人例外なく彼女の納得のいくまで診て回らせた、というのが事の次第である。
「そうは言うがお陰で身体が大分楽になった。出撃だけで相当な体力を削られていたからな」
「疲労を明日に持ち越さない程度にまで回復して貰えるのは有難いですけどね、誰かが手綱を握らないと今後も調子乗りますよ。ね、ヴァイス中尉?」
「ああ、再度言い聞かせておくとするよ」
今作戦の選抜中隊の損害指数は軽微であったこと、魔力大量消費の治癒術式を行使していないことを考えると、今日の寝落ちはノイマンの言う『いつもの』というよりも単なる下戸体質に因るものなのでは、とケーニッヒは考えていた。魔力量だけみれば彼女は大隊内上位の保有量で、相当な無茶をしない限りは魔力切れには陥らない筈だった。魔力が切れる前に体力切れになることは間々あるので蓄積疲労の線も否定出来ないが、まだ起きていた頃の表情を記憶から呼び起こしてみてもそういった疲労感は感じられなかった気が…と変わらぬ感想を抱く。どちらにせよ航空魔導師 が疎かにならぬよう上官による制御は勿論必要なのではあるが。
ビールジョッキを煽りながら再び彼女を見遣ると、寝台に凭れていた頭はいつの間にか下がり落ちていて、終にはヴィーシャの足元付近で幼児のように身体を丸ませて気持ち良さそうに寝息を立てている。彼女の左隣で飲んでいたノイマンはいつの間にか其の場所をグランツの隣へと移していて、ひと一人分の空間を挟んでサガの左隣となったケーニッヒは彼女の寝姿をもう一度横目でちらりと一瞥した。御世辞にも快適とは言えない場所で、すよすよと安らかな寝息を立てている彼女をみると何だか無性に脱力感に襲われる。ジョッキから口を離してケーニッヒは一つ溜め息を吐いた。
「……良く寝れるなこんなところで」
「?そう思うなら運んで遣れば良いじゃないか」
ただの独り言のつもりで吐いた言葉を耳聡く拾い、間を置かずにそう返してきたヴァイスの言葉にケーニッヒの眉間は自然と皺が寄る。
(勘付かれていないからこそ質が悪い)
この発言者が仮にノイマンであったなら、茶化されつつも『はいはい』と面倒臭がる素振りで彼女を寝台へと運び移し、直ぐに輪に戻っては多少揶揄われた後何でもなかったように振る舞うことが出来たのであろう。が、今日はそこまで酔い加減が進んでいないヴァイスの、素面同然の声色で他意を含まない言葉は真っ直ぐにケーニッヒへと向けられている。ブリーフィングや作戦行動時以外の場で彼の言葉に素直に応じるというのも自身の性分に合わないし、かといって煙に巻くような物言いで言葉を返せば、此の男は他意も疑問も抱かずに直属の部下の一人である彼女を自分の代わりに寝台へと運ぶのだろう。それはなんだかんだで癪に障る気がした。
「…酒で寝落ちしたから本日分の摂取カロリーは規定に全然届いてないみたいですし。少ししたら起こしてやるべきでしょう」
「そうだな。酒は兎も角、缶詰くらいは残しておいてやらんとな」
其れらしい言葉を並べてはぐらかすと副長は拍子抜けする程すんなりと同意を示し、未だ封が切られていない缶詰を彼女用に確保し始めている。彼は誠実と言うか天然と言うか、彼女が苦手と知っている筈のK-Brotをちゃんと其の中に含めていて、善意からの行動故に彼女が断れない状況を作り出していることに恐らく気が付いてないのだろう。K-Brotの存在に顔を強張らせるサガと其の表情を見て漸く気が付いた彼の反応を想像すると其の状況がとても可笑しく思えてきて、ケーニッヒは込み上げてきた衝動をヴァイスに悟られないよう喉奥で押し殺した。
+++++
「………ん」
サガが小さく発した声を耳が耳聡く拾い、もう起きてしまったのかと思い彼女を見遣ると、コロンと寝返りを打って軽い身動ぎをしただけだったようで、起きる気配はまるで感じられない熟睡振りであった。寝返りを打った時にそうなったのであろうか、サガのブラウスの釦が第一のみならず第二釦までも外れかけていることに気付いたケーニッヒは、自身の軍服を脱ぎ、彼女のはだけた胸元が隠れるように上着を掛けてやる。人目が向かないように身体を覆い隠してもなお、血色良く色付き上気した頬と薄く開いた唇から漏れる吐息に、何も感じないと言えば嘘になる。身動ぎした時に肌に掛かった髪を横に流してやると、指先が掠めた唇が心なしか綻んだのをみて、つられて表情筋が弛んでしまいそうになった。
(───思っていたより重症だな、これは)
完遂が困難な作戦だと誰しもが思った今回の出撃。それをほぼ完璧なまでに目標を破壊、そして選抜中隊の面子を誰一人欠けることなく任務を成し遂げたのだ。本国への帰還飛行を明朝に控えたこの潜水艦の中で、薄暗い照明と狭苦しい空間に、重油やカビといった潜水艦独特の匂いが充満するこの場所は快適とはかけ離れているというのに、妙に心落ち着くのはそのせいだろうか。
出撃前に胸中を支配されていた感情は今は息を潜めていて、明日を迎えることに不安などはなく、今はただ、明時の空を駆けることが待ち遠しい。『安堵』、その一言では片付かない感情の波が押し寄せては自身に染み付いていたマイナスに傾く思考を丸ごと浚って引いていくようであった。自身に残された感情を拾い上げるまでもなくケーニッヒの意思は定まっていた。何れ起こり得ることをずっと後悔し続けるのはもう止めにしよう、と。
(そう遠くない内に伝えられたら、其れで良い)
応えてくれなくて良い。
何れ来る別離までの少しの間だけ、想うことを許して欲しい。
「気のせいか日を追う毎に弱くなってません?」
飲み始めてから十五分と経ってないですよねぇ、と呟いたグランツの言葉にノイマンが続いた。
「『いつもの』をやり始めたらそりゃあなあ」
「私は止めたんですけどねぇ…」
彼女の両隣に座り込むヴィーシャとノイマンはその間で眠り続けている彼女の顔を見合せてから同時に苦笑を溢した。
「今に始まったことじゃないけどな」
「『サガらしい』、ですよね」
ヴィーシャの忠告は有り難く頂戴して、それでも『いつもよりは人が少ないから』と、へらりと気の抜ける笑みを浮かべて言葉を躱すサガは相変わらずの対応だった。前線向きじゃないといくら揶揄されようとも彼女の性根がそういう人間であることと部隊の損耗を抑制し得る有用性が明らかであるので、任務に支障が出ない範疇という制約下で大隊長並びに副長の裁量で自由にさせて貰っている。基本的には出撃前のアルコール摂取制限と同じく時間遵守で…ということになっている為に今回も問題にはならないらしいが。大隊長に対しては今日は特に念の入れようで、連絡事項を終えて早々にこの魚雷発射管室を離れようとする大隊長を捕まえては、『全部診せて頂かないと困ります』とにこやかな笑みを浮かべて食い下がらず、あの大隊長相手に押し問答を続けること五分。上官相手に怯むどころか譲歩の姿勢は微塵もなく、次第に瞳孔が開いてきた緋色の双眼に気圧されて先に折れたのは大隊長の方であった。自己献身もここまでくると挺身行為だと謂わざるを得ないな、と呆れ果てた大隊長は自身の診察が終わるや否や、『働き者の貴官のことだ。まだまだ治し足りないのだろう?』と、何処かで聞いたことのあるような台詞を吐き、空かさずヴィーシャに押し付けて去っていった。───後は誰一人例外なく彼女の納得のいくまで診て回らせた、というのが事の次第である。
「そうは言うがお陰で身体が大分楽になった。出撃だけで相当な体力を削られていたからな」
「疲労を明日に持ち越さない程度にまで回復して貰えるのは有難いですけどね、誰かが手綱を握らないと今後も調子乗りますよ。ね、ヴァイス中尉?」
「ああ、再度言い聞かせておくとするよ」
今作戦の選抜中隊の損害指数は軽微であったこと、魔力大量消費の治癒術式を行使していないことを考えると、今日の寝落ちはノイマンの言う『いつもの』というよりも単なる下戸体質に因るものなのでは、とケーニッヒは考えていた。魔力量だけみれば彼女は大隊内上位の保有量で、相当な無茶をしない限りは魔力切れには陥らない筈だった。魔力が切れる前に体力切れになることは間々あるので蓄積疲労の線も否定出来ないが、まだ起きていた頃の表情を記憶から呼び起こしてみてもそういった疲労感は感じられなかった気が…と変わらぬ感想を抱く。どちらにせよ
ビールジョッキを煽りながら再び彼女を見遣ると、寝台に凭れていた頭はいつの間にか下がり落ちていて、終にはヴィーシャの足元付近で幼児のように身体を丸ませて気持ち良さそうに寝息を立てている。彼女の左隣で飲んでいたノイマンはいつの間にか其の場所をグランツの隣へと移していて、ひと一人分の空間を挟んでサガの左隣となったケーニッヒは彼女の寝姿をもう一度横目でちらりと一瞥した。御世辞にも快適とは言えない場所で、すよすよと安らかな寝息を立てている彼女をみると何だか無性に脱力感に襲われる。ジョッキから口を離してケーニッヒは一つ溜め息を吐いた。
「……良く寝れるなこんなところで」
「?そう思うなら運んで遣れば良いじゃないか」
ただの独り言のつもりで吐いた言葉を耳聡く拾い、間を置かずにそう返してきたヴァイスの言葉にケーニッヒの眉間は自然と皺が寄る。
(勘付かれていないからこそ質が悪い)
この発言者が仮にノイマンであったなら、茶化されつつも『はいはい』と面倒臭がる素振りで彼女を寝台へと運び移し、直ぐに輪に戻っては多少揶揄われた後何でもなかったように振る舞うことが出来たのであろう。が、今日はそこまで酔い加減が進んでいないヴァイスの、素面同然の声色で他意を含まない言葉は真っ直ぐにケーニッヒへと向けられている。ブリーフィングや作戦行動時以外の場で彼の言葉に素直に応じるというのも自身の性分に合わないし、かといって煙に巻くような物言いで言葉を返せば、此の男は他意も疑問も抱かずに直属の部下の一人である彼女を自分の代わりに寝台へと運ぶのだろう。それはなんだかんだで癪に障る気がした。
「…酒で寝落ちしたから本日分の摂取カロリーは規定に全然届いてないみたいですし。少ししたら起こしてやるべきでしょう」
「そうだな。酒は兎も角、缶詰くらいは残しておいてやらんとな」
其れらしい言葉を並べてはぐらかすと副長は拍子抜けする程すんなりと同意を示し、未だ封が切られていない缶詰を彼女用に確保し始めている。彼は誠実と言うか天然と言うか、彼女が苦手と知っている筈のK-Brotをちゃんと其の中に含めていて、善意からの行動故に彼女が断れない状況を作り出していることに恐らく気が付いてないのだろう。K-Brotの存在に顔を強張らせるサガと其の表情を見て漸く気が付いた彼の反応を想像すると其の状況がとても可笑しく思えてきて、ケーニッヒは込み上げてきた衝動をヴァイスに悟られないよう喉奥で押し殺した。
+++++
「………ん」
サガが小さく発した声を耳が耳聡く拾い、もう起きてしまったのかと思い彼女を見遣ると、コロンと寝返りを打って軽い身動ぎをしただけだったようで、起きる気配はまるで感じられない熟睡振りであった。寝返りを打った時にそうなったのであろうか、サガのブラウスの釦が第一のみならず第二釦までも外れかけていることに気付いたケーニッヒは、自身の軍服を脱ぎ、彼女のはだけた胸元が隠れるように上着を掛けてやる。人目が向かないように身体を覆い隠してもなお、血色良く色付き上気した頬と薄く開いた唇から漏れる吐息に、何も感じないと言えば嘘になる。身動ぎした時に肌に掛かった髪を横に流してやると、指先が掠めた唇が心なしか綻んだのをみて、つられて表情筋が弛んでしまいそうになった。
(───思っていたより重症だな、これは)
完遂が困難な作戦だと誰しもが思った今回の出撃。それをほぼ完璧なまでに目標を破壊、そして選抜中隊の面子を誰一人欠けることなく任務を成し遂げたのだ。本国への帰還飛行を明朝に控えたこの潜水艦の中で、薄暗い照明と狭苦しい空間に、重油やカビといった潜水艦独特の匂いが充満するこの場所は快適とはかけ離れているというのに、妙に心落ち着くのはそのせいだろうか。
出撃前に胸中を支配されていた感情は今は息を潜めていて、明日を迎えることに不安などはなく、今はただ、明時の空を駆けることが待ち遠しい。『安堵』、その一言では片付かない感情の波が押し寄せては自身に染み付いていたマイナスに傾く思考を丸ごと浚って引いていくようであった。自身に残された感情を拾い上げるまでもなくケーニッヒの意思は定まっていた。何れ起こり得ることをずっと後悔し続けるのはもう止めにしよう、と。
(そう遠くない内に伝えられたら、其れで良い)
応えてくれなくて良い。
何れ来る別離までの少しの間だけ、想うことを許して欲しい。
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