幼女戦記(名前変換)
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欺瞞的戦線後退───「霧と太陽作戦」の殿を務めた後だというのに今度は只ひたすら前進せよとは参謀本部は酷な指令を下すものだと、今日日珍しい上等な珈琲を啜りながら男は物思いに耽り搭乗前の時間を潰していた。参謀本部か若しくはデグレチャフ少佐殿からの今までの労いや惰気払いのつもりで用意されたものだろうが、その心ばかりのもてなしが反って気持ちを漫ろにさせそうになる。誰かが『最後の晩餐』にならなければ良いが、と溢すのではと男は密かに危惧していたのだが今のところは杞憂で済んでいた。ユダの存在、そして十二使徒が苦難に際して逃げ散るなんて猜疑心を煽る無教養な発言をする輩はこの部隊には流石に居ないようである。ここ居る者は皆、のし掛かる不安や重圧は自分でどうにかしなければと各々が努めており、辺りには妙な緊張感が立ち込めていた。
年若い少尉も今まさにそうであるように、過去の指令とは類を見ない大仕事を控えて何処か落ち着かない様子で西の空を見上げている。一団から離れて物思いに耽る彼にフォローをいれるべきかと少しの時間の思案の後、ふらりと席を立った副長と其の手元から立ち上る湯気を二つ分確認してから男は視線を外した。アレーヌの一件から考えれば副長が適任であろう。線引きされた『彼方側』……近しい感性の言葉は良く響き、共感と安堵を得易いだろうから。
一方で『此方側』の一人としては本作戦───帝国の未来をこの一撃に託されるという任ですらも、魔導大隊で積み重ねて来た武功が任務成功の自信を超えた確信に近い前向きな後押しをしているように感じてしまう。本部隊においても変わらずデグレチャフ少佐指揮下に居られることも相まって寧ろ誇らしく思う気持ちの方が勝っている───というのが男の、ライナー・ノイマン魔導中尉の胸中を占めていた。
本部隊は「霧と太陽作戦」における負傷指数を踏まえた上での抽出中隊ではあるが、本作戦に指揮官級を総動員するとは少佐殿の、延いては参謀本部の本気度は計り知れない。本作戦の成功が帝国の勝利を決定付けるというのだから、白銀を始めとする国内指折りの精鋭魔導師十二名ロストのリスクは天秤に掛ける余地すら無い。軍において兵士は装置であり駒だ。大局を見据えて捨て駒と成ることも務めの一つではある。
決して不安や重圧を感じられない訳では無い。ただ、常日頃から背中を預けている連中と共に今宵も空を翔るのだと思えば、今日とて為すべきことは普段と変わらない。今日が何時もと違う点は上等な珈琲を口に出来たことくらいなもので。男はまた一口、珈琲杯を傾けて思考を落ち着かせる。
男は『此方側』の、作戦を共にするもう一人の同期の表情を横目で注視した。今回に限っては彼と自分の立場は平時の其れとは異なる。
「───と、今回は小隊長を譲ってやった訳だが」
「俺の下に就くとは謂え、手は抜いてくれるなよ」
「第三小隊長殿は分かって無いでありますなあ。そこは『帰還後に俺の奢りで酒でも馳走してやる』の一言でもあれば部隊の士気も俄然上がると言うものですよ」
「……言っておくが、どう考えてもお前も奢る側の人間だからな」
軽口を叩けば何時ものように何処か皮肉に聴こえるような口調で返してくる。長身の男は右手に持つ珈琲杯を傾けて少量を口に含み、そして静かに目を伏した。彼の流れるような一連の仕草の中で、珈琲杯に掛かる人差し指がそこだけ不自然に強張った動きをしたことに気付き、そして其の儘見なかった振りをした。珍しく他人の緊張に飲まれていることを敢えて指摘するつもりもノイマンには無い。それは此の男自身十分に自覚している筈だ。彼とて、現場指揮官として磨かれてきた立場である。場の空気に飲まれているにせよ緊張を切らさずいることは必ずしも悪いことではない。
大隊長並びに副長が第一・第二の各小隊を束ねる立場であるならば、指揮官序列三位のケーニッヒが第三小隊長に任命されるのは順当な流れであった。
戦場においても冷静沈着、時には冷淡だと評される彼ではあるが、本作戦においても己の役割を重く深く受け止めているのだろう。作戦の完遂に向けて為すべきことと、……場合に依っては隊員を捨て置くという決断を下さなければならないこと、そして、そうならないように如何なる想定をも見越して動けるよう鍛練を怠らないようにしてきたこと。───誰よりも仲間想いの情に厚い人間だと云うのに、そう言った素振りを見せるのを嫌う面倒な生き方をしてきた奴なのだ此の男は。
「代わりと言っちゃあなんだが、手土産の一つでも用意してやるとするよ。何がお望みだ?」
「ならば葡萄酒だな。共和国産の品が飲みたい気分なんだ」
「……呉々も帰路で飲み干してしまうなよ。俺一人では精々二本抱えて飛ぶのがやっとだぞ?」
+++++
デグレチャフ少佐から各中隊長に事前通達された作戦内容と十二名の選抜名簿を見せられた時は眩暈を起こしそうになったことを強く覚えている。中隊長級の一人が思わず眉を顰めたことを気が付かない儘にしておく上官ではなく、『全軍の先鋒足るには最善を尽くすべきだと思わんかね?』と意味深長な言葉と視線を投げ掛けられては彼の場で意見具申を立てることなど不可能であった。主要指揮官を筆頭に再編成された構成員はバランス良く各小隊に振り分けられたが、結果は元の所属中隊を基とする顔触れとなっている。
「いやまあ、あれだ。何と言うか小隊が別れて良かったな」
誰とはいわないけど、と後付けもされたノイマンの言葉を、珈琲を啜る一連の所作でそのまま無視を決め付けようと努めた。が、無意識とは恐ろしいもので、本人が意図せずとも、つい、『誰』と称された人物の居る方向へ視線が動き掛けてしまったものだから、機微に敏い彼の笑いを誘うことになってしまう。今更此の男に隠し立てしても仕方の無いことではあるが、正直、事故を誘発するかのような発言は慎んで貰いたい。
吹き出した後に続く噛み殺したノイマンの笑い声が反って注目を集めて、刺さる視線に居心地が悪くなる。その中にベルイマン少尉のものも当然あった。彼女は頭の上に疑問符を浮かべながら此方を一瞥しただけで、特に気に留めていない様子であったことは幸いだった。彼女の関心事は机に突っ伏しているセレブリャコーフ少尉にあるようで、同僚が眠り落ちていることを良いことに、無防備な後ろ髪を櫛で梳きながら満足げに微笑んでいる。
「…当人も選抜されるとは思ってなかっただろうよ」
「言わんとしていることは分かる」
抽出隊員は魔導師としての戦闘力は勿論のこと近接戦闘に長けた者が中心で構成されている。顔触れを見るに近接においては一歩劣るという評価は上官の視点からも正しい。本作戦において突出した才能を発揮する場としては彼女は相応しく無い。
「今回ばかりは後退は許されず補給は望めない……ならば『保険』を掛けられる人物としては最適だろう?」
「帰還時の生存率を考慮している場合ではないと思うが」
「ケーニッヒ、お前の其の考えこそ過保護が過ぎるぞ」
衝撃力という点で本部隊はこれ以上に無い戦力だということは重々承知だ。個々の能力に不安を覚えている訳では無く小隊編成に不満も無い。ライン戦線配置の居残り組が安全かと言えば決してそうではないが、手の届く範囲で起こり得る『もしも』と目の届かないところで起こる『もしも』を考えてしまうと、どちらが後悔が少ないだろうかなんて思考に陥る程にケーニッヒの中で彼女の存在が大きくなってしまっていた。
「何かを理由にして遠避けたい気持ちも理解出来なくはないけどな。だがな、互いに軍人としての立場もありそして今此の状況だ。俺達が為すべきことは何時だって最善を尽くす、其れだけしかねえだろ?」
見透かされた思考に言葉が詰まる。彼女は軍人で、自分はその上官。一方的な私情はあれど関係性はそれ以上でもそれ以下でもない。
「……そうだな。起こり得ることをずっと後悔しても仕方がない」
何れ別つ関係なのだからこの感情は枷にしかならない。
年若い少尉も今まさにそうであるように、過去の指令とは類を見ない大仕事を控えて何処か落ち着かない様子で西の空を見上げている。一団から離れて物思いに耽る彼にフォローをいれるべきかと少しの時間の思案の後、ふらりと席を立った副長と其の手元から立ち上る湯気を二つ分確認してから男は視線を外した。アレーヌの一件から考えれば副長が適任であろう。線引きされた『彼方側』……近しい感性の言葉は良く響き、共感と安堵を得易いだろうから。
一方で『此方側』の一人としては本作戦───帝国の未来をこの一撃に託されるという任ですらも、魔導大隊で積み重ねて来た武功が任務成功の自信を超えた確信に近い前向きな後押しをしているように感じてしまう。本部隊においても変わらずデグレチャフ少佐指揮下に居られることも相まって寧ろ誇らしく思う気持ちの方が勝っている───というのが男の、ライナー・ノイマン魔導中尉の胸中を占めていた。
本部隊は「霧と太陽作戦」における負傷指数を踏まえた上での抽出中隊ではあるが、本作戦に指揮官級を総動員するとは少佐殿の、延いては参謀本部の本気度は計り知れない。本作戦の成功が帝国の勝利を決定付けるというのだから、白銀を始めとする国内指折りの精鋭魔導師十二名ロストのリスクは天秤に掛ける余地すら無い。軍において兵士は装置であり駒だ。大局を見据えて捨て駒と成ることも務めの一つではある。
決して不安や重圧を感じられない訳では無い。ただ、常日頃から背中を預けている連中と共に今宵も空を翔るのだと思えば、今日とて為すべきことは普段と変わらない。今日が何時もと違う点は上等な珈琲を口に出来たことくらいなもので。男はまた一口、珈琲杯を傾けて思考を落ち着かせる。
男は『此方側』の、作戦を共にするもう一人の同期の表情を横目で注視した。今回に限っては彼と自分の立場は平時の其れとは異なる。
「───と、今回は小隊長を譲ってやった訳だが」
「俺の下に就くとは謂え、手は抜いてくれるなよ」
「第三小隊長殿は分かって無いでありますなあ。そこは『帰還後に俺の奢りで酒でも馳走してやる』の一言でもあれば部隊の士気も俄然上がると言うものですよ」
「……言っておくが、どう考えてもお前も奢る側の人間だからな」
軽口を叩けば何時ものように何処か皮肉に聴こえるような口調で返してくる。長身の男は右手に持つ珈琲杯を傾けて少量を口に含み、そして静かに目を伏した。彼の流れるような一連の仕草の中で、珈琲杯に掛かる人差し指がそこだけ不自然に強張った動きをしたことに気付き、そして其の儘見なかった振りをした。珍しく他人の緊張に飲まれていることを敢えて指摘するつもりもノイマンには無い。それは此の男自身十分に自覚している筈だ。彼とて、現場指揮官として磨かれてきた立場である。場の空気に飲まれているにせよ緊張を切らさずいることは必ずしも悪いことではない。
大隊長並びに副長が第一・第二の各小隊を束ねる立場であるならば、指揮官序列三位のケーニッヒが第三小隊長に任命されるのは順当な流れであった。
戦場においても冷静沈着、時には冷淡だと評される彼ではあるが、本作戦においても己の役割を重く深く受け止めているのだろう。作戦の完遂に向けて為すべきことと、……場合に依っては隊員を捨て置くという決断を下さなければならないこと、そして、そうならないように如何なる想定をも見越して動けるよう鍛練を怠らないようにしてきたこと。───誰よりも仲間想いの情に厚い人間だと云うのに、そう言った素振りを見せるのを嫌う面倒な生き方をしてきた奴なのだ此の男は。
「代わりと言っちゃあなんだが、手土産の一つでも用意してやるとするよ。何がお望みだ?」
「ならば葡萄酒だな。共和国産の品が飲みたい気分なんだ」
「……呉々も帰路で飲み干してしまうなよ。俺一人では精々二本抱えて飛ぶのがやっとだぞ?」
+++++
デグレチャフ少佐から各中隊長に事前通達された作戦内容と十二名の選抜名簿を見せられた時は眩暈を起こしそうになったことを強く覚えている。中隊長級の一人が思わず眉を顰めたことを気が付かない儘にしておく上官ではなく、『全軍の先鋒足るには最善を尽くすべきだと思わんかね?』と意味深長な言葉と視線を投げ掛けられては彼の場で意見具申を立てることなど不可能であった。主要指揮官を筆頭に再編成された構成員はバランス良く各小隊に振り分けられたが、結果は元の所属中隊を基とする顔触れとなっている。
「いやまあ、あれだ。何と言うか小隊が別れて良かったな」
誰とはいわないけど、と後付けもされたノイマンの言葉を、珈琲を啜る一連の所作でそのまま無視を決め付けようと努めた。が、無意識とは恐ろしいもので、本人が意図せずとも、つい、『誰』と称された人物の居る方向へ視線が動き掛けてしまったものだから、機微に敏い彼の笑いを誘うことになってしまう。今更此の男に隠し立てしても仕方の無いことではあるが、正直、事故を誘発するかのような発言は慎んで貰いたい。
吹き出した後に続く噛み殺したノイマンの笑い声が反って注目を集めて、刺さる視線に居心地が悪くなる。その中にベルイマン少尉のものも当然あった。彼女は頭の上に疑問符を浮かべながら此方を一瞥しただけで、特に気に留めていない様子であったことは幸いだった。彼女の関心事は机に突っ伏しているセレブリャコーフ少尉にあるようで、同僚が眠り落ちていることを良いことに、無防備な後ろ髪を櫛で梳きながら満足げに微笑んでいる。
「…当人も選抜されるとは思ってなかっただろうよ」
「言わんとしていることは分かる」
抽出隊員は魔導師としての戦闘力は勿論のこと近接戦闘に長けた者が中心で構成されている。顔触れを見るに近接においては一歩劣るという評価は上官の視点からも正しい。本作戦において突出した才能を発揮する場としては彼女は相応しく無い。
「今回ばかりは後退は許されず補給は望めない……ならば『保険』を掛けられる人物としては最適だろう?」
「帰還時の生存率を考慮している場合ではないと思うが」
「ケーニッヒ、お前の其の考えこそ過保護が過ぎるぞ」
衝撃力という点で本部隊はこれ以上に無い戦力だということは重々承知だ。個々の能力に不安を覚えている訳では無く小隊編成に不満も無い。ライン戦線配置の居残り組が安全かと言えば決してそうではないが、手の届く範囲で起こり得る『もしも』と目の届かないところで起こる『もしも』を考えてしまうと、どちらが後悔が少ないだろうかなんて思考に陥る程にケーニッヒの中で彼女の存在が大きくなってしまっていた。
「何かを理由にして遠避けたい気持ちも理解出来なくはないけどな。だがな、互いに軍人としての立場もありそして今此の状況だ。俺達が為すべきことは何時だって最善を尽くす、其れだけしかねえだろ?」
見透かされた思考に言葉が詰まる。彼女は軍人で、自分はその上官。一方的な私情はあれど関係性はそれ以上でもそれ以下でもない。
「……そうだな。起こり得ることをずっと後悔しても仕方がない」
何れ別つ関係なのだからこの感情は枷にしかならない。
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