preparation

「ってまぁ、ほんとはこの前輪ゴムの補充分を探してるとき偶然見付けちゃったんだけど」

 ここで龍一をからかう気力はなく、わたしはすぐさま真相を話す。

 何だコレ、って思って、まさかねと本を捲ってみたら、付箋とかメモとか書かれてて吃驚したもんだ。
 今まで料理なんか見向きもしてこなかったのに。
 だいぶ使い込んでいるらしいことはメモの多さと、本の汚れ具合から分かる。

 だから、多分1つくらいなら出来るでしょ。

「ねぇーお願い~何か作ってー」

 頼むー、と龍一の胸に凭れ込むように抱き着いてお願いしてみた。
 龍一は暫く黙っていたけど、分かったよ、とわたしの頭を撫でる。

 わたしが身体を離すと、龍一はソファーから立ち上がってキッチンへ向かった。
 冷蔵庫の中身をチェックしたんだろう、「卵雑炊で良ければ」との声がした。
 わたしはソファーの背凭れから顔を覗かせて、頷いて見せた。

 小振りの片手鍋に、水と冷やご飯、顆粒だしと醤油を入れて、火に掛ける。
 卵はこれで終わりか、と呟きながら、龍一は小さいボウルで卵を溶く。

 冷蔵庫にマグネットで貼ってあるメモ用紙に、卵、と書き込むのが見えた。

 しゅわしゅわという沸騰してくる小さな音が聞こえてくる。
 龍一が火加減を弱くして、軽く鍋の中身を掻き混ぜた。

「手際いいじゃん」

 その様子をソファーから降りることなく見物していたわたしは、そう感想を漏らす。
 えー、と龍一は不思議そうに呼応。

「これが限界だよ、今んとこ」

 くつくつくつ、と小さく煮える雑炊。
 もうちょい、とご飯の加減を見ながら、龍一は鍋を小さく揺すった。

 それから数分して、龍一は溶き卵を回し掛け、火を止めて蒸らす。
 完成した卵雑炊を小丼に盛り、龍一はわたしを呼ぶ。

「お待ちどうさま」

 キッチンにはカウンター席が付いているので、わたしはそこで頂くことになる。
 ほかほかの湯気と、卵の甘い匂い。

 頂きます、と手を合わせて小さくお辞儀をして、レンゲを手に取った。
 あちち、と呟きながら、冷ましつつ少しずつ口へ運ぶ。

「うん、美味しい」

 ご飯も溶け過ぎていなくて、塩っ気も絶妙。
 ただちょっと水分多めかなぁ……なんて、審査員みたいな感想を持ちながら食べていた。

「そんくらい出来てればいい方かな?」

 キッチン側から、こちらを覗き込むような姿勢で龍一が訊ねて来る。
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