必然性仮定形

 本当にそんなことになっていたら、きっと裕とは一緒に生きられなかっただろう。
 浅海がそう考えてしまった所為である。
 自分が幾ら好きでも、裕に選んでもらえないのだ。
 今はこうして、運良く一緒に居られるけれど、たったひとつ違っていただけで現実は一転する。

(私は、私だったから、この子と一緒に居られるの)

 夢の中の自分は、本当に嬉しそうにそう感じていた。
 大好きな相手の女の子に選ばれた理由が、「私」、だからと。

 何がそんなに不安なんだろうか。
 急に浅海は自分の本音に気付いた。
 とても弱気な、それでいて妄想的な不安だ。

 これはちょっと自分でもどうかしていると考えざるを得ない。
 裕にもそんな風に指摘されるだろうか、と浅海はやや身構えてしまった。

 しかし。

「俺は、浅海とこうして居られるなら、条件は問わないけど」

 暫くして、沈黙を破り、裕が一言そう零した。

 それはとても自然に切り出された、何気ない言葉のように聞こえた。
 自然過ぎて、浅海はすぐには驚けないほどだった。
 え、と浅海がその言葉の凄さに気付き、顔を上げたのは、数十秒も後のことのように感じられた。

 あまりにも浅海の反応が大きいので、逆に裕が、何で、と眉をひそめているほどである。

「え、いや……裕って、その、性別が男である、ってことが、大事なのかと……」

 確認を取ったわけではないが、浅海はそう考えていた。
 その事実に浅海は今まで自分でも気付いていなかったことを、その時知った。
 裕は少し答えを躊躇い、一旦外した視線を浅海に戻す。

「結果的に今はそういうことになってる、けどさ。浅海はもう、そんな段階で想ってる相手じゃないし」

 じっと浅海を見詰めながら、裕は真っ直ぐに告げた。
 その瞳は実に綺麗で、どこか冷たさも感じ取れるような強さも混じっていた。

 たじろぐ、という表現は聞こえが悪いかも知れないが、今の浅海には、その表現がぴったりだった。
 返答に詰まる浅海に、裕は続ける。

「それに、お前が女の子だったら、俺はゲイじゃないかも知れんだろ」

 俺はそう思うよ、と裕は最後に付け加えた。
 しかし浅海は、裕の気持ちの大きさに圧倒されて黙ったままだった。

 裕はベッドから立ち上がり、そんな浅海の傍から離れようとする。

「着替えるならそれ早く脱いじゃって。洗濯機回すから」

 そう言い残して、一旦寝室を出て行く。
 1人残されて、浅海はベッドに仰向けになった。

「……すげー」

 そう、紅潮した顔を隠すように両手を広げて当てながら。

 裕は想いを伝えることに躊躇いがない。
 それも、気後れすることなく、至極当然のことを述べるように、正直に。

 ああいうとこ、逞しくてほんと好き。

 浅海はそう、しみじみと感情を噛み締める。
 裕を好きになったことは、間違いではなかった。
 仮に間違いだったとしても、後悔はしない選択だ。


2018.11.27
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