確かめ方
裕は甘噛みされたところに手を触れたかったが、浅海の手を振り払うことは躊躇われた。
いいけど、とは、社交辞令でも返せなかった。
どうしたんだ本当に、再度裕は視線と口の動きで浅海に訊ねる。
浅海は、最初は裕から視線を外していたが、暫くして腹を決めたのか裕をしっかり見詰め返し、呟く。
「他に、どうやって裕のこと確かめればいいのか思い付かなくて……」
は? と裕は訝し気に眉をひそめる。
裕が考えている以上に、浅海にとって今回の出来事は衝撃的なことだったと、話を聞いていくうちに気付く。
「声が聴きたいのもあるけど、それは今出来ないし……体温とか、肌の感触とかしか、手段が」
本当に戻ってきたのだろうか。
一緒に生きているはずの裕は、今目の前にいるこの人なのだろうか。
どうして疑いの余地があるのかすら、浅海自身うまく説明が出来ない。
そのせいで落ち着かず、どうしても自分で触れて確かめたかった。
「ごめん。子供らのことも勿論心配だし、早く顔見て安心したいのも本当だけど……それは、裕がいなきゃ、成立しないことで」
どちらに優劣があるわけではなく、どっちもなければならないもの。
両方とも同時に、同列に存在していてこそ。
「ごめん……弱くて、我が儘で」
そこまで告げて、浅海はまた裕を抱き締める。
今回は顔を隠すように、抱き着いた、のかも知れなかった。
浅海の胸の内を聞き、裕も何度か頷く。
自分は、家族三人の命と日常を守るためなら死ぬことも厭わなかった。
現に数時間前にそんな決断をして、殺され掛けるまで至った。
だけど、浅海はそれを許していなかったのだ。
今落ち着いて考えると、とても危険で、そして最低なことをしたのだなと裕は思う。
弱くもない、ましてや我が儘だなんてことも、ない。
俺こそごめん、と裕は浅海の背中を軽く叩いて伝える。
死ぬつもりは全くなかった、でも、死んでも仕方ないことだと、どこか諦めてもいた。
こうして生きてこの人の許へ戻って来られたことは、きっと稀な幸運だったのだろう。
ありがとう、そこまで考えていてくれて。
裕はそう心の中で何度も呟き、浅海の方を向く。
今自分の唇が届くのは、耳元だけだった。
そこにひとつキスをすると、顔を上げた浅海に裕は笑う。
手は繋いだまま、子供たちを迎えに玄関へ向かった。
2021.4.21