高望み

 本当に、理性と本音がぶつかって。

「では僕たちも切り上げますかー。そろそろ華倉さんが足りないです」

 なんて。
 そんなこと、いちいち言わないで。

「……?」

 それは多分、悔しかったんだと思う。
 俺は気付いたら逢坂さんを後ろから捕まえていた。

 逢坂さんはしかし慌てる様子もなく、何だ、と言わんばかりに俺を振り向く。
 俺も何でこんな大それたことをしていたのかまではよく分からない。
 それでも、何か……寂しくて。

「何ですかいきなり。用がないなら離して下さい」
「……」

 抱き締めといて何も言わない俺に、逢坂さんは怪訝そうに訴えてくる。
 しかし俺、そんな勿体ないことは出来ない。
 本当は、このまま、何かしたかったと思う。
 具体的に「何」とは言えないんだけど、何か……こう。

「……好き、って言ったら、どうします?」

 そのまま、逢坂さんのことを捕まえた体勢で、俺はそう訊いてみた。
 この人を困らせたいわけじゃないんだけど、知って欲しいだけだった。
 でも。
 逢坂さんは本当にどうでもよさそうに俺を見て、はぁ、と呼応した。

「別に、どうもしません」

 だから離せ、と逢坂さんは解放を望むだけ。
 ……そんなに、俺、駄目ですか。
 俺がショックだよ。
 あんたのこといくら好きでも、それって無意味なんか。
 どうして。

「どうして、俺、あんたのこと好きかな……」

 情けないのと、悔しいのと、いろいろ。
 気付くとそんな情けない声が漏れてた。
 知りません、と逢坂さんは律儀にツッコんで来るし。

 ……だって仕方ないじゃんか。
 好きなもんは好きなんだよ。

「もう最悪だよ。だって好きなんだし」
「分かりましたからもう離しなさい」
「嫌です」

 ぎゅーっと俺の手の甲をつねって解放を要求する逢坂さん。
 それでも俺は痛みにも耐えながら、逢坂さんを捕えていた。

 離したくないです。
 まだ俺の気が収まらない。

 このまま襲っちゃってもいいんじゃないか、とか、悪魔が俺の脳裏で嗤うんだけど、それだけは嫌だった。
 だってそんなことしたら、吐き気しか感じないあいつと同じことになる。

 これは、俺なりの誠意だし、反逆でもあった。
 この人のことは、守りたいんだ。

「……そろそろ怒りますよ瀧崎くん。華倉さん以外の奴に触られるとか我慢なりません」

 なんて、とうとう逢坂さんが俺を脅してきた。
 まじで怒っているらしい、握り拳が本気だった。
 掌から血が滲みそうなほど、爪が食い込んでる。

 俺はそんな逢坂さんを見て、名残惜しさと心配を覚える。
 仕方なく解放すると、逢坂さんは盛大な溜め息を零した。

「次やったら殴りますよ」

 俺を振り向いて、逢坂さんはそう宣告した。
 多分本気だった。
 はい、と拗ねた態度で返事をする。

 先に歩き出す逢坂さんを追って、俺も歩き出した。
 この背中には、多分死んでも追い付けないんだろう。
 否、追い付いてはならないんだ。

 溜め息を吐く。
 健気な自分に絶望を味わいながら、俺はそれでも思う。

 好きなんだ。
 あんたが。

 俺の告白で、この人が動じるわけはないと分かってたけど、もうちょっと焦って欲しかったなぁ。
 なんて高望み。

 本当にこの人は俺に懐かない。


2017.3.24
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