曖昧ストライプ


「俺はさぁ、裕を迎えに来たの。分かってんだろ? お前も」

 3度目になるだろうか、浅海はそううんざりした様子で口を開く。
 しかし隣に座ったままの裕に動く素振りは見られない。
 斜向かいに座る真鬼もまた同様に動かずにいる。
 真鬼の場合は動かないではなく、下手に口を挟まずにいる状態ではあった。

 そんな浅海の声に応えたのは、こちらも3度目の返事をする魅耶だ。

「ええ、勿論承知です。ですが折角来たのですからご飯くらい食べてってくれても罰は当たりませんよ。何より、当の華倉さんがそう仰っているので」
「それが一番癪なんだって」

 何度も言ってんだろ、と数分前に見たやり取りを完璧に繰り返していた。

 そんな浅海をよそに食卓には次々と料理が運ばれてくる。
 いずれも和食、量は控えめだが品数はとても多く、卓の上は華やかになっていた。

「あーごめん榎本。ビール黒キリンしかないんだけどいいー?」
「何でお前もそんな呑気なんだよ」

 ひょっこりと台所の方から顔だけ覗かせて華倉が浅海にそう訊ねた。
 良くねぇよと言いかけた浅海だが、はっと思い出して言葉を変える。

「俺そもそも車だよ。呑ませんな」

 何度も繰り返すが、浅海は本日裕を迎えに来ているのだ。

 すっかり週末のルーティーンとなった総本山での療養。
 今週末も真鬼と裕は金曜の夕方から総本山に滞在し静かに気を整えるなどの療養と、人間と鬼神の力の再融合を試みる等して過ごしていた。
 今日は裕が帰宅する日曜だ。

 浅海は時間通りに迎えに来た。
 しかし今までとは異なり、裕は浅海に家屋に上がるよう呼んだ。
 以前に縁側に座るようなことはあったが浅海が家屋に上がることは稀だ。

 基本、浅海は此処に来ることを今も良しとしていない。
 裕を総本山に預けることであの日から調子が良くなっていることは事実で、それは認めざるを得ないが、だからこそ長居はしたくないのが浅海の本心だった。
 裕を預けること自体が既に浅海にとっては最大の譲歩であり、自分自身まで此処の世話になることはプライドが許さなかったのだ。

 しかし今日は違った。
 裕の荷物は玄関先に用意されていたが、当の本人がいない。
 裕本人は居間にいて、その上こちらに来るように声を掛けて来たのだ。

「今日蒔哉まきやもいないんだし、浅海も此処で飯食ってこうよ」

 確かに本日、息子は高校の友人宅に泊まりで遊びに出ている。
 明日はそのまま登校するというので、今晩は不在なのだ。

 裕の言い分は理解出来る、が、だからこそ浅海は早々に帰りたかった。

「俺は久々に裕と2人だけでゆっくりするつもりだったんだけど……?」

 はぁ、と無意識ではあるが、やや大きめな溜息を零して浅海は顔を伏せた。
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