吐泥(ヘドロ)


 琴羽ことうのいる部屋に近付くにつれ、血の匂いは強くなってきた。
 一度足を止め、真鬼は怪訝そうに眉を顰める。

 何度もやめるよう繰り返し言い聞かせていることだが、やはり琴羽は聞き入れるつもりがないらしい。

 その頑なな態度は、確かにこちらの気分を害するものだ。
 しかし、もはや意地を超えたそれは、真鬼とて理解出来ないものではなかった。

 足音を立てずに部屋の前まで進み、粗末な造りの戸を開ける。
 寒々しい板の間には、琴羽が伏せたように蹲っていた。

 運んできた食事を足元に置きつつ、真鬼は真っ直ぐに琴羽に向かう。
 おい、と声を掛けながらその肩に手を差し出した。

 しかし琴羽は微かに振り向いたように横目で一瞥寄越しただけで、真鬼のその手を力任せに払い除ける。
 触るな、という意思であることは明白だった。
 しかしそれを告げる言葉はなかった。

 不思議に思った真鬼は表情を変えずに、構うことなく琴羽の肩を掴む。
 琴羽から発せられたのは、喉の奥から押し出された呻きだけ。

 その顔を自分の方へ向かせた真鬼は、琴羽の口許を確認し、少しだけ目を見開いた。

 真っ赤だ。

 琴羽は一滴も零さぬようその唇を固く結んでいるつもりらしい。
 が、実際は耐え切れない量の血が溢れ漏れていた。
 舌でも噛み切ったのだろうか。

 喉が幾度も上下している様子から、琴羽は口の中に溜まる血液を必死で飲み込んでいるらしい。

 黙ったままの真鬼の手を、琴羽は再度手荒く退かす。
 しかし、想定より出血の量が多かったせいか、琴羽が突然噎せたような変な咳と、上体の震えを見せた。

 終いには鼻からも口腔内の血液が漏れている。

 それでも尚口を開こうとしない琴羽に、真鬼は舌打ちのような溜め息を吐いてみせた。

 仕方なさそうに肩を竦めると両手を伸ばす。
 琴羽の両肩を掴むと、それと同時に彼女を押し倒した。

「っ、ふ……、!」

 琴羽の声が漏れる。
 同時に口先から、溜め込んでいた鮮血が零れた。
 しかし流れ出たのは僅かな量だった。

 琴羽が口腔内に留めていた血の殆どを飲み込み、真鬼は一度唇を離す。
 押し返そうともがく琴羽の手を力で返し、零れた血液も舌で追う。
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