気が向かない


「安芸(あき)先生~、今日は直帰ですか?」

 昼休み。
 期末試験の問題を作っているところに、そんな呑気な声がした。

 顔を上げて声の主を確認する。
 やはり久坂部(くさかべ)先生だった。

 そうですが、と私が答えると彼は申し訳なさそうな表情で、顔の前で手を合わせて続けた。

「ちょっと付き合ってくれません? 相談したいことがあるんですよ~」
「……今此処では出来ませんか?」

 久坂部先生の言葉に、私はすぐさまそう返す。

 彼は今年度教師になったばかりの新人だ。
 同じ学年を受け持っているとは言え、さほど親しくはない。
 なので、話と言ってもせいぜい学校関連だと思ったので、ならば此処で話してしまえばいいものをと思ってそう訊き返したのだ。

 わざわざ都合を付けて場所を変える意味が全く思い当たらなかった。

 しかしそんな私に、久坂部先生は眉をしかめて首を横に振る。

「此処じゃない方が有り難いんです。あ、今日がダメなら別の日でも」

 何だ一体。

 後になって考えれば、先に用件を聞いておけば良かったんだ。
 しかし私も試験の問題作りに戻りたかったせいもあって、話の理解も半分に進めてしまう。

「……分かりました。今日は職員会議があるので20時以降になりますが」
「いいですか!? 有り難うございます!」

 私の承諾に、久坂部先生はぱぁっと明るい笑顔になった。
 ぺこぺこと数回お辞儀をして、待ってますんでー、と電話番号を書いた付箋を私のパソコンに貼り付けて去って行った。

 何なんだ本当に。
 些か不可思議ではあったけれど、私とて伊達に長い間生きて来た身だ、あの程度の変人ならごまんと居た。

 だから気に留めなかった。
 多分、考える余裕も残ってなかったからだろう。

 今年度は、篠宮たちが卒業したばかりの年。
 私が直接篠宮たちを監視することはなくなったけれど、まだこの学校には「鬼喰い」一族の次代当主が残っている。
 と言うことは、何らかの現象が起きても可笑しくはないわけで。

 それに、まだ憂巫女の残り香が消え去らない以上は、その血の香りに誘われて迷い込む「妖たち」も当然いる。

 それらが片付かないと、私は此処から立ち去れないわけだ。

 全く余計な仕事を増やしていってくれたなあいつら……。
 はぁ、と溜め息を零し、仕方のないことか、と自分に言い聞かす。

 いや、完全に私の力の及ぶ範疇は超えているのだけれど。

 取り敢えず今は目の前の作業に集中しよう。
 ああ、放課後の会議の資料と、明日の授業のプリントも。


 ***


「お疲れさぁーっす!! 安芸先生っっ!!」
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